Long story


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参拾弌――考える時間

 春人は非常に不機嫌だった。しかし、それを顔には出さないようにしていたし、口に出すつもりもない。顔に出しても口に出してもしょうがないことだと分かっているからだ。
 自分だけ、桜生の姿が見えないのは、誰がどう頑張っても解決しようがない問題だ。どうしようもない問題に腹を立てても仕方がないことは分かっている。春人が不機嫌なのはそのせいではない。誰も春人だけ見えていないことに気が付いておらず、春人には全く状況が理解できないはずなのに誰も説明してくれないからだ。

「私が教えてあげているじゃない」
 ――そう言う問題じゃないです。

 そう、状況は理解できている。
 世月が桜生の言葉を全部通訳してくれているからだ。

「まるで蚊帳の外」
 ――分かってるなら言わないでください。

 まるで、自分は話を知らなくてもいいと言われているような感覚だ。実際問題、春人はこの件にはまり関係はない。自分が狙われたことすら不思議なくらいに、関係がない。それに、最初に狙われて運よく逃げ延びたことから、多分もうしばらくは狙われることはないだろう。
 だから聞かなくても問題がないといえばそうだが、だからって完全に蚊帳の外にしなくてもいいと思う。

「まぁ、深月は侑に必死だし、かーくんは李月とにらめっこだし、双月は李月が出てきたせいで空気だし、秋生君は桜生ちゃんと再会しているし、しょうがないわよ」
 ――まぁ、そうですけど。

 この短時間で頭の中での会話に慣れ過ぎて、世月が辺りを回ることも何とも思わなくなってしまたし、数多の中の会話が思わず声に出ることもなくなってしまった。この時間で唯一よかったことと言えるだろう。

 ――っていうか、双月先輩がなんて?

 世月の言葉に納得している途中で引っかかったことを頭の中で返す。
 腹が立っていたせいで上の空で聞いてしまっていた。

「見てみなさいよ。空気より薄いわ」
 ――あーあ。

 本当に消えてしまいそうなくらい、双月は気配を消し去っていた。この場から動かないのは、動いた方が逆に目立つと分かっているからだ。まるで息もしていないかのように、微動だしない。しかし目はしっかりと状況を捕えていて、どうすれば一番手っ取り早くこの場からいなくなれるかを考えているようだ。

「可哀想な春君。唯一気を遣ってくれそうな双月があれじゃあね」
 ――唯一とか、失礼こと言いますね。…否定できませんけど。

 多分、いつもの双月ならば最初から春人に状況説明をしてくれていただろう。それが無かった時点で春人も気付くべきだったのだ。
 双月の異常な李月への執着に。

「李月も李月よ。この家に双月がいることは分かっているでしょうに」

 そう言う世月の視線の先には、今にも華蓮と喧嘩をおっぱじめそうな李月がいる。
 双月は完全に空気になっているが、本当に気付いていないのだろうか。双月と春人の距離より、双月と李月の距離の方が近いのに。

「見ないふりしてもしょうがないのに、馬鹿みたいね」
「本当、どうしてここの人たちはみんな、兄弟間のもめごとから目を背けるんだろう」

 世月の言葉に返したわけではないが、春人は同調するように呟いていた。
 秋生と琉生のこともそうだ。話し合えば解決することなのに、どうして自分から話し合いにいかないのだろうと、不思議に思う。今の李月と双月だって、話もしないままにお互いがお互いを避けて馬鹿みたいだ。春人なら、兄弟間で揉めたら相手が拒否しても無理矢理引っ張り出してきて話をする。揉めたままなど御免だ。

「春人…突然どうしたんだよ?」
「えっ?」

 ずっと気配を消していた双月が春人に視線を向けていた。双月だけではない、皆の視線が春人に集中している。
 春人はどうして自分が注目されているのか分からずきょとんとしている。

「また口に出ていたわよ」

 世月に指摘され、春人は思いきり顔をしかめた。完全に無意識だ。

「あー……いや、なんでもないです。ごめんなさい」
「何でもないことないだろ。やっぱり最近おかしいぞ」
「そんなことないですよ、ははは」

 これはまずい。非常にまずい。春人が苦笑いでどう乗り越えようかと考えていると、隣で世月がふわりと揺れた。

「ここまで来たのだから、はっきりすっぱり言ってあげなさいよ。うじうじ気持ち悪いわね。さっさと話し合いなさいよ、これから一緒に暮らすのよ、って」
――無理に決まってるでしょ。

 多分、数時間前までの春人ならこれにも肉声で返してしまっていただろう。春人はこのとき少しだけ、自分を蚊帳の外にして人たちに感謝した。

「春人…?」
「本当に何でもないです。どうぞ、存分に避け合って下さい」

 言ってから、これも禁句だったと後悔する。
 もう駄目だ。ここは言い訳もほどほどに退散しなければ。

「避け合いって…何が?」
「それ――――あんたと李月が私のことをいつまでもぐずぐ―――ッ!!」

 ぐずぐず引きずっているからでしょ。と、途中から春人の頭の中に声が響いた。
しかし、前半は肉声だった。

 それも、春人の口から発せられた自分ではない声。

 自分が喋ろうとしたところに被ってきた声に一間置いてから、すかさず口を覆った。春人はその状態で隣に睨むような視線を向けた。

「ちょっと…何してるんですか!」
「ムカついたからちょっと借りちゃったわ。ごめんなさい」
「借りちゃったじゃないですよ!もー、俺が今必死にごまかして……るのに、」

 そうだ、春人は今。
 たった今自分の失態をごまかしている最中なのだ。

 春人は世月に向けて発している言葉を途中で止め、真っ青になりながら再び口を覆う。

「春人…誰と喋ってるんだ?」

 全員の疑問を代弁するように、秋生が思いきり顔を顰めて春人を見ていた。
 春人はどう返答するべきか、頭を必死に回転させる。

「……宇宙人との交信?」

 回転しても、有効的な返答は見いだされなかった。

「ふははっ、それは無理があるわよ。春君」

 春人が苦笑いで抵抗を続けている隣で、世月が爆笑している。
 そもそも誰のせいでこうなっていると思っているのだ。春人は睨み付けると、世月はお腹を抱えながら春人に耳打ちをした。

「とりえあえず、ここはエスケープが得策ね。ふふふ」

 世月はそう言うとまた笑い出した。どうやら春人の宇宙との交信発言がよほどツボにはまったらしい。春人は実に腹立たしく思うが、世月の意見には賛成だ。

「―――どうせ俺は仲間はずれなので、寝ます!おやすみなさい!!」
「あっ…春人!?」

 このままこの場に居てもぼろが出るだけだ。春人は勢いよく立ち上がると、そそくさと出口に向かった。双月が止めようと手を伸ばしてきたが、それを華麗に交わしてそのままリビングを後にした。
 宇宙との交信は流石に無理があるので、もっといい理由を考えなければいけない。この際、最近のめまぐるしい出来事のせいで頭がおかしくなっちゃった説でもいい。世月と話しているなんて言って軽蔑されるよりかは、その方がマシだ。春人は色々な言い訳を考えながら、そのまま部屋に籠って鍵を閉めた。


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