Long story


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 その日はいつになく霊たちがざわついているように感じた。
 この学校の中では何か特殊な力が働いているのか、普段は霊たちが姿を現しても接近しなければ感じ取ることができないのに、華蓮はその日、あちこちで霊が動き回っているのを感じることができた。

「どうしたんだよ、夏」
「…低級霊どもがざわついている」
「あー、やっぱりそうなの?俺朝から明らかに生きてねぇなって奴5人は見たぞ」

 そう言いながら、深月がその霊たちを見た場所を指折り数えだした。
 登校したときに玄関で2人、体育で体育館に行ったときに1人、用事があって下級生の教室に行ったときに廊下で2人。

「多すぎる」
「だよなー。今年の1年に引き寄せる系の奴がいるんじゃね?」
「それなら入学式の時からこうなっているだろう」

 入学早々おたふく風邪で今まで休んでいたとかなら可能性はあるが、そもそもそんな漫画のような事態になることは極めて珍しい。
 ただ、今から考えると、秋生なら十分あり得そうだなと華蓮は思った。

「まぁ、何か被害が出てるわけじゃねぇんだし、放っといてもいいんじゃないの」
「それもそうか…」

 感じるところ、霊たちは別に何か悪さをしようとしている様子でもない。どちらかというと、興味本位で湧いて出ているといったかんじだ。しかし、霊たちはここまでうじゃうじゃ集まるほど何に興味を持っているのか。気にならないと言えば嘘になるが、その本体が感じ取れない以上、その時点でそれ以上詮索するのは不可能であった。

 しかし、華蓮が詮索する必要もなく、霊たちを騒がせている根源は意外と簡単に目の前に現れる。それは昼休みのことで、心霊部の前の自販機が売り切れになっていたので、仕方がなく別の場所飲み物を買いに向かっていた時のことだ。
 華蓮が第2の自販機として利用している場所は旧校舎に近いため普段から霊の目撃情報が多く、生徒たちが避けて通る廊下だった。ここでは教師生徒に関わらず誰かに会うことは珍しいので、心霊部の前の自販機が品切れの場合、その自販機を使っていた。だが、その日は先約がいた。


「あああああ―――!うっとうしい!何だよ寄ってくんなよ!あっち行け!っ…げほっげほっ」

 せき込みながら叫び霊たちを手で払っている。その生徒が霊たちを集めている根源だということはすぐに分かった。遠目で見ても、ただ霊が見えるだけの人間とは違うということが分かった。
 それが秋生だった。


「狐の…神使……」

 目の前に現れた人物が予想外すぎて、思わず立ち止まった。
 神使を憑依させている人間など、珍しいこと極まりない。それに、その神使が狐だということも、華蓮をより驚かせた要因の一つだった。

 しかしそんなことよりも、その力をまるで制御することなくまき散らしていることの方が問題だった。霊たちが執拗に集まってきても仕方がない。華蓮は溜息を吐きながら秋生に近付いた。
 どうやら、体調がすぐれないせいで普段は奥に抑え込んでいる狐の力を制御できずにいるらしかった。

「無駄だ。そんなことをしてもそいつらは離れてはいかない」
「えっ…?」

 必死に霊たちを追っ払っていた手が止まり、華蓮の方を振り返った。


「――――……」


 戦慄した。
 秋生の顔が、華蓮から何もかも奪っていった男と瓜二つだったからだ。
 その顔を見た瞬間、長いこと感じたことのないくらいの怒りと憎しみがこみ上げてきた。そして、無意識のうちにバッドに手が添えられた。


「うわぁ!なんか強そうなの出てきた!」

 一瞬にして沸騰寸前まで駆け上がった華蓮の憎しみが、その一言で急激に冷めた。


 ――――違う。

「俺は人間だ」

 秋生の間抜けな発言が、華蓮に冷静さを取り戻させた。
 カレンの中に神使が憑依しているわけがない。あのまがまがしい邪気の中では、どんな力を持った妖怪だろうと、飲み込まれてしまうはずだ。

「え?…あ、本当だ。強い妖怪かと思った…!」
「馬鹿か貴様は」
「ひっ…すいません!!」

 そう声を上げてから、秋生はまた咳込んだ。咳込むくらいなら、声のトーンを落とせばいいものを。
 やはりこいつはカレンではない。カレンはこんなに間抜けじゃない。こんなに間抜けなら、きっと華蓮は誰も失わずに済んだ。もし仮に演技をしているのだとしても、あまりにお粗末だ。

「貴様ら、こんな間抜けに興味を示している暇があったらさっさと成仏しろ。こんなところにいたらここの瘴気に当てられるぞ」
「間抜けって…」

 秋生を無視して霊たちに話しかけると、ほとんどの霊はしぶしぶ消えていった。しぶとく残った霊にはバッドを取り出して見せた。するとたちまち霊たちはいなくなった。
 成仏したかどうかはしらないが、これでとりあえず瘴気に当てられて悪霊となることはないだろう。

「何で俺がいってもちっとも言うこときかなかったくせに!」
「それはお前が間抜けだからだ。退け」

 華蓮は地団太を踏む秋生を押しのけて自販機に向かった。
 こいつはカレンではないのだろうが、それでも憎い相手と同じ顔をいつまでも見ていたくはない。

「確かに間違えたことは申し訳なかったですが…―――あ。…また出た」
「出た?」
「あっちの方に…、さっきの奴らより、禍々しいかんじのやつが」

 秋生はそう言って体育館の方を指さした。

「お前……気配が分かるのか」
「え…まぁ……何となくですけど」

 華蓮でも分からない霊の場所を察知できるということは、やはりカレンなのだろうか。いや、神使がいたのだからそんなはずはない。むしろ、その神使の力だと考える方が妥当だ。


