Long story


Top  newinfomainclap*res





弐拾陸ーーやっと、


 寒い。
 秋生は最初に就寝してから三度目の目覚めで、とうとう体を起こした。
 ふすまの隙間から見える金木犀が、花を満開に咲かせている。一体どういう仕組みになっているのか、この木はいつも夜になると綺麗な花を咲かせるようだった。

「大丈夫?寝られない?」

 姿のない声が耳元に聞こえ、秋生はビクッと肩を鳴らした。
 この部屋に入ってからもう何度か喋っている、以前夢の中であった少年の声。流石に慣れてきたが、しかし突然話しかけられるとまだ驚いてしまう。

「びっくりした……もう慣れたから大丈夫です」

 と言うのは建前だ。正直、あまり大丈夫ではない。
 寝られないこと自体にそれほど問題はない。全く寝られないわけではないし、寝てしまうと時間が少なくても熟睡できるタイプなので、過度の寝不足ということもない。
 ただ、この寒さがずっと続くというのは辛いものがある。寝ても覚めても冷蔵庫にでも入れられているような寒さは、何をするにも支障をきたしそうで無駄に神経を使う。体よりも精神的に疲れていた。

「この前みたいに楽にしてあげたいけど…」
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」

 秋生は姿のない声に応えると、襖を開けて部屋を出た。
 行き先はリビング。目的は、何か適当に夜食を作るなり明日の朝食の準備なりすること。お腹が空いたわけではないが、秋生が寒さも忘れるくらい集中できることはそれくらいしかない。勝手にキッチンを使うことには少し抵抗を感じたが、このままでは寝られないので抵抗を押し切って使わせてもらうことにした。


「明日も沢山作らなきゃいけないし…朝ごはんの準備かな」

 一人でぶつぶつと言いながら廊下を歩く。多分、先ほどの部屋の中なら姿のない声が反応してきただろうが、あの声はあの部屋の外に出るとめっきり話かけてこない。そのため、秋生の呟きは独り言で終わった。
 みんなで晩御飯を食べたあと、最初に泊まると言い出したのは誰だったか。もう覚えていないが、とにかく誰かが言い出した。そうすると、他の面々も次々と泊まると言いだして、結果的に全員が泊まることになった。春人と秋生は帰るつもりだったが、世月が春人を(半ば強引に)引き止め、秋生は睡蓮に翌日の朝食が困るから泊まってくれと懇願され2人も泊まることになった。
 驚いたのは、この人数が泊まれるだけの部屋数があることだ。大きい家だとは思っていたが、2階に10部屋も存在しているとはさすがに思っていなかった。その上3階まであるのだから、もう次元が違う。しかも、深月たちに至っては既に専用の部屋が存在しているとあっては、驚きを通り越して笑いそうになったものだ。そんな中、春人にも2階の部屋が与えられたが、秋生に与えられたのは1階の部屋だった。睡蓮いわく、あの姿のない声の要望らしかった。一体誰なのか未だに正体は分かっていないが、華蓮が放置しているので害はないのだろう。



「あれ…電気ついてる」

 リビングの入り口の扉の隙間から光が漏れている。まだ誰か起きているのだろうか。それとも、まだそんなに遅い時間ではないのだろうか。
 秋生は扉の近くまでやってくると、中の音に耳を澄ませた。中から聞こえてきたのはテレビの音や会話の声ではなく、ギターの音だ。扉に供えてあるのは曇りガラスなので中は見えないが、その時点で部屋の中に誰がいるかが想像できた。
「先輩だ」と、秋生は心の中で呟く。
 きっと、アルバムの曲を作っているのだろう。秋生が知らないメロディーが流れたり止まったり、少し変わってまた流れたりを繰り返している。
 今入って行けば確実に邪魔になると感じた秋生は戻ろうかとも思ったが、しかし足はその場から動かない。そして、そのまま扉に凭れるようにしてその場に座り込んだ。華蓮の奏でるメロディーは秋生の耳に心地よく響き、秋生は部屋に戻るのを引き止められているように感じた。

 寝られる。
 秋生は心地よさに意識を手放しそうになる。
しかし、突如リビングの扉が開いたことで支えの無くなった秋生の体は床に倒れこみ、同時に意識を引き戻された。


[ 1/4 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -