Long story


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肆拾弐――目指す場所は

 夕日がいつもより赤く見えるのは気のせいだろうか。
 赤く染まった空が不安を駆り立て、まるでもう手遅れだと言われているように感じる。秋生は桜生と共に玄関から飛び出したが、そこにはもう誰の姿もなかった。

「桜生……どうしよう…」

 何だろうこの胸騒ぎは。
 別段不可解なことはなかったのに、どうしてか琉生がいなくなってしまうような気がした。もう会えないような、そんな気がして仕方がない。

「落ち着いて、秋生…」

 そう言っている桜生も決して落ち着いているようには見えない。
 一緒に飛び出してきたということは、桜生も同じような不安に駆られたということだ。

「でも、琉生が……」
「兄さんは大丈夫だよ。…大丈夫」

 まるで自分に言い聞かせるように、桜生は何度も頷く。
 その姿が夕日に照らされ、全体的に赤みを帯びているのがなんだか不気味で、桜生までいなくなってしまうのではないかという不安が秋生を襲う。

「桜生……」
「…大丈夫。僕はいなくならないよ……。兄さんだって、学校に行けば会える」

 秋生の気持ちを察したのか桜生が手を握ってきた。もちろん、その感覚は伝わらないが、それでも少しだけ安心した。そうは言っても、桜生も同じように不安なのだ。その表情は笑顔を作っているが、どこか影がある。

「秋生!」
「桜生!」

 家の中から声がして秋生と桜生はほぼ同時に振り返った。
 突然飛び出してきたので、李月と華蓮が心配して出てきたようだ。

「どうした、突然飛び出して」
「…ちょっと…兄さんが変な気がして……でも、大丈夫だよ。多分気のせい」

 そう言って笑う桜生が無理をしているというのを李月は瞬時に察知したようで、表情を曇らせた。

「お前もか?」

 華蓮に聞かれた秋生は無言でうなずいた。桜生もきっと心配でしょうがない気持ちを必死に抑えているのだ。だから、自分だけ取り乱して騒ぐわけにはいかない。

「変…だったか?」
「さぁ…」

 李月と華蓮は琉生の違和感には気が付かなかったようだ。
 2人が何も感じなかったということは、やはり気のせいだったのだろう。秋生はそう思い込むことにして、溜息を吐いた。

「とりあえず、戻ろうか…」

 桜生がそう言って握っていた手を離した。

「そうだ―――――!!!」

 頷き返そうとしたとき、突如体の中に何かが渦巻くような感覚に襲われた秋生は、発していた言葉を途中で詰まらせその場に座り込んだ。急に重力が倍以上になったかのように、体が重く立っていられない。

「秋生…!?」

 桜生が声を上げるが、その声に反応することができない。
 顔を上げて言葉を発そうとした瞬間に、バキンと何かが壊れる音が耳に響く。そしてその瞬間、体の中を駆け巡る悪寒が一層増した。華蓮からもらった輪が壊れたのだ。

「―――――…」

 体の中をかき回されるような感覚と、それに加えて首を絞められているような感覚に、秋生は顔を真っ青にしてうずくまった。声を出したいのに、声が出ない。寒い。体が寒くて今にも凍ってしまいそうだ。

「秋生…!」
「っ…!!」

 顔を上げると、すぐそこに華蓮の顔があった。
それを認識した瞬間、寒気が引き体は軽くなった。体の中を渦巻く何かはまだ残っているが、それでもさきほどまでのことが嘘のように消えかけていた。

「…先輩……さすが超絶適温……」
「冗談言ってる場合か!」

 秋生が苦笑いを浮かべると、華蓮は怒ったように言ってからため息を吐いた。
 強く抱きしめられると、不快感だけでなく不安まで飛んで行ってしまいそうだ。


「…どうして……僕は近くにいないのに……」


 桜生が辺りを見回している。確かに、あの嫌な感じを近くには感じない。
 それなのに先ほどはまるで、一度学校内で会ったあの時のような感覚だった。

「一体何が……」
 そう言って、桜生は玄関から進んで寺の階段に足を踏み込もうとした。


「!!」


 その瞬間、秋生の中に渦巻く何かが再び増幅した。
 しかしそれはさきほどの感覚とは少し違い、琉生が家を出て行ったときに感じた嫌な予感が爆発したような感覚だった。


「――――そっちに行っちゃだめだ!!!」


 秋生が叫び声を上げた瞬間、桜生は階段の一段目に足を着いた。

「え――――…」

 突風が吹き荒れた。
 そして次の瞬間、夕日に染まった赤い空が真っ暗に覆われた。

「桜生…!!」

 李月が叫び声を上げていた。
 けたたましい轟音と共に、李月の体がまるで雷が落ちて来たかのように電気を発している。桜生の姿はない。

「―いつ…くん―――…いつくん!!」

 真っ暗な視界の向こうに、桜生が手を伸ばしているのが見えた。今にも暗闇の中に呑みこまれそうな桜生が、泣きそうな顔で必死に手を伸ばしている。

「桜生!!」

 桜生と同じように、李月も必死に桜生に手を伸ばしていた。
 吹き荒れる風が邪魔をして、桜生のいる場所まで進めない。


「いつく――――…


 再び雷のような轟音がして、桜生がその場から消えた。


「さ―――……」



 真っ暗だった空が赤色に戻った。
 李月が呆然として桜生が消えた場所に手を伸ばしている。秋生はその光景を見ながら、まるで夢でも見ているかのような気分になった。
 夢ならばどれほどよかったことか。しかし、その場に倒れそうになった李月を受け止めようと華蓮が離れたために酷い寒気と頭痛を感じた秋生に、これが残酷な現実だということが言葉通り痛みを通して思い知らされていた。




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