Long story


Top  newinfomainclap*res





弐拾捌ーー訪れたその時


 一体どうして世月が泣いているのか、結局春人は教えてもらえなかった。ただ、世月を泣かせたのが琉生であるということは、名前こそ口にはしなかったものの「横暴教師」と言っていたことから大体想像がついた。
 今日の朝、自分が世月に変なことを言ったから、世月が気をきかせて琉生のところに行ってきたのかもしれない。しかし、そこで何があったら世月はあんなに目を腫らして泣くまでになるのか、春人に見当もつかなかった。

「世月が泣いてた?」
「うん」

 放課後。新聞部に顔を出した春人は、深月に今日の話をした。さきほどまで一緒だった世月は、今日は家の用事があるからといって帰って行った。それも本当かどうかわかったものではないが、春人は引き止めなかった。

「俺、今日の朝…世月先輩に聞いたんだ」
「何を…?」

 春人は深月に、今日の朝の秋生との会話と、それからその後の世月との会話を説明した。
 世月は言っていた。どんなに変わっていても、大好きな兄弟なのだから嫌いになれるわけがないと。そして、琉生と秋生は手を伸ばせばまだ届くと、そう言った。

「あいつ……まだ覚えてたのか、あんなこと」
「え?」
「いや。…世月は、自分で勝手に泣いただけだから気にするな」

 深月はその推理に確信があるようだった。
 一体何があったら自分で勝手に泣くのだろうと思う春人であったが、多分深月に聞いても教えてはくれないのだろう。

「気にしなくていいなら、いいんだけど…」

 ただ、気にするなと言われても無理がある。
 春人は記事をまとめる作業がいまいち進まないまま、机に頬杖をついた。

「春人は、本当の世月のこと知ってんのか」
「少しだけ」
「死んでることも?」
「うん…」

 それは、前に双月の正体がライト様だったということを知った後に聞いたことだ。
 どうして女装をしていて、どうして「世月」と名乗っているのかも。

「あいつはきっと、世月が死んだ時の自分と秋生を重ねてるんだと思う。だから、琉生の所に殴り込みに行って爆発しちゃったんだろうな」
「殴り込み…?」
「あいつ最近、世月に性格似てきたからなぁ。双月のときはもっとしたたかで可愛いんだけど。世月になると世月が乗り移ってんじゃねぇかと時々思うくらいに性格変わる。多分、よくも私の春君を悲しませたわねとかって、道場破りしてるだろうな」
「……世月さんって、女の人だよね?」

 道場破りに行って、性格が似ているとは。一体どういう性格だったのだ。

「ああ。でも、あいつは怖ぇぞ。性格も態度も双月なんかよりよっぽど男前だった。小学校が火事になった時、逃げる途中で双月が足くじいて歩けなくなったんだけど、何の躊躇もなく抱えて走りだすし」
「なにそれ、普通逆でしょ…」

 女子が男子抱えている姿って、それが小学生でも想像しただけで笑えてくる。

「だろ?それだけじゃないぞ。その時、一緒に走って逃げてたはずの夏が途中で行方不明になって、気付いた途端に探しに行くとか言って火の中に飛び込もうとするし……」
「やばー。大丈夫だったの…?」
「ああ。今にも飛び込もうとする世月を必死に止めてたら、まるで気にしてないように夏がガキ連れて戻ってきて、一件落着」
「ガキ…?」
「逃げてる途中で見つけたって言ってたっけ…?世月がまるで悪びれもしない夏に怒って、殴りかかるのを止めるのに必死だったから覚えてねぇわ」

 何だそれは、全然一件落着してない。

「夏川先輩を殴るって…すごいね……」
「あいつ殴り合いとか大好きだから。双月が大勢相手に喧嘩に負けて泣きながら帰ってくると、すぐにかたき討ちに行くわよって、俺らも付き合わされてた」
「俺ら…?」
「そう、みんな。夏なんか超嫌がるんだけど、一番即戦力になるのは分かってるから無理矢理引っ張ってくんだよ。そしたら無理に連れてこられて苛々してるから大半は蹴散らしてくれる」
「夏川先輩の扱いが上手かったんだ…?」
「そうだな。まぁ、今の夏なら無理矢理引っ張って行こうとしたら逆に殴られそうだけど。あの頃はノリがよかったんだよ」

 それをノリのよさというのかどうかは些か疑問であるが、深月の言いたいことは分かる。
 春人は思った。
 月日が経てば変わるものがあるのは当たり前だが、春人の周囲の人たちは、その変化が大きすぎるのではないかと。そして、その大きすぎる変化についていけていない人が何人もいるのだと。
 でも、それが分かったところで春人にはどうすることもできない。


「ジュース買ってくるけど、いる?」
「いや、いい」

 深月の返答聞いて、春人は部室を出た。
 すぐに部室に帰る気分にもならなかったので、少し遠い自販機まで歩く。
 多分、自分に出来ることは何もないのだろうと思う。それが分かっていて尚、どうすることもできない自分が悔しい。


「無力ってこういうことを言うのかな……」

 春人は自販機の前に立ち、お金を入れながら溜息を吐いた。


「そんなことはないわ」
「え?」

 背後から声がして、春人は思わず振り返ろうとする。しかし、どうしてか体が動かすことができなかった。


「あら」

 聞こえた声は少し驚いたような反応をした。
 まるで春人が反応を返したことが意外だったようだ。

「振り向いてはだめ」

 改めて聞くと、この学校には不釣り合いな透き通った女の人の声だった。
 春人は一瞬、もしかして桜生に出会ってしまったのかと思った。しかし、桜生は男だ。これほどまでに透き通った声が出るだろうか。

「私はカレンではないわ」
「えっ…」

 心を読まれた。春人は驚愕するが、相変わらず体は動かない。まるで何か重石でも乗せられているかのように、身体が重たい。

「まぁ、この状態で安心してと言うのも無理かしらね。でも、振り向いて気絶したら承知しないわよ」

 声がそう言ったと同時に、ふっと体の重みが取れ感覚がした。春人はそっと振り返る。


「――――あなたは…」

 目の前にいた世月は、確かに世月だった。
 しかし、長い髪をなびかせて、この学校には不釣り合いな制服を着て、いつも「春君」と笑顔を向けてくれる世月の格好をした――双月ではない。


「こんにちは、春君」
「こ…んにちわ……世月さん?」

 春人がそう問うと、世月はふわりと笑った。それがイエスの返事の代わりだった。
 その表情は春人の知っている双月の表情とそっくりだったが、少しだけ違う。ただ、どちらも安心する笑顔であることは確かだった。

「あまり驚かないのね」
「驚いていますけど…でも、気絶したら許さないって。み……みつ兄が、世月さんは怖いって言ってたから」
「あら、か弱い乙女に向かって失礼しちゃうわ」

 世月はそう言って、くるりと回った。やはり本物の女性だからか、双月よりも女らしい。

「あの…どうして、俺の…ところに?」
「私はいつも双月の傍にいるわ。でも、これまで誰も気付かなかった…かーくんにさえ、私の声は届かなかったのに……どうしてかあなたには届いた」

 どうしてかしら?と聞かれても春人にもそんなことは分からない。
 そもそも、春人は生まれてから霊なんてものを見たのも初めてだ。秋生がいつも話をしてくれているから存在自体に疑問はないものの、改めてその存在を見せつけられると多少なりと混乱する。それも、知り合いにそっくりな霊なら尚更だ。それなのに、気絶したら承知しないなどと言われたら、冷静にならざるを得ない。

「ふふふ、あなた面白いのね」
「あ…心読みましたね!」

 そう言えば、先ほども桜生かと疑ったことを否定した。
 あの時も口には出していなかったはずだ。

「あなたが垂れ流しているのが悪いのよ」

 そう言って世月はクスクスと笑う。
 垂れ流していると言われても、自分ではそのつもりがないのにどうしろというのだ。

「まぁいいわ。せっかく出会えたのだから、少しお話しましょう」
「え」
「嫌なの?」
「いえ、そんな…」
「いい子ね。まぁ、拒否しても無理矢理連れていくのだけれど」

 ふふふ、と笑う世月はやはりどこか双月とは違った。
 深月の行っていた通り、強気というか、どこか怖いというか。逆らってはいけないというオーラが漂っている。幽霊にオーラがあるかどうかは知らないけれど。

「屋上に行きましょう」

 それは、いつも春人が双月と暇をつぶしている場所だった。



[ 1/6 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -