Long story


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肆拾弌――不安の影

 華蓮がまだ幼い頃、この家は賑やかだったと言っていた。それから、華蓮が1人でここに戻ってきたときは、わりと静かだったが李月が増えたことで少しだけ賑やかになった。しかしその李月が突然いなくなり、まるでそれまでの賑やかさが嘘のように一気に静かな家になった。らしいが、その時の様子は知らない。そして今現在、一体何が静かなのだろうかというような光景が広がっている。多分、この家の歴史の中で、今ほど騒がしかったことはないだろう。聞こえてくる叫び声に耳を傾けながら、琉生は苦笑いを零して庭に向かった。

「ヤバイってここ!なんかヤバイのいるって!霊的なやつじゃなくて超自然的なやつ!」
「さっきから明らかにガサガサ言ってるんだけど!襲ってきそうな感じがするんだけど!」

 庭に近付くに向かって聞こえてきた声が鮮明になってくる。おまけに、何かが焼けている匂いまでしてきた。深月と侑は怪しい儀式の実験台にでもされているのだろうか。

「うるっせぇな!」
「もう冷凍庫来てんだからさっさとしろ!」

 庭に入ると、まず一番に納屋が目に入った。納屋の前に華蓮と李月が立っていて、その扉は鎖でぐるぐる巻きにされている。あれではどう頑張っても中から開くことはできない。どうやら侑と深月はあの中にいるようだ。あんな中に閉じ込められるなんて拷問にも近いと自分たちが一番よく知っている蓮と李月に閉じ込められているということは、相当怒らせるようなことをしたのだろう。

「ちゃんと掃除するから、ここ開けて!」
「この閉鎖空間は掃除意欲を減退させてるよ!」
「断る!」

 侑と深月の悲痛の叫びに、華蓮と李月が声を揃えて返した。ついこの間まで顔を合わせたら喧嘩ばかりしていたのに、随分と仲が良くなっていると琉生は少し感心した。やはり年齢を重ねて同居すると心情も変わるのだろうか。元々性格が似ているから、張り合いさえしなければウマが合うのかもしれない。

「逃げずに最初からちゃんとやってれば閉じ込められずに済んだのに…」
「おまけによりにもよって李月の部屋に隠れたりなんかするから、怒りも倍になって返ってくるんだよ」

 納屋から少し離れたところで、春人と双月がバーベーキューをしていた。何かの焼けるにおいの原因はこれのようだ。バーベキューテーブルにベンチテーブルセットまで用意されていて、随分と手が込んでいる。

「楽しそうだな、お前ら」
「あれ…琉生じゃん。やっほー」
「こんなところまで俺をいじめに来たんですか、先生」

 双月は笑顔で手を挙げるが、春人は顔を顰める。
 こんなところまで個人的に生徒をいじめにきていたら、教育委員会に呼び出されてもおかしくないような問題だ。

「お前と遊ぶのは学校だけで十分だ。…何やってんだ、あれ」
「新しい冷凍庫買ったから納屋に置くんだよ。だから深月と侑が強制的に納屋の掃除」
「なるほど」

 庭の片隅にある無駄に大きい箱は冷凍庫なのか。2台も置いてるが、この家はよほど食材の消費が激しいのだろう。
 そして先ほど春人と双月が呟いていたように、掃除をすっぽかして逃亡した挙句に、李月の部屋に逃げ込んだ結果があれということか。自業自得な気もするが、それにしてもかわいそうな気がしないでもない。

「先輩、洗濯機もう来るって言ってます……ってあれ、兄貴来てたのか」
「お前…どうしたんだ、その格好」
「次にその話したら二度と口きかないからな」

 窓からのぞいた可愛い顔が一瞬で修羅のような顔に変わる。長髪のポニーテールと、明らかに女物の服装は好きでやっているわけじゃないということか。ならば、そっちの方が似合っているなんて言ったら、きっと絶縁されるに違いない。

