Long story
肆拾――行く先には
最近の家電量販店は、家電を売っているだけではないらしい。
入口を入ってすぐは電話会社のコーナーで、携帯電話やスマートフォン、そのアクセサリーなどがずらりと並んでいる。その付近にそれぞれの電話会社の店員らしき人々が数人ずついて、入ってくる客に片端から話しかけている。いや、もしかしたら話しかける客は選んでいるのかもしれないが、こちらから見ている限りでは手当り次第にしか見えない。
少し進むと、今度は在庫処分品のコーナーだ。今の時期だと、暖房器具が格安で売られている。また、展示品であったことで若干汚れた商品なども値段を下げて販売されている。それも、さすが5階建の店なだけある。その量も尋常ではない。
「先輩、見てこれ!」
まるで玩具を買ってもらえる子どものように、秋生は店に入った瞬間からはしゃぎっぱなしだ。相変わらず周りを見ずに突き進むくせは直っておらず、店に入って数度指摘したがそれでも直らない。ここまでくるともう病気だ。おまけに、平日にもかかわらず客の数が意外と多いのがこれまた華蓮の気苦労を増やすわけだが、本人はそんなことはおかまいなしに妙なものを指さして喜んでいる。
「何だこれ」
形は掃除機に似ている気がするが、コードが付いているわけでもない。キャリーバックの持ち手のようなものがついているし、機械らしいところがあまりない。掃除機から中身を取って空洞を作ったような形だ。
「まるごとたまちゃん!」
「はぁ?」
「外でスイカを冷やしながら移動できるらしいです」
「いらねぇ…」
華蓮は思わず口走った。
年に1回使えばいい方。いや、もしかしたら数年に1度しか活躍しないかもしれない。興味本位で買って倉庫に押し込められる典型的な例のような家電だ。いや、そもそもこれは家電なのか。
「じゃあ、これ!嘘を吐くと指先に電流が!」
「戻せ」
何がその名も「嘘か本当か?電気ショック嘘発見機」だ。
全く、売れ残りコーナーの先は売れないものコーナーか。そのほかにも、どうでもいいものばかりが並んでいる。猫の形をしたデジカメとか、リモコン操作できるゴミ箱(これは多少用途はありそうだが)とか、電話の受話器を肩に乗せるもの(これに至っては絶対に家電ではない)とか、一瞬で馬鹿にする反面、よくもまぁ思いついたものだとある種感心するようなものばかりだ。
「って、こんなの見に来たんじゃないですよね」
気づくのが遅い。
秋生はそう言うと、新たに手にしていたトイレラジコン(もう用途は問わない)を置き、そこら中に設置されている案内標識に視線を移した。華蓮も秋生の視線を追うように標識に視線を向ける。
「うーんと…あ、洗濯機4階」
「食洗機、冷蔵庫、冷凍庫は3階だな」
「洗濯機も3階にすればいいのに…」
「全くだな」
というわけで、まずはエスカレーターを使って3階にあがることにしたのだが。なんとも客に優しくない家電量販店だ。1階から5階まで通しでエスカレーターを付けておけばいいのに、階ごとに場所が変わるためにいちいち各階を多少なりと通過しなければならない。中には通かの際に立ち止まる客もいるだろうから、それを狙った店側の戦略なのだろうが。目的のものにしか興味のない華蓮としては面倒くさいことこの上ない。
2階はパソコン機器のようで、これまた各社のパソコンの近くに店員たちが売り込みをしようとスタンバイしているのが見えた。家電量販店の店員も大変だ。
「このパソコン、タッチパネルですよ」
そして華蓮とは真反対の秋生は、通りかかると止まってしまうタイプだ。まんまと店の思惑通りに動いている。きっと、振り込め詐欺にも簡単に引っかかるだろう。
とはいえ、別に急いでいるわけでもないから、わざわざ無理矢理引っ張っていくこともない。せっかく足を運んだのだから、見たいだけ見ればいいと思し、興味のない家電はともかくはしゃいでいる秋生を見るのは嫌じゃない。
「何でもかんでもタッチパネルにすればいいってもんじゃないですよね。俺はマウス派」
別に秋生がマウス派かどうかなんて、開発者からしたら知ったことではないだろう。とはいえ、秋生の言っていることは理解できなくもない。
秋生は文句を言いながらパソコンの画面に触れ、そのまま指を滑らせた。指紋がこすれ、画面が汚れる。
「汚れが目立つな」
「ほら、やっぱりマウスの方がいいですよ」
「もしくはお前の手がよほど汚いか」
「汚くないです!」
冗談だと分からなかったのか、それとも心当たりでもあるのか。秋生は否定しながらも、自分の手を確認していた。そして「汚くない」と自分に言い聞かせるように頷いた。
「行くぞ」
「はーい」
別に時間は押していないが、いい加減に店員が近づいてきそうな雰囲気だ。話しかけられるなんて面倒なことは御免なので、華蓮は秋生を催促して2人は3階に向かった。
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mokuji
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