Long story


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弐拾弐――かすかな希望

 睡蓮が学校に行って、随分と静かになったリビング。
 秋生と華蓮はBGM代わりのテレビを眺めながらソファに座っていた。特に会話もなかったが、これは心霊部でもいつものことなのでこれといって気まずいこともない。

「はっくしゅん!」
「……咳の次はくしゃみか」
「すいません」

 寒い。これは寒気というのだろうか。
 そして今更ながらに気付いたが、秋生はここに運ばれていたときには制服だったはずだが、今は長袖のTシャツにスウェットという格好になっている。誰の服だとか、誰が着替えさせてくれたのかは敢えて考えないでおこう。また心臓爆発未遂事件が発生しそうだ。

「寒いのか」
「…いえ、大丈夫です」

 この時期に長袖を着ていて、寒いということもないだろう。
 多分気のせいだ。
 そう思いテレビに視線をやると、shoehorn特集が始まった。が、すぐさま華蓮がリモコンを手に取り、チャンネルを回す。

「あっ!…代えないでくださいよ、先輩」
「知らん」
「ちょっとだけ…!」

 秋生がそう言うと、華蓮は嫌そうな目をしつつチャンネルを元に戻した。
 画面には侑がインタビューされる姿が映っていて、笑顔で手を振っている。改めて、こんな有名な人と仲良くしてもらっているなんて、まるで夢のようだと感じた。


『テレビの前のみなさーん。今日は僕から重大なお知らせがありまーす』

「重大なお知らせ!」
「黙って見ないなら消すぞ」
「すいません」

 ついつい興奮して前に乗り出してしまったが、静止されて元の位置に戻る。

『7月に新曲を出しまーす!………うーん、インパクト小さいな。じゃあついでに、全部新曲でアルバムも出しまーーす!』

 ガタン、と言う音がした。リモコンが机に落ちた音だ。


「せ、…先輩?」

 秋生としては、その朗報をきいて飛び上がりかけたが、華蓮がリモコンを落としたためにそのタイミングを失ってしまった。何より華蓮が完全にフリーズしているので、飛び上がって喜ぶような状況ではない。

『まだ何も準備してないですけど、まぁなとかなるでしょ!歌詞は適当に書くので、後はヘッド様、頑張ってね!』

「っ……!」

 ぶわっと、華蓮から怒りのオーラが舞い上がったような気がした。これは怒りを通しこして殺意と言ってもいいかもしれない。


「せ、先輩……お、落ち着いて……」
「………」

 秋生が視線に入った瞬間、華蓮の殺意のオーラが消えた。そして華蓮は、落としたリモコンを再び手に取るとテレビの電源を落とした。



「大丈夫ですか……?」
「ああ……」

 絶対に大丈夫じゃない。華蓮は頭を抱えるようにして、深い溜息を吐いている。

「すいません……俺が見たいって言ったから」
「……いや、むしろ見ていてよかった」

 華蓮はもう一度息を吐く。今度はため息ではなく、深呼吸に近かった。

「え?」
「目の前で本人に言われていたら、深月を殴っていた」
「何で深月先輩……?」
「侑は殴れないだろう。だから代わりに深月を殴る」

 すごい理論だ。深月が不憫でならない。
 もしその場に深月がいなくても、わざわざ探し出されて殴られそうなところが、更に不憫だ。


「shoehornの新曲が出るの、そんなに嫌なんですか?」
「こっちにも降りかかってくる面倒があるからな」

 殺意を抱くほどの面倒というのがどういうものか秋生には分からないが、華蓮の姿を見る限りきっと相当のものだろうということは想像できた。



「寝る」

 華蓮が唐突なのはいつものことだ。そのため、秋生は大して驚かない。
 ただ、ソファの背もたれが倒れてソファベッドになったことには少々驚いた。

「うわっ」

 それをするなら先に言ってくれれば、背中から倒れ込むことはなかったのに。
 秋生は倒れた体を起こしながら、既に寝る体勢に入っている華蓮に視線を向けた。

「そんな寒いところで寝たら悪化しますよ」
「やっぱり寒いのか」
「あっ、揚げ足取らないでくださいよ」
「お前が勝手に取られたんだろ」

 そう言われると、何とも返せない。


「俺も寝よう…」

 この寒さでは、寝つけるがどうか疑問だが。
 もしかしたらこの部屋が寒いだけで、寝ていた部屋に戻れば少しは違うかもしれない。
 秋生は立ち合があると、先ほどまで寝ていた部屋がどこにあるか考えた。

「秋生」
「え?…うわ!」

 名前を呼ばれ振り返ろうとした瞬間に腕を引かれ、バランスを崩した秋生はソファに倒れ込んだ。

「せ、せせせ先輩!?」

 状況の把握が追い付かない。華蓮の体がすぐそこに――というか、密着している。

「こうすれば寒くないだろ」
「た、確かに…じゃなくて!爆発します!まじで爆発します!!」
「また時限爆破装置か」
「へ?」

 また――とは、どういうことか。いや、それ以前に、どうして華蓮が秋生の夢の話を知っているのだ。

「そう言いながら昨日も爆発しなかったんだから大丈夫だろ」
「えっ…ゆめっ…ええ!?夢が…!……何で先輩が俺の夢のこと知ってるんですか…!」
「…普通に考えたら分かるだろ。筋金入りの馬鹿だな」

 華蓮の普通は、秋生の普通とはかけ離れているような気がするのだが。
 例えば人の夢を覗くとか、普通に考えては有り得ないが華蓮ならばそれを普通と思っていても不思議ではない。
 しかし、もし、華蓮の言う「普通」が世間一般の「普通」なのだとしたら。その答えは1つしかない。

「――夢じゃ…なかった……!?」
「さぁ、どうだろうな」

 どちらとも取れないその返答は反則以外の何物でもない。
 秋生の頭の中で様々なことがぐるぐるとまわる。もし昨日のことが夢ではなかったとしたら、色々と大変なことになってしまう。何が色々と大変か、それを考えるときりがなくて、心臓よりも頭が爆発してしまいそうになった。


「だめだ、今の俺の頭じゃこの状況を処理できない……寝よう」

 考えるのは後にしよう。仮に昨日の出来事が夢だったとしても現実だったとしても、起こってしまったことはなかったことにはできない。

「切り替えが早いな」
「先輩適温すぎるからです。めちゃくちゃ眠くなってきました」

 そう、何よりも密着している華蓮の体温が心地よすぎて急激に眠気が襲ってきた。
 その眠気のせいか、一度頭にすべての意識がもっていかれたからか、心臓の方も爆発することなく落ち着きを取り戻してくれた。
 この状態ではいくら考えようとしても、もう頭は回りそうにはない。


「おやすみなさい」

 そう言うと、どこからともなくふわっと何かに包まれるような感覚がした。布団だ。
 一体どこからやってきたのか、まるでどこぞの魔法界だ。不思議に思うが、それを考えるほども頭は回らない。

「ああ」

 おやすみ、と言う華蓮の声が耳にここちよく、秋生はあっという間に意識を手放した。そのまま、今度は変な夢をみないことを願いながら眠りに落ちたのだった。



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