Long story


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肆拾伍――憧れの場所

 大鳥高校の復旧のめどが立ったと連絡が回ってきた。3日後には授業が再開されるとのことらしい。カレンが学校からいなくなったことが復旧を速めたことは明白だ。一体どこで何をしているのか分からないが、そんなことを気にしてもしょうがない。今はない脅威に神経を張り巡らせるなんてことはしないで、今ある日常を当たり前に過ごせばいい。華蓮はそんなことを思いながら、背後から聞こえてくる声を何の気なしに聞いていた。

「…俺このままいくのか?」
「せっかくだし、桜とお揃いでセーラー服でも着たら〜?」

 秋生が長い髪を握りしめながら言うと、春人は至って興味なさそうに返した。
 その言葉に秋生の顔が真っ青になる。

「絶対に嫌だ!」
「でも、それで制服はちょっと変だよー」
「ううん、引くほど変だよ」

 春人はきっと気を遣ったのだろうが、後から言葉を重ねた桜生が全部ぶち壊してしまった。秋生が絶望にも近い表情を浮かべて両手を頬に当てた。

「そんな……」
「セーラー服が嫌なら俺とおそろにする?」
「そういう問題じゃないです…」

 双月の言葉にショックを隠せない様子で返すと、秋生は華蓮のいるソファまで移動してきた。少し距離を置いて隣に体育座りを決め込むと、俯いて腕の中に頭を沈めながら、ぶつぶつと泣き言を言っている。最近よく見る光景だ。
 華蓮はため息を吐いて、長く伸びた秋生の髪に手を伸ばした。すると、俯かれた顔が上がり、怪訝そうな表情が華蓮の方を向いた。

「亞希には俺から言ってやる」
「えっ…」
「今言っても聞かないだろうが、学校となると話は別だから多分大丈夫だろ」

 実際問題、華蓮としてもこのままで学校に行ってもらっては困る。
 華蓮自身は、秋生の髪が長かろうが短かろうがどうでもいいのだが、他の連中はそうはいかないだろう。いつかのメイド服で注目を集めたときのことを思い出せば、同じようなことになるのは目に見えている。

「だからそう落ち込むな」

 そう言うと、なぜか秋生の目に涙が溜まる。
 一体今の話のどこに涙を流すようなところがあったのだろう。

「ありがとうございます!」
「!…おい…っ」
「わっ…!」

 どうやらあの涙は歓喜の涙だったらしい。
歓喜余った秋生は喜びを表現するのに泣くだけでは飽き足らず、華蓮に飛びついて来た。
 突然の行動に華蓮の反応が遅れたため、秋生の体重に耐えきれなかった華蓮はそのままソファに倒れ込んだ。すると、飛びついて来た秋生も同じように華蓮に覆いかぶさるように倒れ込む。

「す…すいません。嬉し過ぎてつい…」

 苦笑いを浮かべている秋生を、華蓮は睨み付けた。

「嬉しかったら人を襲うのかお前は」
「襲…!違いますよ!!」

 睨まれて一瞬びくついた秋生だったが、華蓮の台詞を聞いた途端に顔を赤面させる。慌てふためいているが、自分が人の上にいるということを分かっているのだろうか。

「人の上で暴れるなさっさと退け」
「はいすいません、退きま――わっ」
「っ!」

 華蓮の上から退こうとした秋生がバランスを崩して再び倒れ込んできた。腹部に衝撃が走った華蓮は再び秋生を睨み付ける。

「いい加減にしろよ」
「すいません……」

 華蓮の胸から顔を上げた秋生は、心底申し訳なさそうな表情を浮かべていた。長い髪の毛が華蓮の顔にかかり実に邪魔くさい。その髪に手を伸ばして秋生の耳に掛けると、くすぐったそうな表情になった。

「はいちーず」

 カシャリ。
 横から声がしたと思ったら、機械の音が一瞬聞こえた。
華蓮と秋生はほぼ同時に声と音がした方に顔を向ける。すると、侑がしたり顔で携帯を構えていた。

「侑先輩…おはようございます」
「おはよう、秋生君。なっちゃんも」

 秋生の挨拶に返した侑は、携帯をしまいながら華蓮に視線を移した。

「おはようじゃねぇだろ。何してんだよ」
「楽しそうな風景を写真に収めただけだよ」
「消せ」
「嫌だって言ったら無理矢理奪う?壊す?好きにしてくれていいよ。でもま、既にみっきーに送信済みだしー、パソコンにも送ったしー、消しても壊しても無意味だけどね」

 侑は笑顔でそう言うと、馬鹿にしたように携帯を華蓮の前にちらつかせる。それに腹を立てた華蓮が思いきり睨み付けるが、そんなことで動じる玉ではない。

「さすが侑先輩…」
「感心してる暇があったらさっさと降りろ」
「あ、はい…」

 先ほどのことがあるので、気を遣っているのだろう。華蓮の上から退こうと体を起こす動作も慎重だ。

「もう降りちゃうの?せっかくおいしい状況なのに」
「え」
「そのまま食べちゃ…」
「黙れ」

 痺れを切らした華蓮が等々バッドを引っ張り出してきた。侑の喉元にバッドの先を付き付けるとさすがに言葉を止め、そのままダイニングに移動して行った。



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