Long story
拾玖――本日は洋食の日
今日のお料理教室のメニューはハンバーグだ。
以前、華蓮と話した時に次はハンバーグを学ぼうと思ったのに、その時になるとすっかり忘れて和食ばっかりチョイスしてしまって、あれからもう何週間経ってしまったか。家に帰って華蓮の顔を見ると思い出して、そのたびに頭を抱えたのも1回や2回ではない。そのため、先週頭を抱えた後に「来週はハンバーグ」と書いた紙を部屋中に貼り付けておくことにした。勝手に部屋に入ってきた加奈子がドン引きし、華蓮に「睡蓮がハンバーグ星人に憑かれた」と伝えてしまったために華蓮に事情を説明しなくてはならなくなったのが面倒ではあったが、それも今日こうしてハンバーグを作るためだ。
「ってことで、僕にとっては凄く重要な意味を持つハンバーグなんだよ」
「睡蓮って時々、俺より間抜けなところがあるよな」
秋生は包丁を洗いながら苦笑いを浮かべた。
自分で自分のことを間抜けと言うのもどうかと思うし、分かっているなら直すべきだが、分かっていても直せないということを、睡蓮はよく知っている。簡単に直せるのならば、睡蓮は華蓮を見るたびに何度も頭を抱えたりはしなかっただろう。
「ちょっと抜けてる方が可愛げがあるでしょ」
「自分で言っちゃうと、その可愛げも皆無だけどな」
そう言われればそうかもしれない。まぁでも、秋生に可愛げを見せる必要もないのでそれはいい。媚を売るような相手の前では言わないようにしよう。
「逆に華蓮みたいにどこにも落ち度がないのも考え物だよ。完璧すぎて時々引く」
顔もよくて勉強もできて運動もできて国民的人気グループの一番人気で。料理はできないが、あれはしないだけでやらせれば簡単にこなしてしまいそうだ。そうなると本当に落ち度がなくなるので、絶対に料理はやらせない。
そんな兄を睡蓮は尊敬もしているし、一番の自慢であるし、大好きだ。しかし、あまりに完璧すぎるので、時々同じ生物なのだろうかと不思議になる時がある。
「お前…仮にも自分の兄に向って、酷いな」
「本当のことだもん。でもま、あれでも悩み事はあるみたいだから、一応人間ではあるんだろうけどね」
「悩み事があるのか…?」
「そうだよ。この前珍しく項垂れてた」
「先輩を項垂れさせる悩みって…一体どんなんだろう」
正にその悩みの中核にいる人物が自分だなんて、きっと思ってもみていないだろう。
それはお前だ!と伝えてやりたいが、それは睡蓮のするべきことではない。というか、してはいけない。
「ま、どうでもいいんだけどね。そんなこと」
「そんなことって…」
それでいいのか、というような表情をしている秋生をスルーして、睡蓮は玉ねぎを手に取った。
「それより、秋兄はどう?」
「どうって…?」
「前に話してから結構経ったけど、華蓮のこと好きになった?」
睡蓮が聞くと、秋生が手に持っていた包丁が流しにころがった。がたん、と音が響く。せっかく洗ったのに、また洗い直しだ。
というか、この反応はどういうことだろう。まさか、図星か。
「侑先輩の言ってたことは、正しかったらしい……」
どうしてそこで侑が出てくるんだろう、と睡蓮は一瞬考えた。しかし、すぐにあの時に会話を思い出す。
――あの学校に行くとみんなそうなるって、侑が言ってたよ。
そう侑の言葉を秋生に教えたのは睡蓮だ。
「本当に!?嘘じゃないよね!」
思わず身を乗り出して秋生に詰め寄ると、秋生は苦笑いを浮かべた。
「嘘吐いてもどうしようもないだろ」
それは確かに、その通りだ。
「やったっ!僕、師匠は裏切らないって信じてたよ!」
「何が…?」
全く理解できなさそうな秋生をしり目に、睡蓮は手を挙げんばかりに喜んだ。
今なら空でも飛べそうな気がする。
「あんなに喜んじゃって、気持ち悪いのー」
「うるっせーんだよ低級霊。お前には関係ないだろ」
リビングでくつろいでいた加奈子が横目で呟いたのを聞いて、睡蓮が睨み返す。
「あらー、私は別にあんたのことだとは言ってないけど?ねぇー、クロ」
「にゃー」
ムカツク。
何でこいつはいつもこうやって喧嘩を売ってくるのだろう。
「また始まったよ…。ほら、睡蓮は玉ねぎを切る、加奈子は余計なこと言わない」
「はーい」
加奈子と声がハモったのがまた気に喰わない。しかし、これ以上秋生に呆れらるのも嫌なので、睡蓮は大人しく玉ねぎを切ることにした。
[ 1/4 ]
prev |
next |
mokuji
[
しおりを挟む]