Long story


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参拾肆――正しい選択

 睡蓮はリビングの扉を開け、首を傾げてから一度閉じ、そしてもう一度開けた。しかし、目の前に広がった光景は変わらず、これが現実だと確認する。
 しかし状況は呑み込めない。ソファには秋生がうずくまるように丸まっていて、その目の前のガラステーブルに華蓮が突っ伏している。ダイニングテーブルと面している壁に李月が椅子に座った状態でよりかかっており、その李月の寄りかかっているのは桜生だ。ダイニングテーブルにはギターが乗っているし、それだけではなく部屋中のいたるところに紙が散らばっていた。
 さて、これは一体どういう状況だろうか。そして、この場に足を踏み入れていいものだろうか。睡蓮は入口に突っ立ったまま考えるが、どうすればいいのか自分の頭は答えをくれない。

「睡蓮、どうしの?こんなところに突っ立って」

 背後から話しかけられて振り返ると、久しぶりに見る顔があった。昨日も見たことにはみたのだが、ずっと気を失っていたので睡蓮の中では見た内には入らない。
 階段から降りてきたらしい侑は、睡蓮がリビングの入り口で立っているのを不思議そうに見ていた。

「あ、侑…おはよう。もう大丈夫なの?」
「おはよう。ちょっと瘴気にあてられただけだから、もう平気だよ」
「そっか、よかった。…これ見て」

 睡蓮は侑が大丈夫なことに安堵してから、侑の最初の問いに応えるべく場所を譲った。睡蓮の行為に不思議そうに首を傾げた侑は、譲られた場所に移動してリビングに顔を覗かせた。

「あー……これは確実に僕のせいだ」

 中を見た侑が露骨に顔を顰めた。そして、睡蓮が悩んでいたことなど素知らぬ様子で普通に室内に足を踏み入れた。誰が寝ていようとお構いなしの様子で、床に転がっている紙を拾う。

「侑…李月も華蓮も、起こすと面倒臭いよ……」

 睡蓮が足を踏み入れることを躊躇していた最大の理由だ。
 華蓮は寝ているところを強制的に起こされるとすこぶる機嫌が悪くなる。それでも起こさなければいけない睡蓮は半ば強制的に起こすのだが、ひとたび失敗すると家屋崩壊の危機にさらされるのだ。だから華蓮を起こすことはもう何年も睡蓮が毎朝苦労していることで、かなり気を遣っていることだ。しかし、ここ最近のそれは秋生の当番になりつつあり、どうしてか秋生に起こしてもらうと華蓮はすんなり起きてくれるので睡蓮は心底ありがたいと思っていた。だが、今日はその秋生も一緒に寝ている。
 そしてもう一つ問題がある。李月だ。睡蓮は以前何年も前に、李月とここで暮らしていた時期がある。それほど長い期間ではなかったが、その時のことを忘れたことはない。そして李月と華蓮は性格が本当にそっくりで、それなのに喧嘩ばかりして―――ということはどうでもいい。とにかく、性格がそっくりな李月も華蓮と同じように、寝起きの機嫌の悪さもそっくりだった。今、李月の寝起きがどうなっているか睡蓮には分からないが、華蓮の寝起きが進歩していないのだから多分進歩してないと確信のようなものがあった。だから、睡蓮は踏み込むことができなかったのだ。もし安易に踏み込んで2人の寝起きの逆鱗の触れたらと、考えるだけでおぞましい。家屋崩壊どころの騒ぎではなくなってしまいそうだ。
 しかし、そんな睡蓮の思いを余所に、侑は全く躊躇なく室内を歩き回っている。

「こんなところで寝てるのが悪いんだよ。まぁ、やっぱり僕のせいだけど」

 侑は拾った紙を眺めながら素っ気なくそう言った。
 睡蓮はそんな侑を素直に凄いと思った。自分のせいだと自覚しながら、こんなところで寝ているほうが悪いと言う。つまり、ここで寝ているのは自分のせいだが、その眠りを妨げても自分は悪くないと言いたいのだ。そんな矛盾したことを当たり前のように言ってしまう侑はすごい。

「それ…何……?」
「僕が頼んでおいたアルバムの楽譜。今日が締め切り」

 そう言えば、そんなことを言っていたような気がする。この間深月と侑が手伝って何曲か出来たみたいだが、あれから色々とあったからずっと放置だったのだろう。きっと、昨日の夜中にでも気づいて慌てて作業に取り掛かったに違いない。ただ、李月や秋生たちがどうしてその中にいるのかが疑問だが。

「いっきーが手伝ってたんだ…」
「李月が…?」
「うん。なっちゃんが作る曲とは少し違う。ほんの少しだけだけどね」

 侑に楽譜を渡されて見てみたが、睡蓮にはその違いが分からないどころかまず楽譜が読めないのでどうしよもない。ただ、曲名が「全校朝礼は魔の時間」と書いてあるのは理解できたし、同時にこの曲がいつも通りしょうもないということも予測できた。

「うわすごい。全部ちゃんと出来てる」

 侑は華蓮の突っ伏しているガラステーブルに近寄ると、机の上に置いてある紙(多分あれも楽譜だろう)を次々と手に取っていく。

「ああ…華蓮が起きちゃう……!」

 睡蓮はヒヤヒヤしながらその光景を見ているが、侑は全くお構いなしだ。

「大丈夫だよ。もしもの時は秋生君を盾にするから」
「さ、さすが…」

睡蓮は苦笑いを浮かべながら、その光景を見守ることにした。侑の言う通り、いざと言うときは秋生を盾にすれば大丈夫だろうが、睡蓮にそれをする勇気はない。

「寝顔でも撮れないかな。髪の色黒に加工すれば高く売れる」
「撮るの?」
「今日は気分がいいから、また今度にしてあげる」

 侑は散らばった紙をかき集めながらニコリと笑った。
 気分が悪いときにこんなところで寝てないといいけど、と睡蓮は華蓮の身を案じた。

「僕の大事な楽譜収集は終わり」
「どうしよう?」
「見たところ、今無理矢理起こした時の被害危険レベルはS級」

 戻ってきた侑はそう言ってお手上げのポーズをとった。
 侑の言うS級が何段階の何段階目なのかは分からないが、とりあえず凄く危ないと言うことは推測できる。侑が本当に写真を撮らなかったことが、その推測の裏付けだ。

「どうしよう…?」
「うーんそうだなぁ、いいことを教えてあげようか?」
「いいこと?」
「今日は土曜日」

 侑はそう言って、カレンダーを指さした。
 ここ最近、曜日感覚が鈍って毎日が平日で当たり前のような気がしていたが、そう言えば日本には週末というものがあって、週末の2日は多くの場合が「休みの日」だということを思い出した。そして今日は、その週末の休みの日の1日目だ。
 睡蓮がカレンダーに視線を寄越すと、侑は続けて口を開いた。

「朝から庭でバーベキューとか、どう?」

 侑は笑顔で人差し指を立てる。
 休みの日には時間を急いてご飯を作る必要はない。だから、今から他の連中を起こして、みんなで買い出しに行って、わいわいがやがや食事を作るのも悪くはない。
 否、最高だ。

「その案いただき!」

 侑の笑顔に、睡蓮も笑顔で返した。
 睡蓮は華蓮たちがリビングを占拠していることを心の底から感謝した。



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