Long story


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肆拾漆――近くて遠い距離感


 秋生は誰が見ても一瞬で分かるほどに浮かれていた。
 一体何がそれほど楽しいのかと問いたいくらい、その足取りは軽かった。廊下をスキップしながら進み、転ぶぞと言っても大丈夫だと聞かない。

「本当に転んでも助けないからな」
「今日は転んでも華麗なステップでかいっ、わ!」

 お約束というやつだろう。
 見事にバランスを崩した秋生の腕を引き転ぶ寸前で止める。

「…助けてくれましたね」

 助けられた秋生は、まるでそれが分かっていたと言うような顔をする。
 その顔を見た華蓮は、無言で引き止めた腕を離した。

「わ!わわっ…痛っ!」

 華蓮が手を離したことで秋生は尻餅をついた。一度華蓮が助けたことで衝撃は弱くなったはずだが、それでもそれなりに痛いらしい。

「頭に乗るなよ」
「はい…」

 転んだ秋生に手を貸すこともしないで、華蓮は目的地に向かって歩き出した。すぐ調子に乗るのが秋生の悪い癖だ。それを可愛くないかと聞かれれば可愛いと言わざるを得ないが、しかし望ましいことではない。
 さっさと先に進むと、すぐに秋生も後を追ってきた。廊下を突っ切って階段を下り、再び現れた廊下を少し進む。すると、先ほど上から覗き込んでみた木が窓を隔てて向こう側に見えた。

「随分と恨めしそうな霊ですね」
「ああ」

 木の陰から恨めしそうにこちらを睨むのは、明らかに生きた人間ではない。そもそもここは男子校であるから、生きた女がいるわけがない。充血した目で睨んでいるのは、秋生なのかそれとも華蓮なのか。

「こんなところで何をしている?」

 聞いても無駄かもしれないが、話し合いですんなり成仏してくれたらそれに越したことはない。余計なことを言い出せばすぐに力に訴えてしまえばいいだけの話だ。
 窓を開けて霊に話しかけると、木の陰に佇んでいた霊がぬっと前に出てきた。

「お前たちが気に食わないから呪っていた」
「俺らが何したってんだよ」

 秋生が顔を顰める。全くもって秋生の言う通りだ。廊下を歩いていただけで呪われたのではたまったものではない。

「仲良く歩いていたのが気に食わない」
「いや意味分かんねぇし!」

 秋生が声を上げると、女の霊はぬっと秋生の目の前まで顔を近寄せた。驚いた秋生が一歩身を引く。

「どうして私は幸せになれなかったのにお前たちは幸せそうに生きている!?」
「うわぁ!」
「っ!」

 女が一直線に秋生に向かって移動し、秋生をすり抜けたかと思うと華蓮に向かってきた。華蓮はかろうじて女の直撃を避けた(実際にぶち当たることはないが反射的に)が、隣をすり抜けた瞬間に体に違和感を覚えた。秋生はまた尻餅をついている。

「貴様…何をした?」
「私は人が幸せそうにしているのが妬ましくてならない」
「人の質問に答えろ」
「特にカップル!そう、お前らのようなカップルが気に食わない!」

 人の話を聞く気が全くない上に、逆恨みも甚だしい。
 女は奇声のような声を上げてから、華蓮に触れるか触れないかまで顔を近づけた。秋生と違い、華蓮はひるまず睨み返す。

「お前が気に食おうが食わなかろうが知ったことではない。だが、お前がこのままここに留まると言うのなら、その妬みごと消し去る」

 華蓮がバッドを手にすると、女はすっと身を引いた。

「私はお前たちのようなカップルが触れるのも憚れるくらいいがみ合い別れていくのを見るのが唯一の生きがいなんだ」
「いや死んでるけど」

 すかさず秋生が突っ込む。
 まさか自分が死んでいることに気が付いていないのかと思ったが、そうではないらしい。言葉を指摘された女はキッと秋生を睨んだ。

「黙れ小僧。言葉のあやよ」 

 そう言って秋生を睨みつけるその視線は殺気に満ちているが、特に何か行動を起こす風ではない。

「出て行けと言ったな?…望み通り出て行ってあげるよ」

 女はそう言うと、ふっと秋生の後ろに身を移した。

「随分と潔いな」
「言っただろう。私は幸せになれなかった。だから、どいつもこいつも私と同じように不幸になれと思っている。お前たちみたいな幸せをまき散らしているような奴の傍にいるのは御免だね」

 女はもっともらしい言葉を並べているが、それならば最初からじっと見てなどおらず遠ざかっていればよかっただろうと思わずにはいられない。

「だったらさっさと出て行けよ」

 秋生がそう言うと、女は面倒臭そうな表情を浮かべた。

「言われなくても出て行くよ。……お前たちも、さっさと私みたいに不幸になっておしまい」

 どこかのアニメで聞いたようなセリフだ。
 女は捨て台詞のようにそう吐き捨てると、秋生と華蓮の前からふっと姿を消した。

「あっ……消えた」
「学校からか」
「はい。完全に気配がなくなりました」

 秋生は廊下に座ったまま当たりをきょろきょろを見回して答えた。
 秋生が感じないということは、本当に学校からいなくなったのだろう。

「何だったんでしょう…?」
「さぁな。…いつまで座ってるんだ、さっさと立て」

 華蓮が手を伸ばすと、秋生も同じように手を伸ばしてきた。

「あ、ありがとうございます」

 バチン!

「いっ!っ!?」

 秋生の手が華蓮の手に重なった瞬間、何かが弾けるような音がして手の辺りが光り、華蓮の手から肩にかけて感じたことのないほどの電流が駆け抜けた。その衝撃で華蓮は思わず秋生の手を離してしまった。

「えっ…何…っ?先輩…っ?」

 秋生はきょとんした顔で華蓮を見上げている。
 手から腕にかけてひりひりと痛むのを堪えながら、華蓮は秋生に視線を向けた。

「…何ともないのか?」
「え?…特に何も……大丈夫です…」

バチン!

「痛っ!!」
「うわ!」

 秋生が華蓮に手を伸ばした瞬間、再び弾けるような音と共に光が放たれた。そして、秋生が触れた華蓮の手に再び衝撃が走る。まるで鋭い何かで突き刺されたような衝撃だ。

「先輩…これ……」

 秋生が泣きそうな顔で華蓮を見上げていた。だが流石に多少なりと状況を把握したのか、華蓮に触れようとはしなかった。

「あの女……とんでもないことをしてくれたな」

 秋生の体をすり抜け、華蓮の隣を通ったときにあの女は何かをしたのだ。一体どんな手を使ったのかは分からないが、女の目論見は成功したらしい。現に華蓮はあの女の言っていた通り、秋生に触れることすら憚られているのだから。


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