Long story


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肆拾肆――訪れた日常

 いつもと同じ朝の始まりの中に、今日はいつもと少し違うことが混ざっている。
 今日もいつものように、秋生が起きてきたリビングは空っぽだった。秋生は誰もいないリビングで朝食を作り始め、そして秋生が食事の支度を3割くらいまで進めたところでリビングの扉が開いた。いつもどおり、次に起きてくるのは睡蓮だ。

「秋兄、おはよー」
「おはよ」
「手伝うよ、秋兄」

 睡蓮は朝の挨拶もほどほどのキッチンに入ってくる。

「ああ、じゃあ味噌汁の具材切ってくれるか」
「味噌汁か…できれば玉子焼きがいいな」
「…じゃあ交代だ」

 秋生は睡蓮に卵を渡して場所を移動した。睡蓮はいつかの味噌丸ごとどぼん事件(春人命名)以来、味噌汁を作ることをあまり好まなくなってしまった。

「秋生、魚持って来たよ」
「ああ、ありがとう」

 庭に繋がっている窓から桜生が入ってきた。冷凍庫に保存していた魚をボウルに乗せてキッチンに入ってくると、ふうと一息つく。まだあまり動きなれないらしく、すぐに疲れるらしい。

「桜お姉ちゃん、おはよう」
「あ、すーくん。おはよう」

 睡蓮が桜生のことを「お姉ちゃん」と呼ぶことに秋生は違和感を持っていたが、桜生がそれを全く気にしていない様子なので気にしないことにした。そして、今ではそれが当たり前になっていて違和感もない。

「桜生、ついでに魚解凍してくれてもいいんだぞ」
「どうやって解凍するの?」
「電子レンジでチン。最初は30秒くらいで、できれば時々向き変えて」

 本当は前日のうちから冷蔵庫に入れて回答するべきだったが、昨日はごたごたとしていたのですっかり忘れていた。学校が休みのためそう急いて朝食を作ることもないのだが、今から自然解凍するのを待つのもじれったいし、水に入れてまつのもじれったい。少々味が落ちても誰も気付かないことを願って、ここは万能レンジ様にお願いすることにしよう。

「了解です」

 桜生はそう言うと、敬礼してからボウルを手に取って電子レンジの前に移動した。何だか、とても楽しそうに見える。
 そうこうして準備を進めていると、今度は深月と侑がリビングの扉を開いた。

「おはよーう」
「はよー」
「侑と深月、今日は早いんだね」

 休みになってから睡蓮や春人以外の面々が早起きしてくるのは珍しい。睡蓮の言葉に、秋生は同じような感想を持っていた。

「この馬鹿がトイレ行くのに俺を踏んで行ったせいだ」
「だから謝ったじゃん、しつこいなぁもう」

 大方、トイレから戻ってきて喧嘩していたら寝られなくなったとか、そんなところだろう。どうして一緒に寝ていたのだとか、そんなことは最早いちいち指摘しない。この2人は喧嘩ばっかりするくせに、なんだかんだいつもセットでいるのだ。

「朝ごはん、あとどれくらい?」
「30分くらいだと思います」

 学校がある日はこの時点でいつもは4割くらいまで進んでいるのだが、今日は桜生がいるので進み具合が早い。既に全体の半分まで進んでいた。

「先に洗濯物干しちゃう?」
「だな」

 どうやら今日の当番は侑と深月らしい。というか、ここ最近はやたらと侑と深月と当番が多い。多分、以前のツケが回ってきているのだろう。

「あっ、洗濯物なら乾燥機かけちゃいました。今日は雨だって、やっくんが言ってたから…」

 ちょうどチンと音が鳴ったレンジから振り返った桜生が声を出した。もう数枚チンが済んだ魚は上手く解凍できている。
 桜生の言葉に反応して、侑が窓の近くまで移動すると外を見上げるように顔を上げた。

「んー…本当だ、昼前には来るなぁ」
「まじか。座敷童に公園連れてってやるって言ったのに、無理だな」
「不貞腐れるだろうけど、今日はうちで我慢してもらうしかないね」

 同じように窓まで移動した深月が空を見上げながら言うと、侑は苦笑いを浮かべながら返した。まるで夫婦のような会話だ。

「乾燥機さんきゅーな、桜生」
「あ、はい」

 桜生は深月の言葉に短く返したが、今度はレンジから顔を離さない。中で回る魚をじっと見つめていた。

「秋兄、玉子焼きできたよ」
「じゃあ俺と交代。玉子切ったら桜生が解凍した魚焼いて」
「いえす」

 再び睡蓮と場所を交代して、秋生は鍋に水を入れて火をかけた。それから味噌汁を作る準備をちゃくちゃくと進めていると、レンジと睨めっこをしていたはずの桜生が秋生の隣から顔を出した。

「解凍終わったよ。他に何かある?」
「んー、後は俺と睡蓮でどうにかなるから大丈夫」
「よし、じゃあ僕の仕事おーわり」

 桜生はそう言うと、キッチンの前にあるダイニングに移動した。いつも李月が腰を据えている椅子を引き、そこに座る。
 桜生が移動したのとほぼ同時に、またしてもリビングの扉が開いた。続いて起きてきたのは双月と春人だ。秋生には見えないが、多分世月も一緒なのだろう。双月が洗濯物当番の日は基本的にこの時間帯に起きて来るが、そうではない日は昼まで寝ていることもある。しかし、深月や侑みたいに何もない日にこの時間に起きてくるのが珍しいと言うほどでもない。時間帯も合わせて、いつも通りの光景だ。

「おはよー。…珍しく秋生がキッチンじゃないところにいる」
「違うよ、春人。そっちは桜生」
「ああ、なるほど」

 双月に指摘された春人は、納得したように頷いてから自分の定位置である場所まで移動する。そこは李月の定位置――つまり今桜生が座っている席の斜め向かいの席だ。

「おはよう、春君」
「うん、おはよう……え?」

 桜生の挨拶に応えた春人は、自分の椅子に座った瞬間に目を見開いた。

「桜ちゃん!?」

 春人はガタリと音を立てて座ったばかりの椅子から立ち上った。春人が立ちあがったのをきっかけに、秋生以外の全員が桜生を見て目を見開いた。
 いつも通りの光景の中にあるいつもと違うことに、ようやく気が付いたようだ。



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