「夏川先輩の中にいる人のやられて、戻せないんだって。髪なんて切っても切ってもすぐ伸びてくるらしいよ」
「あー、亞希の仕業なのか。…久しぶりだな、桜生。苛められてないか」
「うん。すっごい楽しいよ」

 桜生はそう言って、もう何年も見ていないような笑顔を浮かべた。本当に楽しいと言うことが一目でわかる笑顔に、琉生も笑みがこぼれる。華蓮が李月の家の窓を壊したことがわざとであるのかどうかは知らないが、珍しくいいことをしたと褒美をやりたいくらいだ。とはいえ、それも前回の学校半壊事件でチャラどころかツケに変わっているが。

「先ぱ――い!洗濯機がもうすぐ来るって言ってま――す!!」

 納屋の前で騒いでいる華蓮に向かって秋生が窓から声を上げた。ポニーテールがいい感じに揺れる。やはりこっちの方がいい。桜生がセーラー服を着た時も思ったが、やはりこの双子は男物よりも女物の服の方が圧倒的に似合う。

「戻ってくるまでに終わらせてなかったら一生そこから出られないと思え!」

 華蓮はそう捨て台詞を吐くと、納屋から離れて琉生たちがいる方に足を向けた。

「随分とご立腹だな」
「琉生……来てたのか」
「お前が桜生を苛めてるんじゃないかと思って視察に」
「そんなことしたら李月に殺される」

 華蓮はそう言いながら、窓から室内に入って行った。
 初めて会った時は怒りに身を任せて李月ごと殺そうとしていた人物の台詞とは到底思えない。それほど時は経っていないように思えるが、状況は琉生の予定よりも随分といい方向に進んでいるようだ。

「もうすぐ上がってくるみたいですけど、洗面所まで持って行ってもらいます?」
「玄関まででいいだろ。双月と李月がいれば運べる」
「分かりました。じゃあ受け取ってきますね」
「ああ」

 何だろう。普通に会話しているだけなのに、何故かあそこだけ明るさが一段階上のような気がする。おまけに無性に腹が立つ。秋生が華蓮と一緒にいるというだけでも好ましくないところ、同棲を始めたばかりのまるでカップルのように仲良く会話しているからか。それが気に喰わなくて、こんなにも苛々するのか。
 李月と桜生が仲良くしているのも腹立たしいものだが、あれはある種しょうがないところがあった。桜生は李月がいないと意識を保っていることが出来ないから、一緒にいることをしぶしぶ容認してきた。幸い桜生は、自分が李月に抱いている感情を単純に感謝のそれだと思っていて、恋心だとは気が付いていない。だから仲良くしていてもそれほど気にはならないのだが。
 しかし秋生はどうだ。別に一緒にいる必要なんてないのに、一緒にいるどころか、付き合っているなんて考えただけでもぞっとする。琉生が秋生を放っていた結果なので、言ってしまえば自業自得なのだが。まさか大鳥学園に入学するなんて思っても――なんて言い出したらきりがない。自暴自棄の無限ループに陥ってしまいそうだ。
 友人にこの話をしたら、弟に干渉しすぎだと怒られた。そして、そのうち縁を切られる可能性が大だともきつく言われた。だから、それ以来あまり気にしないようにしている。だが、やはり腹が立つものは腹が立つ。とはいえ、縁を切られるなんて御免だから、今すぐ割って入りたい気持ちをぐっと抑える。

「あれー、琉生だ。……何してんの?険しい顔して」

 庭の奥から洗濯かごを持って睡蓮が出てきた。どうやら洗濯物を干していたようだ。

「歯を食いしばってる」
「よく分かんないけど…琉生も食べる?お皿持ってこようか?」
「ああ、食う」

 とりあえず食べて気を紛らわすのが先決だ。
どうやら肉は沢山あるみたいだし、ちょっとくらい自棄食いしても大丈夫だろう。
 睡蓮が持ってきた紙皿を受け取った琉生は、いくつも重なっている肉のパックを手に取り、中身の丸ごと網の上に放り投げた。



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