「あ、動いた」

 華蓮にはさっぱり感じなかったため、一瞬、嘘でも吐いているのだろうかとも考えた。しかし、秋生にはそんな嘘を吐く理由がない。

「案内しろ」
「え?」
「案内しろと言っている」
「は、はい!」

 それが、華蓮と秋生が始めてともに悪霊退治をすることになったきっかけだった。
 それから2人は移動し、秋生の案内でたどり着いたのは使用していない保健室だ。


「保健室か…嫌だなぁ」

 後ろで呟く秋生は放置して、華蓮はいつも通りかかっている鍵をバッドで叩き落とした。


「あ、ああああああああああああ…」


 保健室の扉を開けて目に飛び込んできたのは、今まさにこの学校の瘴気に飲み込まれそうになっている低級霊の姿だった。

「手遅れか……」
「まだ間に合いますよ!」

 華蓮の言葉とは正反対の言葉を放った秋生は、華蓮を押しのけて保健室の中に足を踏み入れた。

「馬鹿!お前まで瘴気に当てられたいのか!」
「大丈夫です!」

 一体何を根拠に大丈夫などと言っているのか、秋生は何の躊躇もなくずんずんと教室の奥に進んでいき、あっという間に低級霊の前まで行ってしまった。

「うわっ…気持ち悪っ……ごほっごほっ」

 ほらみたことか。全くどこが大丈夫なのかと怒鳴ってやりたかったが、それよりも秋生まで瘴気に当てらしまっては面倒事が増えるだけだ。華蓮は秋生の後を追って教室の中に入ると、バッドを取り出して一振りさせた。
 すると、教室全体を覆っていた瘴気が吹き飛び、低級霊の周りだけになった。

「すご……じゃないや、今のうちに…!……お前に名札がついててよかった」

 秋生はぶつぶつ言ってから、息を整えるように深呼吸をした。
 名札が一体なんだというのだろう。今から一体何をしようというのか。



「―――アキヤマケイコ」



 まるで世界全体を凍りつかせるような声が教室内に響き渡った。
 秋生の口にした名は、霊の着ていた服に付いていた名札の名前だ。


「ああああ…う、あああ」

 秋生の問いかけに、悪霊になりかけた霊が反応する。

「お前はまだ大丈夫だ」
「あ…あああ……」
「悪霊になんかなりたくないだろ」
「あ…い、やだ……」

 それは、華蓮には真似することが出来ない神使の力だ。

「だったら戻ってこい。命令だ」

 強い言葉の力を前にすると、本人の意思に関係なく、その言葉に従わざるを得ない。秋生の言葉には、霊を従わせる力があった。

「う、あああ……あ……」

 瘴気に飲み込まれそうになっていた霊が、段々と元の姿を取り戻してきた。そして数分後、それ以上秋生が何も言わなくしても、霊は完全に瘴気から脱出することができた。

「――ってことで、後はお願いします!」

 霊が元の姿に戻った途端、秋生は華蓮に丸投げしてきた。

「何でそうなる」
「俺、成仏させるとか悪霊退治とかそういうのできないっす!」

 威張るところではない。

「お前、それでもし話が通じなかったらどうする気だったんだ」
「そういえば、考えてなかったです」

 筋金入りの馬鹿だと確信した。そして、絶対にかかわり合いになりたくないと思ったのと同時に、放っておいたら何をしでかすか分からないとも思った。
 秋生が助けた低級霊は、霊としてこの世にとどまるほどの未練を持っていた割には物分りがよかった。秋生が瘴気から救ったおかげで潔く成仏する気になったのか、華蓮が何をするでもなく勝手に成仏していった。

「…ふう、疲れた」
「幽霊と話をしただけで何が疲れただ」

 むしろ、秋生の後先考えない行動に華蓮の方が気疲れをしていた。

「結構疲れるんですよ。…あれ、何だこれ。……夏川華蓮?」

 秋生が床から拾って手に持っていたのは、紛れもなく華蓮の学生証だ。
 多分、先ほどバッドを振り回した時に落としてしまったのだろう。


「華蓮」

 秋生は一度口にした名を、また口にした。まるで何かを確認するように。

「何でだろう…、綺麗な名前……すごく、惹き付けられる」


 一瞬、華蓮の中で時が止まった。

 だが、すぐに我に返った。


「――…その名前を口にするな」


 止まった時が戻った瞬間、華蓮はバッドを秋生に突き付けた。

「ひっ…すいませんっ」

 バッドを突き付けられた秋生は、肩をびくりと鳴らして学生証を手渡してきた。


「ていうか、3年生!めちゃくちゃ先輩!いや、1年には見えないけど!でも!」

 つくづく馬鹿な奴だ。
 だが、華蓮の容姿を見て怯えもせず接してきたのは秋生が初めてだった。

 そして、今はもう自分のものではないこの名に、あんなことを言ったのも。


「お前…、部活には入っているのか」
「え?いえ、特にやりたいこともないので」
「なら…悪霊退治を部活にしてみるか」


 この時、どうして華蓮が秋生を誘ったのか、今考えてもよく分からない。秋生の能力が有効的だったのはもちろんだが、別になくて困るものでもなかった。
 しかし華蓮は秋生を誘い、秋生はその誘いを何の躊躇もなく二つ返事で了承した。そして、後になって心霊部はあまり好かれていないと知って若干頭を抱えたが、色々と待遇がよくなると聞いて一転して飛び跳ねて喜んでいた。しかしそんな秋生を見て、相当面倒な奴を引っ張り込んでしまったかもしれないと、今度は華蓮の方が頭を抱えることとなった。
 だが、決して後悔はしていない。



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