Long story


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――熱が冷める前に

 月初めの月曜日。いつものように窓から登校してくる生徒を見ている秋生は、いつもとは違いすこぶるテンションが高かった。そのテンションの高ぶり本人が自覚しているのはもちろんのこと。だがそれは周りから見ても一目瞭然で、いつもはただ窓枠に肘をついて時々実況をしながらぼーっと登校風景を見ている秋生が、鼻歌を歌いながら今にも踊りだしそうな勢いで窓から体を乗り出していれば、嫌でも気づく。


「…なにあれ、どうしたの?」
「知らん。本人に聞け」

 加奈子の問いに、華蓮はゲームから顔を上げることなく返す。確かに、華蓮はいくら秋生がいつもと違うテンションでも目障り耳障りにならない限りは興味を示さないだろう。もしかしたら、加奈子が来る前から時々このような状態があったのかもしれないが、興味を示さない華蓮がそれに対して問うとは思えない。

「あ、今日も一人憂さ晴らしの餌食に」

 テンション高く鼻歌を歌っていた秋生が、突然いつものトーンに戻り実況を始めた。一体どういう思考回路なのか全く分からないが、加奈子はそのタイミングで秋生の隣まで移動する。

「秋、何かいいことでもあったの?」

 いつもとあまりのテンションの違いに戸惑って話かける機会をうかがっていたが、今がチャンス。またいつ踊り出し兼ねないテンションに戻るか分からないため今を逃すわけにはいかないと問いかけた。

「ちっ、ちっ、ちっ。いいことがあったんじゃなくて、これからいいことがあるんですよー加奈子ちゃん」

 気持ち悪い。加奈子は露骨に顔をしかめた。
 いつもの感じに戻ったように見えたが、全然違う。何キャラなんだろうか。ちっちっちとか、猫を呼び寄せるのではあるまいし。何キャラを目指しているのだろう。
 しかし、ここまで秋生のテンションを上げるできごととは、一体何があるというのだろうか。気持ち悪いと感じると同時に、興味もわく。

「何があるの?」
「よくぞ聞いてくれました。本日は月に一度の全校朝礼なのです!」
「ぜんこうちょうれい…?」

 学生ならば誰しも一度は経験したことがあろう、全校朝礼。全校生徒が体育館に集められ、どうでもいい校長の話を数分から数十分(生徒とあまり交流のない校長の評判は大体この話の長さにより決まる)聞かされ、その他のお知らせがあり、そして服装検査という月に一度のクソイベントだ。学校により多少の違いはあるが、どの学校も大方似たようなものであろう。――と、加奈子は秋生から説明を受けるが。

「……何でクソイベントなのに、よろこんでるの?」
「一般的な学校ではクソイベントだけど、この学校ではそうではないからですよ」

 無駄に敬語なのが更に気持ち悪さを加速させている。注意するべきだろうか。

「うちの学校では毎回、校長の次に生徒会長がするのですが」

 いちいち指摘するのも面倒なのでそのまま聞くことにした。
 ちなみに、生徒会長についても追加で説明を受けた。

「その生徒会長っていうのが、人気絶頂のバンドグループ“shoehorn”のメンバーなんです!」
「ばんど?めんばー?」

 目を輝かせて拍手をされても、加奈子にはほとんどの単語の意味が理解できなかった。しかし、秋生はそんな加奈子の困惑にも気付かず、再び今にも踊りだしそうなテンションでニヤニヤしている。本当に気色悪い。

「夏、たすけて。秋が気持ち悪……って、こっちもひどい」

 華蓮に助けを求めようと振り向いた加奈子は再び顔をしかめる。
 秋生に対しては気持ち悪くて顔をしかめたが、こちらはまた違う。秋生に対しての嫌悪感の出し方が半端ではなく、まるでこれ以上ないくらいの屑人間を見つけたというような(いつも通り顔は半分しか見えていないが、半分でも十分わかるくらいの)表情をしている。

「俺はshoehornが有名になる前からのファンなんですよ。ていうかむしろ、そのメンバーがいるという理由だけでこの学校に来るためにアホみたいに勉強したんですよ!」
「ついていけない…」

 秋生が何を言っているのかいまいち分からないが、とりあえず全校朝礼とやらに秋生の憧れているらしい何かの人が登場するということは何となく理解できた。まぁ、その人のためにこの学校にくると決めたくらいならば、それほどテンションが上がってもおかしくはないかもしれない。
 そしてもう一つ、華蓮はその秋生があこがれている何かの人が相当嫌いらしいということも分かった。表情のゆがみ具合が凄い。この前、旧校舎の図書室に行った時よりも凄いかもしれない。

「不満そうな顔してますね、先輩」
「別にお前の趣味にとやかく言う筋合いはない」
「でも、すっごい嫌そうな顔っすよ。嫌いなんですか?」
「嫌いではない。あの旧校舎と同じ程度に視界に入れたくないだけだ」

 それって結構な嫌悪ではないだろうか。と加奈子は思うが。

「それ相当じゃないっすか。先輩こういうの興味なさそうなのに、何がそんなに嫌いなんすか」

 確かに、華蓮は好き嫌いの前に幽霊とゲーム以外のことには興味がなさそうだ。

「朝礼の度に意味の分からん曲を聞かされるのが癪に障る」
「聞きたくないなら出なきゃいいじゃないっすか」
「朝礼の出なくてもいいというのは条件に入っていない」
「あー、なるほど」

 秋生は納得したように頷く。加奈子だけが蚊帳の外で、話についていけない。

「ねぇねぇ、そのちょーれいってやつ、私も行っていい?」

 秋生がここまで熱くなっていて、華蓮がここまで嫌っているもの。ここまで2人の反応が間反対のものがどのようなものか、すこぶる気になる。

「もちろん。加奈にもshoehornの良さを教えてやるよ。いいっすよね?」
「好きにしろ」

 別に良さを教えてもらわなくてもいいのだが。そういうと、連れて行ってもらえなくなるかもしれないので、加奈子は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 しばらくしてチャイムが鳴り響くと同時にスキップで応接室を出いてく秋生の後に付いて行きながら、面倒臭くなったら華蓮の元に逃げようと思う加奈子であった。


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