Long story
弐拾玖――何を信じるべきか
これはどうしたものかと、春人は悩んでいた。
状況的には完全にいてはいけない存在だ。しかし、この場でいなくなろうと動いた時点で華蓮は気づくだろうし、そしたら一気にムードはぶち壊しになるだろう。この状況がそれほどムードに満ち溢れているものかと聞かれればそれもまた微妙なところであるが、少なくとも割り入っていいものではない。
「万事休すね」
さっきまですっかりいなくなっていたと思った世月が、横から声をかけてきた。春人は気配を消すよう心がけながら、世月を睨む。
――今余計なこと言わないでください。
「いいのよ。私の声は春君にしか聞こえないもの」
だからまずいのだ。世月が余計なことを言って、春人が変に反応してしまったらどうするのだ。春人はKYな人間にはなりたくない。
「こんなところでいちゃついてるのが悪いのよ」
――ちょっと黙っててください…!!
心の中で叫び声を上げると、世月は呆れたようにため息をついて消えて行った。
――別に消えろって言ったわけじゃ……。
まさか消えてしまうと思っていたなかった春人は若干慌てた。しかし、ほぼ自分が追い返したようなこの状況で――別に消えることはないのに。さすがに一人は心細い――なんて自分勝手なことは流石に言えない。
さてどうしてこの場を回避するかと春人が考えていると、バタバタと屋上に向かう階段を上がってくる足音がいくつも聞こえた。
その音を聞いた秋生がすかさず華蓮から離れる。どうやら、春人がKYになることは免れたようだ。ほっと溜息を吐くと同時に、3人の影が屋上に現れた。深月と双月、それから琉生だ。3人とも屋上の惨劇を見て呆然とした様子だ。
「まじでか。なんだこれ」
「一体どこの戦闘漫画―――春人!」
深月があんぐりとした様子で呟いて、双月もそれに同調しようとしたところ、春人の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「今更来たって遅いです!酷い目にあったんですからね!」
春人は駆け寄ってきた双月に思わず声を上げた。
そうだ、そもそも一番怖い思いをしたのは自分ではないか。と、今さら思い出して。
「えっ!?…ごめん!」
「冗談です。…そんなにひどい目には会ってません」
「そっか、よかった……」
春人が冗談を言ったことに怒ることもなく、双月は安心したように息を吐いた。
なんだか自分が申し訳ないことをしてしまったみたいで、いたたまれなくなってしまう。
「立てるか……?」
「多分…ありがとうございます」
双月の手を借りながら春人は立ち上がる。
そんなにひどい目には合っていないが、腰だけは見事に抜けていたようだ。
「お前、眼つけられてよく無事だったな」
「え…ああ、まぁ。なんとなく」
不思議そうに言う琉生に、春人は苦笑いで返す。
華蓮にも見えない世月だ。その世月に助けてもらったといっても、からかうなと怒られるに違いない。
「琉生」
これ以上問い詰められると困る。
そう思って苦笑いを浮かべていると、ふと聞こえてきた声に琉生が振り返った。
「どうして―――李月があいつと一緒にいた?」
その言葉に反応したのは、琉生だけではなかった。
むしろ、深月と双月の方がまるで宇宙人でも見たかのような表情を浮かべていた。
「は…?李月…?」
「何だそれ…どういうことだよ…?」
琉生何か言う前に、深月と双月が驚きの表情を華蓮に向けたまま声を出す。
「だからそれを聞いてるんだろうが」
華蓮が睨み付けるように、琉生に視線を送った。
それにつられるように、深月と双月も琉生に視線を向ける。
「だから出てくんなって言ったのに……」
琉生は困ったような表情を浮かべると、頭を掻きながら溜息を吐いた。
「やっぱり何か知ってるんだな」
「…その話はまた後だ。お前それ、李月にやられたのか」
「あいつの方が血だらけだ」
華蓮はそう言って、琉生から視線を逸らした。
「張り合わんでいい!全くお前らクソ弟子は揃って何も成長しねぇな」
お前ら――ということは、先ほどまでいた李月という男も、琉生の弟子だということか。だから、あんなに華蓮とそっくりな格好をしていたのだろうか。
「あいつが悪い」
「どっちも悪いわ!…まぁ、途中で止めただけ成長といえばそうか」
止まってなどいない。秋生が無理矢理止めたのだ。
しかし、華蓮も秋生も何も言わないので、ここは空気を読んで春人も何も言わない。
「絶対自分たちで止めてないだろ、あれ」
「何かしらのアクシデントで止まったに違いないな」
双月と深月はまるで信用していないような目で華蓮を見ながら呟いている。
するどい。春人は2に視線を送りながら苦笑いを浮かべた。
「あーあ。あのバカ、思いっきり突き刺してんじゃねぇか…」
「勘違いするな。刺されてやったんだ」
「だから張り合わんでいい!!」
琉生は華蓮の傷を見ながら怒ったようにそう言うと、立ち上がって春人たちの方に振り返った。
「華蓮の家に移動するぞ。そこで李月のことも全部話す」
苛立ち交じりではあったが、琉生の表情は一段と真剣だった。
それから、華蓮は秋生に心配されながら、春人は双月に支えられながら華蓮の家に向かった。世月がやたらと深月にちょっかいを出しているのに少し笑いそうになった春人は、自分が見たい時にだけ世月が見えるようになるという機能が欲しいとつくづく思うのだった。
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mokuji
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