Long story


Top  newinfomainclap*res





 睡蓮が深月に電話を寄越してくるのは実に珍しいことだった。内容を聞くと、華蓮が思い悩んでいるというから、驚きのあまり手に持っていたコップを侑の頭に落としてしまった。それが思いのほか痛かったようで、かなり怒った侑はそれ以来一切口をきいてくれなくなった。
 そしてその電話から3日経った今も、状況は回復の兆しを見せていない。

「まず、手に持っていたお茶が頭の上に落ちるってどういう状況よ」
「そんなの、常識的に考えて分かるでしょ」
「分かるわけないでしょ。イライラしてるからって、私にまで当たらないで」

 世月が睨み付けると、侑は「ごめん」と誤った。
 深月が何度謝っても口もきいてくれないのに、この差はなんだ。

「ていうか、2人の痴話げんかを話し合うために電話したんじゃないんだよ、僕」
「そもそも睡蓮が電話しなきゃ、この2人の痴話喧嘩は起こらなかったのよ」
「あ、そっか」

 世月の言う通りだ。しかし、だからと言って睡蓮を責めるのはお門違いだ。深月とてそれは分かっているため、睡蓮に対して責任を問うたりはしない。

「で、睡蓮はどうして深月に連絡したの?」
「あー、うん。なんか、嫌な予感がして」
「嫌な予感?」
「うん。凄く嫌な予感がする。何か嫌なものが近づいて来てるような、そんな感じ」

 睡蓮のその言葉に、深月も侑も世月も顔が険しくなった。

「嫌なもの…か」

 必然的に、思い浮かぶ顔がある。

「まさか、あいつじゃないわよね」

 世月の表情が歪む。世月だけじゃない、深月も、多分侑も同じ人物を思い浮かべて顔を顰めているに違いない。
 睡蓮だけが、その顔を思い浮かべられないようだった。



「今度、うちの学校に新任の教師が来る」

 ふと、侑が真剣な表情で口を開けた。

「新任?この時期にか」
「そう。しかも2人も。教頭曰く、育児休暇で休む教師の代わりらしいんだけど……」
「けど?」
「確かに育児休暇で休む教師はいるんだよ。でも、だったら1人でいいでしょ?」

 確かに、1人休職するなら、その代わりも1人でいいはずだ。

「だから変に思ってたんだ。片方は、なっちゃんのクラスの担任になる」
「でも、あいつは教師じゃないだろ。多分、俺たちと同じくらいか、もっと下だ」
「うん。だから関係ないとは思う。それより、怪しいのはもう片方だよ」

 3日ぶりに会話してくれた。多分本人は気づいてないだろう。
 だが、ここでそのことを指摘するほど、深月は馬鹿ではない。そうすればまた会話は絶たれると予測できるからだ。今の真剣な話の中でそれは面倒くさい。

「休職するっていうのが、かーくんの担任の人なの?」
「うん、だから問題ないと思うってのもあるんだ。…もう片方は、確か保健医。ほら、前に霊の影響でばたばた倒れたでしょ。あの時保健室の手が足りなくて、だから増やすって」

 深月が骨折をして入院した、あの事件のことだ。もうずいぶんと昔の話に思えてくる。
 ちなみに結構悲惨だった骨折は人並み外れた自然治癒力のおかげですぐに治った。医者からは異常だと言われた。

「まぁ…、説明としてはまっとうだが、今さらか」
「それはまぁ、探しててようやく見つかったってことかもしれないけど。……この時期に採用されるってことは、今まではどこの学校にもいなかったか、他の学校でいられなくなるようなことをしたかってことでしょ。後者ならもっての外だし、前者だとしても、今までどこの学校にもいなかったのに、どうして急に…ってなるでしょ」
「怪しさの塊じゃない」

 世月の言葉に全面同意だ。一体どこで捕まえて来たのだろうか。

「あいつと裏で繋がってるかも…なんてのは流石に妄想はいっちゃってると思うけど。気を付けた方がいいようには思う」
「保健医のことは、後でかーくんにも言っておいた方がいいかもしれないわね。あいつのことは伏せて」

 世月の言葉に侑が頷いた。
 華蓮の前でその話は基本的にNGだ。とはいえ、深月はこの間一度話したのだけれど。あの時も、華蓮の嫌悪感ときたら凄まじいものだった。

「その…、あいつってさ、……華蓮が名前を呼ばれるのを嫌う理由を作った人でしょ」

 睡蓮はあいつのことを知らない。
 皆の言う「あいつ」のとの出来事があったのは、睡蓮に出会う前のことだったから当たり前だ。出会う前で本当によかったと思う。

「そう。かーくんから大事なものを全部奪っていった―――カレンという男よ」
「同じ名前……なの?」
「だから夏は名前で呼ばれることを嫌うんだ。本人が言わないことを…、あまり多くは言えないけどな」

 カレンは華蓮から名前を奪い、そして華蓮のすべてを奪っていった。
 華蓮はあの日、名前と共に、何もかも失った。


「もっと厄介なのは、秋生君がカレンの生き写しってことだよね」
「え……」

 睡蓮の表情が一瞬驚いて、それから暗くなる。
 秋生が誰かは把握しているようだ。まぁ、散々話題に上がるから覚えるのも当然だろう。

「他人というには無理があるくらい、あまりにも似すぎているんだよ」
「あれが記憶を失ったカレンとかだったらどうしようと、俺はヒヤヒヤしている」
「それならまだましでしょう。もしもあれがカレンで、かーくんを騙しているのだとしたら?考えるのもいたたまれない」

 揃ってため息を吐く。
 そんな未来がきたら、今度こそ華蓮は確実に壊れてしまうだろう。

「3人は…、その人のことを疑ってるの?」

「あれを演技って言われると、僕は誰も信じられなくなる」
「記憶喪失はともかく、秋生が夏を騙してるとは思いたくないし、思えない」
「つまり、疑ってはいないわ」

 世月はそう言って苦笑いを浮かべた。
 その答えを聞いて、睡蓮はどこか安堵の表情を浮かべていた。


「華蓮のこと、守ってあげてね」

 睡蓮は、華蓮が傷つくところを見たくない。ただそれだけが願いだというように、すがるように3人を見つめた。

「むしろ俺たち守られる側」
「誰も近寄るなって言うくせに、無視して近寄ってもちゃんと守ってくれるからね」
「典型的なツンデレだな」
「それ、本人に言ったら殺されるわよ」

 そう言って3人が笑ったことで、睡蓮もようやく笑顔を作ることができたようだ。
 自分たちの心配が心配し過ぎで終わって、このまま何事もなく今のような毎日が続けば一番いいのだが。
 深月は心の片隅で、そうあることを願った。多分、深月だけでなくて、誰もが同じことを思っていたに違いない。


[ 4/4 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -