Long story


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弐拾漆ーー手遅れなのか

 バタバタと何かが近づいてくる音にうっすらと目を覚ました華蓮は、ほとんど覚醒していない頭で無意識のうちに襖に力を集中させた。襖なのに、ガチャリと音がする。

「秋兄、そろそろ起きないと遅刻……あれ、開かない」

 襖の向こうから睡蓮の声がする。ガタガタと襖を揺らすが、華蓮が鍵をかけて襖はたとえ台風並みの暴風が吹いても開くことはない。この家だから出来る芸当だ。
 睡蓮の「そろそろ起きないと遅刻」は、「まだ起きなくても大丈夫」という意味だと華蓮は理解している。だから、まだ起きる時間ではない。

「あ――もしかして、華蓮もいるの!?」

 さすがにするどい。
 しかし、華蓮はその言葉に返答しないし、動こうとすらしない。それどころか、閉じたままの瞼は睡蓮の声にも動じず、再び眠りにつこうとしていた。


「……ん…?」

 そんな華蓮とは反対に、今度は秋生がうっすらと目を開ける。
 ガタガタと揺れる襖の音に目を覚ましたのか、睡蓮の声に目を覚ましたのか。原因はどういいが、どちらだとしてもよくない。


「秋兄!秋兄起きて!そしてもし華蓮がいるなら、叩き起こして!!」

 ガタガタだった音がガンガンになった。素手で叩いているのではない、何か道具を利用している音だ。

「え?…睡蓮……?――――せ、せせ先輩!」
「うるさい」

 ようやく口を開けた華蓮は、それだけ言うとまた眠りにつこうとする。相変わらず動くこともなければ、瞼を開けることもない。

「やっぱり華蓮いるんだ!二度寝させないで!」
「ええっ?」

 睡蓮の懇願のような叫びに、秋生は困ったように体を起こす。

「二度寝させたら、すごく面倒なことになるから!世界の破滅が待ってる!!」

 大げさにもほどがある。
 華蓮の二度寝ごときで世界が破壊されるのなら、きっと今ごと太陽だって木端微塵だ。

「せ、先輩…。睡蓮がああ言ってますけど……」
「聞こえない」
「聞こえてるじゃないですか」

 目を開けてはいないが、秋生が苦笑いを浮かべているのが想像できた。

「やばい…鍋に火かけっぱなしだ!」

 襖の向こうから睡蓮の悲痛な声が聞こえる。
 それならばさっさと戻れ。華蓮は内心でそう思うが、再び睡魔に負けようとしているために口は開かない。

「僕みんなのご飯作る準備してる途中だから、秋兄、後は任せたからね!」
「えっ!?」
「多少怪我しても多めに見てね!!」

 睡蓮は早々に華蓮を見限ったのか、そう言うと秋生の返答も聞かずに来た時と同じようにバタバタと去って行った。

「ちょっ…睡蓮!……け、けが…?」

 秋生は睡蓮の名を呼ぶが、脱兎のごとく去って行った睡蓮には届かなかったようだ。


「今何時…うわっ、こんな時間」


 秋生は室内の掛け時計に視線をやったのだろう。びっくりしたように声を出した。しかし、華蓮からすればこんな時間でもどんな時間でも関係ない。今まさに眠気が襲っているのだから、寝るだけだ。


「先輩、起きないと学校遅刻……って遅刻ないじゃん。いやでも、起きないと…」

 秋生が華蓮の体を揺らす。おかげで、なくなりかけていた意識が現実に戻ってきた。仕方がないのでうっすらと目を開けると、秋生の顔が困ったように覗き込んでいた。


「起きてくれます……?」

 効果は抜群だ。どこかのゲームなら瀕死になるところだが、華蓮の脳は完全に覚醒した。そして、覚醒した華蓮はこのおしいしい状況を無駄にはしない。問いに応える代わりに半分だけ体を起こした華蓮は、秋生の腕を引き既に近い顔をさらに自分に引き寄せた。

