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弐拾弌――人は寝ている間に10種類の夢を見る

 夢とは忘れてしまうものだ。どれだけ鮮明な夢でも、いつのまにか忘れてしまっている。例えば、凄く怖かった夢や、凄く楽しかった夢。怖かったことや楽しかったことは覚えているのに、一体何が怖かったのか、何が楽しかったのかが思い出せない。よくあることだ。


 何もない空間に、秋生はぽつんと立っていた。まるで宇宙に放り出されたような感覚であったが、しかし、なぜか不安ではなかった。
 変な夢だな。とそう思った。時々、夢の中で「これは夢だ」と認識することがあるが、その時の秋生は正に状態だった。
 立っていても夢から覚める気配はないので、とりあえずその空間を歩くことにした。何もない空間がずっと続いているだけかと思ったが、それは案外すぐ終わりを迎え、先に光が入っている場所が見えた。その光の方に歩いて行くと、いつの間にか縁側のようなところに立っていた。

「珍しい」

 ふと、縁側に腰掛けている影があった。秋生が気づいていなかっただけか、それともいきなり現れたのか。
 それは秋生よりもずいぶん小柄な少年だったが、声は随分大人びていた。

「こんなところに客がくるなんて」

 そう言って振り返ったその顔に、秋生は驚愕する。


「…せん、ぱい……?」

 どちらかと言うと、全体の印象は睡蓮の方が近い。しかし、秋生は無意識のうちにその言葉が口を吐いていた。秋生はそもそも、華蓮の顔を知らない。それなのに、睡蓮を通り越してその名前が出てきたことに、秋生自身驚いた。

「先輩?……ああ、君はあいつのことをそう呼ぶんだったか」
「え?」

 秋生が首を傾げると、少年はふわりと笑った。
 本当の華蓮が笑っているところなど見たことがないのに、どうしてか、その顔が華蓮にしか見えない。

「いつも見ている。ドジで間抜けな、でも放っておけない可愛い後輩だ」
「は…?」
「あいつがやきもきしているのを見るのは、とても楽しい」

 話に脈絡がない。



「あなたは…、誰?」

 秋生が問うと、少年はまたふわりと笑った。
 これは夢で、秋生の妄想の末に出来上がっていると頭の隅では意識している。だが、華蓮もこんな風に笑うのだろうかと、思わずにはいられない。

「俺はこいつの性格…感情といった方が分かりやすいかな?その一辺に住んでいるしがない悪霊…ってところだな」

 自分を指さしながらこいつと言っているが、自分のことを意味しているのか。自分の中に住んでいる…全く意味が分からない。それに、感情の一辺に住んでいるとか、悪霊というのもひっかかる。全然それっぽく見えない。

「そういう契約だ。だから、こいつは俺の力のせいで、感情の一辺を凍らされている」

 何も聞いていないのに、勝手に話を進めていく。

「まぁ、幸い友達に恵まれたおかげで少しずつ溶けてたのは溶けてたんだけど…君が現れて、その速度が急激に上がった」
「…俺……?」

 一人で勝手に喋っているのかと思ったら、一応秋生の反応も見ていたらしい。
 秋生の言葉に頷くと、とても満足そうな笑顔を浮かべた。

「そうだよ。君のおかげで、こいつはもうすぐ大切なものを取り戻すことができる」



「そしたら…、あなたはどうなるんですか?」

 どうして敬語を使っているかと聞かれれば、この少年が華蓮にしか見えないからだ。

「俺は消える。それが契約だ」

 契約という言葉が出てきたのは2度目だ。

「もし凍った感情を解放することができたら、持てるすべての力を与え俺はこいつから出て行く。俺はこいつと契約をしたことで誰かに体を借りなければ生きていけない体になったから、出て行くということは消えてしまうってこと」

 自分が消えてしまうというのに、どうしてこの少年はそんなに嬉しそうな顔をしているのだろう。


「どうして、あなたが消えてしまわなければならないんですか」
「うーん。契約だから…としか。俺はこいつと交わした契約は、俺がこいつの心を憑代にしてその一部を凍らせる代わりに力を貸すというものだ。ただし…もし自分の力で感情を解放することができたら俺の力を全て与える、っていう条件を付けくわえて」


 感情を開放することができたら…全ての力を与える。



「それ…、あなたにメリットがありますか?」

 前半の内容はともかく、後半の契約内容に秋生は首を傾げた。契約の相手が感情を解放することで、この少年が得られるメリットなどあるとは思えなかったからだ。むしろ、力を全て与えて消えてしまうなんて、デメリットしかないように思える。

「メリットは求めてないよ。まぁ、ついでに知り合いを探してもらうことにはしたけど、それは契約じゃなくておまけだし………なんていうか、賭けかな」
「何で…そんな賭けを?」

 ますます訳が分からなかった。
 賭けをすることもそうだが、メリットを求めないのならば契約の意味がないのではないだろうか。

「そうだなぁ……初めて会ったときのこいつは憎しみ以外の感情を忘れてかけていた。…俺はそれで本当に何もかも失ったけど、こいつにはまだ失っていないものが沢山あった―――こいつには俺みたいになってほしくなかったのかもしれないね」

 メリットでも賭けでもなく、それは願いのように聞こえた。
 そして、その願いが叶おうとしている。だから、この少年はこんなにも嬉しそうなのだ。




「あなたは優しいのに」
「え…?」

 少年が首を傾げる。

「もしも居場所がないと生きられないなら、俺の中に来てください」
「君……、自分が何を言ってるか分かってる?」
「多分、あなたのいう“こいつ”には、あなたも既に失いたくない者に入っているんじゃないでしょうか」
「は…?」

 秋生の言葉に、少年は素っ頓狂な表情になった。
 その表情を少し可愛いと思ってしまったことにはっとし、頭を振って掻き消す。

「きっとその人は、あなたを失うのも嫌だと…思います。俺はその人じゃないから、絶対とは言えませんけど。…何にしても、もしその人から出て行かなければならなくなったら、俺の所に来てください」
「初めて会った……それも得体の知れない相手に、よくそこまで言えるね」
「見た目が先輩に似てて油断してるのかな。…でも、あなたは優しいから。きっと後悔はしないです」

 少年は一瞬驚きの表情を浮かべてから、困ったように笑った。

「こいつが君に入れ込んでいるわけが分かったよ」
「え?」


「ありがとう」


 出会って何度か見た中で、一番明るい笑顔だった。



「いえ…」
「お礼に、君の体の悪租を少しだけ取り除いてあげる」



 そう言って、少年の顔が少しずつ近づいてきた。
 近づいて――どうして、同じ目の高さなのだろう。秋生よりも、少年の方が身長は低かったはずなのに。
 身長が伸びている。それと同時に、顔も大人びてきた。



「――――!?」



 唇が触れた。その相手は、もう少年ではなかった。

 瞬間、秋生は意識が遠のいて行くのを感じた。

 なんと――過激な夢だろうか。


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