Long story
やはり、生物室も度のクラスも使っていなかった。
使われていないことは幸いなのだが、秋生は生物室入ろうとして、その入り口に鍵がかかっていることに気付いた。これはこれでやっかいである。
「先輩、鍵、かかってます」
あらゆるところの設備は最新のくせに、鍵は南京錠。それはこの生物室に限ったものではなく、この学校はどうしてか、こういうところで落ち度を見せる。
しかし、南京錠であろうと、鍵がかかっていることは事実で、この鍵を開けないことには中には入れない。
「あのガキ、変な知恵はあるんだな」
「てか、これかくれんぼとして反則じゃないっすか」
入れない、探せないところに隠れるというのは。それとも、江戸時代のかくれんぼにはそういうのも有だったんだろうか。
「幽霊にそんなこと言っても無駄だろ」
「そっすね。…でも、どうします?」
職員室に行けば、簡単に鍵は借りることが出来る。しかし、いくらその特権があるからといって、授業中に職員室に行くのはなるべく避けたい。それは華蓮も同じに違いない。
「こうする」
そう言うと、華蓮は背中に抱えていたバットを出してきた。
秋生はまさかと思うが、声を掛ける前に華蓮はバットを振り上げる。
ガキンッと、耳障りな金属音がして、南京錠が床に転がった。
「……お見事です」
カードキーならば、扉ごと吹っ飛ばしていたのだろうか。南京錠でよかった。
秋生はこの学校の落ち度に感謝しながら、前2回同様、息を吸って扉を開けた。
掛け声は、同じだ。
「かーなこちゃん!あっそびまっしょ!」
それは絶対に必要なのか。必要なんです。という短いやり取りが入り口で交わされる。
近くで授業がやってないからいいものの、もしやっていたら迷惑を通り越して野次馬が来てもおかしくない。少なくとも、教師は注意しに来るはずだ。秋生とてそれはわかっている。わかっているが、これがないと始まらない。
「どぉおーしてぇー!」
教室の奥で、ぷくっと頬を膨らませて加奈子が地団駄を踏んでいる。実態があればドンドンと音がするのであろうが、それがなくて本当によかった。近くでは授業をしていなくても、階下ではしている可能性がある。
まず華蓮が教室に足を踏み入れた。秋生も後に続く。さきほど華蓮を怒らせたことを気にして、前に出ないようにしているのだ。
「何度やっても無駄だ。いい加減あきらめろ」
「やだ、つまんない」
「…つまんないって、お前な」
これだからガキは嫌いなんだ。華蓮はきっとそう考えているに違いないと、秋生は思った。秋生としては、これ以上華蓮の機嫌を損ねないでほしかった。
「私、決めた」
「何を」
「あんたらが私を満足させるまで、成仏してやんない」
ふんっと、加奈子は腰に手を当てて威張ったように言い放った。
ああ、秋生のこれ以上華蓮の機嫌を損ねたくないという思いは、無残にも散った。最悪の一言だった。
「満足って、どういう?」
「私が思う存分楽しいって、思うまでよ」
「……それ、後何回かくれんぼすればいいわけ?」
「さぁね」
まるで他人事のように、加奈子は吐き捨てた。
秋生は苦笑いを浮かべながら華蓮を見上げる。もはや、脱力しきって言葉もないといったような趣だ。目しか見えないけれど。
「お前、ここがどんな危険が場所か分かっているのか。ここの空気は危険だ。そのうち、理性も持たない怪物になるぞ」
「ずっとここにいなければ、問題ないんでしょ?」
「どういう意味だ、それは」
「あなたたちのどちらかに、くっついていればいいってことね」
華蓮はもう返す言葉もないのか、言葉を返す気力もないのか。加奈子の言葉に唖然としているのか。沈黙が続く。
子供とは実に余計なところに知恵が回る生き物だと、秋生はつくづく感じた。
「くっつくなら、秋生にしろ」
そう言うと、華蓮はくるりと方向を変えて歩き出した。
「え!ちょ!先輩!?」
「ここに留まらないというなら、俺に狩る義務はない」
義務云々の問題ではない。確実に、面倒臭くなっただけである。これ以上、子供の相手をしていなくないだけである。
それどころか、こんなことなら最初からその提案を出してくれていれば、あちこち走り回る必要なんてなかったのに、とさえ思う。
「ふふ、じゃあ、決まりね」
「いや、勝手に決めんなよ!」
「いっぱい遊んでね!お兄ちゃん!」
「さっきまで上から目線だったくせに、現金だな」
加奈子はふよふよと秋生の周りを舞いながら、勝ち誇ったように笑っている。秋生は声を荒げているが、満更でもなさそうだ。はたから見れば、年の離れた兄弟といったところか。
「さっさと戻るぞ」
入り口まで行った華蓮が気だるそうに声をかけると、秋生と加奈子が同時に振り向いた。
「先輩、待ってくださいよ」
「私も行くー」
秋生はそう言うと、華蓮の後を追う。加奈子も秋生の後を追った。
生物室は開け放たれたまま、華蓮と秋生に蹴られて、壊れた鍵が廊下にカチャン、と音を立てた。2人はそれを蹴ったことにも気づかず、生物室から遠のいていくのだった。
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mokuji
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