「わっ…!」

 秋生は驚きの表情を浮かべて声を出した後、華蓮と視線が合うと一気に顔を赤面させた。一体いつになったら慣れるのだろうと疑問に思う。昨日は最終的に自分から身を寄せてきたにも関わらず、1日置くと完全にリセットされる機能でもついているというのだろうか。
 そんなことを思いながらも、華蓮は秋生との距離を離さない。

「この状況で俺の考えていることを予測して先回りできたら起きてやる」

 自分からしてもいいが、それでは面白くない。何より、眠りを妨げられたのだからその単価はより大きい方がいい。

「えっ…!?」
「お前だってこの距離で分からないくらい馬鹿じゃないだろ?」
「っ…!!」

 華蓮が不敵に笑うと、秋生はさらに顔を赤面させた。この表情だけで単価は十分な気もしないでもないが、やはり大きければ大きいほどいいものだ。それに、秋生の戸惑う表情を見るのもたまらなく楽しい。


「ほら、さっさとしないと寝るぞ」

 そう言ってそそのかすと、秋生は意を決したように拳を握った。しかし、一度決心したら早かった。
ぐっと秋生の顔が近寄ってきたかと思うと、一瞬で華蓮の唇に秋生の唇が触れ、そしてそのまま一瞬で離れていこうとした。
 が、華蓮はそこまで甘くはない。


「んっ!?」


 離れようとした秋生の後頭部を押さえ、逃げられないようにしたまま華蓮が主導権を奪う。秋生は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにぐっと瞼を閉じた。
 少しだけ、静かな時間が流れた。

「っ……!し、心臓がっ…!!」
「どうせ止まらないだろ」

 華蓮が満足して解放してやると、これ以上赤くなれるのかと言うほど、秋生は赤面していた。それがまた面白くて、もう一度したくなる。だが、これ以上からかって本当に心臓が止まっても困るのでやめておくことにした。

「だからって…急に……っ!」

 秋生は少し息を切らしながら華蓮を睨み付ける。全然怖くないどころか、むしろ愛しささえ感じる。

「そんなに嫌だったのか?」
「そんなこと…!むしろ…嬉しいですけど」

 視線を逸らしながらぼそっと呟く秋生は、自分の言動ひとつひとつが華蓮を鷲掴みにしていることを分かっているのだろうか。かなりの確率で、分かっていないと言えるだろう。そしてそれは、華蓮自身も分かっていない。


「ならいいだろ」

 そう言うと、秋生はまだ何か不満がありそうな表情を浮かべていたが、それ以上何も言ってはこなかった。
 いい加減出て行かないと、睡蓮が追撃してこないとも限らない。立ち上がった華蓮は襖にかけていた力を解くと、がたりと音を立てて襖が開いた。


「ほら、行くぞ」
「こ……腰が抜けちゃったんですけど」

 そう言って、秋生は華蓮を恨めしそうに見上げてきた。
 あまりに予想外に言葉に、華蓮は思わず噴き出す。そして同時に、あれ以上からかっていたら本当に心臓が止まっていたかもしれないと思った。

「笑わないでくださいよ!先輩のせいですからね!」

 赤面していた秋生の顔が、元に戻っていた。
 どうやら華蓮が笑ったことで恥ずかしさよりも怒りの方が上回ったらしい。八つ当たりも甚だしいが、華蓮はそれを悪いとは思わない。

「そうか。ならもう一回したら戻るかもな?」
「えっ…!!」

 秋生が固まる。そしてせっかく戻った顔がまた赤面した。

「嫌か?」
「だからそれはむしろ嬉し…って、戻らないですよ!今度は気絶します!!」
「それは好都合だな。そのまま俺も寝られる」
「馬鹿言わないでください…!」
「冗談だ」

 本当にからかい甲斐がある。本当に飽きない。華蓮はクスクス笑いながら秋生に手を差し伸べた。とはいえ、半分本当にそれもいいかなと思っていたのだが。


「先輩の性悪…!!」


 そう言いながらも秋生は華蓮の手を取った。
 立ち上がらせた秋生にもう一度キスをしたらどうなるだろかと一瞬思ったが、さすがに可哀想だと判断した華蓮はまたの機会にとっておくことにした。



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