Long story


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肆拾捌――距離感の行く末

 新聞部にはただならぬ空気が流れていた。
 いや、これは最早瘴気と言ってもいいかもしれない。部屋中にどす黒い…どちらかというと赤黒いものが漂っているように見えるのは気のせいだと思いたい。しかしたぶん、気のせいではないだろう。
 李月はその瘴気の発生源―――華蓮を横目で見ながら、苦笑いを浮かべた。

「おい夏…さっきから何か出てんだけど」

 勇者深月がラスボスに話しかけた。

「黙れ」

 いつもよりかなり低い声でそう言ったラスボス華蓮は人を殺してしまいそうな眼力で勇者深月を睨み付け、勇者深月の勇気はあえなく散った。話しかけただけでも、その名は銅像に刻まれることとなるだろう。李月ですら、今の華蓮にはなるべく関わりたくはない。少しくらい嫌味を言われてもスルーできる。

「秋生君に触れなくなって、どれくらいだっけ?」
「一週間」
「相当きてるね」
「思いのほか、重症」

 李月の隣に座っている双月(世月バージョン)と、侑が会話しているのが聞こえる。華蓮に聞こえないように小声で話しているのは、正しい判断だと思った。
 2人の会話で、あれからもう一週間も経ったのかと李月は思った。とはいえ、本人たちからすればまだ一週間という感じなのだろうが。

「でも、意外ね。かーくんはあまり気にしないと思っていたけれど…」
「気にしないことはないだろうけど、ここまであからさまになるのは確かに意外だった」

 双月と侑が気付かれないように一瞬だけ華蓮に視線を向けた。
 多分、華蓮がここまで苛立っている(噴火寸前)なのは、単に秋生に触れられないだけではないだろう。双月や侑の言う通り、触れられないだけというのなら華蓮がここまで苛立つことはい。少なくとも、やたらめったに体から瘴気を放ちはしないだろう。
 その原因に思い当たりのある李月は、誰に向けてでもなくまた苦笑いを浮かべた。

「侑先輩、この間頼まれた資料まとめま―――…」

 ガチャリ、と新聞部の扉のドアノブが音を立てたと思ったら、なんとプリンセスが顔を出した。…華蓮がラスボスなら、プリンセスっていうのはおかしいか?この際、何でもいい。
 顔を出したプリンセス改め秋生は、室内に華蓮を見つけた瞬間に硬直した。

「よくここだって分かったね、ありがとう」
「あ…世月さんがここだって、春人に教えて……じゃあ、失礼します!!」

 秋生は侑の言葉に曖昧な返事を返すと、資料を机に投げすてて逃げるように部室を出て行った。バタンっと、扉の音がやけに虚しい。

「…お前、何かしたの?」

 さすが、勇者深月。ここへきて華蓮にその質問ができるとは、尊敬に値する。
 だが、どうやら深月のその言葉が何かの引き金を引いてしまったらしい。華蓮の周りの瘴気が一層増した。深月を睨む視線が、今にも光線を放ちそうだ。さらば、勇者深月。その名は後世に語り継がれるだろう。

「何かしたのかだと?俺はあの日から秋生の顔すらまともに見ていないのに、何をどうしろと?」
「え…あ、そうなの?…いや、顔も見てないって…それは言いすぎだろ。一緒の家に住んでんのに」

 確かに言い過ぎのように聞こえるが、華蓮の言っていることは間違いではない。
 李月はそれを知っている。

「じゃあ聞くが、お前最近リビングで秋生を見たか?」
「そりゃあ、毎日飯作ってんだか…あれ?そういえば、見てねぇな」

 勇者深月はラスボスの口車に乗せられて首を傾げている。
 そう。まさにその通りだ。ここ一週間、朝は皆が起きてきた時点で食事は完成している。夜はキッチンから一切顔を出さない。会話に口も挟まない。そして調理が終わったら即座に退散。それ以外は基本的に部屋に籠っているか、桜生と春人の部屋で遊んでいることはあるらしい。
 まるで何から逃げているかのように、秋生はリビングにいない。察しの通り、秋生は華蓮から逃げているのだ。

「それだけじゃない。部室にも顔を出さない、何か出ても李月を呼ぶ、廊下で出くわしても脱兎の如く逃げる。何かするしない以前の問題だろうが」

 華蓮はそう吐き捨てると、机の上で足を組んだ。行儀が悪いことこの上ないが、今ここでそれを指摘できる真の勇者は誰もいない。

「つまり、完全に避けられているってこと?行儀悪いから、足下ろしなさいよ」

 真の勇者いた。行儀の指摘だけではなく、華蓮が敢えて口にしなかったストレートな表現をこうも簡単に口にしてしまうとは。世月の時の双月は、本物の世月のように性格まで変わる。もし双月の格好だったら、こんなことは絶対に言わないだろう。とはいえ、華蓮は全く聞く耳をもっていないようだが。

「どうして?」
「んなこと俺に聞くな知るかよ」

 侑の問いのせいで、ついに吹っ切れてしまった。
 秋生たちがバージョンHと呼んでいる華蓮は、普段より少しだけ口が悪くなり、そして普段の倍以上に何に対しても荒っぽくなる。

「そんなに怒らないでよ…心当たりとかないの?」
「そんなもんあったら、とっくにどうにかしてるに決まってんだろうが」
「だから、そんなに怒らないでってば…」

 侑はそう言って、双月の腕を握った。何かあったら双月を盾にする気満々だ。

「苛々すんのは勝手だけど、侑に八つ当たりすんなよな」
「黙れ」
「黙らねぇよ。お前が苛々して八つ当たりしたって、何も解決しないことくらい分かってんだろ。らしくねぇな」

 深月がそう言うと、華蓮はしばらく深月を睨んでいたがやがて溜息を吐いた机から足を下ろした。瘴気が少しだけ治まった。
 勇者深月は見事にラスボスを追い詰めたようだ。やはり、大鳥グループの跡取りというだけのことはある。関係ないかもしれないが。

「悪かった」
「ううん、別にいいよ」

 華蓮は少しだけ冷静になったのか、侑に向けて謝辞を述べた。
 そんな華蓮に侑が苦笑いでそれに返すのを見ながら、李月は今しかないと思った。
 今を逃すともう、勇者への道は途絶える。


「多分、俺のせいだ」


 そう言うと、全員の視線が李月に集中した。



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