Long story
弐拾伍--歌の相性
睡蓮が家に帰ってくると、また一段と家の中が騒がしかった。
華蓮の家に来る人数が日に日に増えているように感じているのは、睡蓮の勘違いではなかった。人数が増えればそのにぎやかさも増す。にぎやか――というのは上品すぎるかもしれない。この状況では、五月蠅さが増すと言った方がいい。しかも、家の主がいない中でも平気で騒いでいるというのがまたすごい。
しかし睡蓮は、こんな風に家が五月蠅くなることに関して嫌悪感はなく、むしろ嬉しさすら感じていた。前々から、この家に2人は広すぎる上に、静かすぎると思っていたからだ。
「はじめまして、鬼神睡蓮です」
「相澤春人です」
「何て呼べばいいですか?」
「春君よ。呼び捨ては認めません」
世月には聞いていないのに、勝手に答えてきた。
それに対して、春人は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、それで。…あと、敬語もいいよ」
「うん、わかった」
なんて自己紹介をしている中でも、周りはまるで祭りのように五月蠅いのは、深月と侑がゲームをしながら騒いでいるからだ。格闘ゲームをしながらほぼ喧嘩のような状態になっており、あれは多分、お互いが相手キャラをお互いに見立てて技を繰り出しているに違いない。
「今日は一段と白熱してるね」
「侑がこの前ひと騒動あった時に、自分だけその場にいなかったことを根に持ってるのよ」
世月が苦笑いを浮かべて、侑と深月に視線を送った。
「みつ兄がその憂さ晴らしの相手をさせられてるなう」
なるほど納得。しかし。
「憂さ晴らしの相手に深月を選ぶのは人選間違いじゃない?」
絶対憂さ晴らしにならないだろうし、何より侑だけでなく深月にまでうっぷんを溜めさせそうだ。現に、2人の言い争いは技の繰り出し速度と共にヒートアップしている。
「私たちに八つ当たりされてんじゃ適わないわ」
「…まぁ、それもそうか」
確かに、深月ならば侑の八つ当たりの相手も手馴れているだろう。それが一緒になってヒートアップすることであっても、慣れていることに変わりはない。
納得した睡蓮は、今度はキッチンの方に視線を向けた。
「秋兄、ただいま」
「あれ、帰ってたのか睡蓮。おかえり」
この騒がしい家が慣れつつある中で、秋生がキッチンに立っていることも慣れつつある光景になったことが、睡蓮はなによりうれしかった。
「何作ってるの?」
「オムライス」
「うわ、卵すごい量。ってことは、今日もみんな食べてくんだ」
今日も、というのが重要だ。
秋生が睡蓮の師匠だと発覚して以来、春人を除くメンバーはやたらと秋生を連れてこの家に来るようになった。それは、秋生に晩御飯を作らせて自分たちもありつこうと言う魂胆からだ。そのため、ここ最近はかなりの頻度で秋生がこの家で夕食を作っている。この家に集まるのは一番広いからと言う単純な理由らしく、華蓮はほぼ毎日五月蠅くなるのを酷く面倒臭がっていたが、睡蓮にとってはありがたいことだった。本当なら華蓮が自ら連れてくるのが一番いいのだが、秋生の作った料理が食べられるならこの際連れてくるのは誰もいいと思うようになっていた。それに、華蓮も口では面倒臭いなどと言っているだろうが、本当は毎日秋生の料理が食べられることに満足しているはずだ。
「そういえば…華蓮は?」
「え、知らない。…俺と春人が来た時にはもういなかったけど」
秋生は卵をかき混ぜるのを止めて部屋を見回す。
「…2人は後から来たの?」
「うん。深月先輩に夕飯作りに来いって呼ばれて。春人と宿題してるって言ったら、春人も一緒に来いって…それで買い出ししてきたんだ」
完全に家政婦状態だ。いくら夕飯を作ってもらえてうれしいといっても、ここまで来ると少し申し訳なくなってしまう。とはいえ、一応食費はお騒がせ軍団が秋生や春人の分も出している(今回は深月が何かのゲームに負けて全額払わされたらしい)ということなので、まだマシだが。
「かーくんなら、することがあるからって自分の部屋に籠ってるわ」
「ふーん…華蓮にゲーム以外にすることがあるなんて珍しい」
何かすることがあっても大体リビングで済ましてしまうのに、自分の部屋に戻っているのがまた不思議だ。そんなに大事なことなのだろうか。
「多分、そろそろ出て来るわよ」
世月はそう言いながら紅茶をすすった。もう勝手に紅茶を淹れているというより、完全に世月専用の私物と化している。
そして世月が紅茶をすすったのとほぼ同時に、リビングと廊下を繋いでいる扉が勢いよく開いた。
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mokuji
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