Long story
「秋生君ってば、遅いよー!」
体育館に入るや否や、侑の叫び声が聞こえた。
確かに遅れた秋生も悪いかもしれないが、自分たちは人に押し付けるだけで待っているだけなのによく言う。華蓮は他人事ながら、侑の態度に若干の苛立ちを覚えた。
「1人に押しつけておいて言えたことか」
「え!なんでな……ヘッド様も一緒なの!」
侑が驚きの表情を浮かべて出迎える。そんなこと、勝手に想像をめぐらせて考えろと言いたいところだが、これ以上秋生の前で華蓮色を出すわけにはいかない。
「部室に来たコイツが荷物を持ち切れずに落としたからだ。つまり、1人で持てないような荷物を持って来させようとしたお前らのせいだ」
「あー、なるほど。要求したのは僕じゃないけど…ごめんね、秋生君」
「俺は大丈夫です。…それより春人は?」
辺りを見回すが、春人の姿がない。倒れているのではなかったのか。春人だけでなく、深月も双月もいない。
「さっき一瞬意識を取り戻したんだけど、目を覚まして最初に見たのがライト様だったからまた倒れちゃって、今レフト様がステージ裏に運んでる」
まず、侑はステージの裏を指さした。
「で、ライト様はあそこの隅でしょげてる」
そして次に体育館の一角を指さす。
「ああ………」
放っているオーラが暗すぎて全然気付かなかった。というか、地縛霊と見間違えてもおかしくない。
「もうあいつはファンに近付けない方がいいんじゃないのか」
「否定できないのが悲しいよ。あの子はファンの気を狂わすオーラでも放ってるのかなぁ」
全くその通りだと思う。双月のファンがおかしいのではなくて、双月がファンをおかしくしているのだ。今日のこの騒動でそれが証明されたと言っても過言ではない。
「秋生君は…、意外と平気なんだね」
「え?」
ステージの裏に移動しながら、侑が唐突に言葉を発したので秋生は首を傾げた。
華蓮は侑の質問の意図を察していたので露骨に顔を顰めたが、それを口には出せない。
「ほら、倒れちゃった春人君みて言ってたでしょ。春人君でこれなら自分はヘッド様に会ったら死んでしまうって」
「ああ……そうなんです。それが、なんだか先輩と喋ってるみたいで……あまり緊張しなくて」
秋生も余計なことを喋るなと言いたいところだが、今の自分が華蓮でない以上、余計なことを言えないのは自分の方だ。
「へぇ、そうなんだ」
そう言って、侑はにやりとした表情を華蓮に向けてくる。それがまた腹立たしくてつい悪態を吐きそうになるが、華蓮は必死でこらえた。ストレスが溜まる一方だ。
「おーい、だいじょうぶかー」
ステージの裏に行くと、深月が春人に呼びかけていた。まるで緊張感がないその様子に、緊張感が薄れていってしまった。
「まだ起きないの?」
「全然だめ。…あれ、な……ヘッドも来たのか」
先ほどの侑もそうだが、最初ちょっと名前を言いそうになるのをやめてほしい。
ただでさえ秋生が色々と気づきかけているというのに。
「君が秋生君に持ちきれないだけの荷物注文するからだよ」
「まじでか。…ごめんな」
「い、いえ。大丈夫ですっ」
深月が相手だと緊張するらしい。
中身は同じ親しくしている人間だというのに、華蓮は気づきかけて深月は全く気付く気配がないというのはどういうことなのか。深月の容姿があまりにも違いすぎるからだろうか。
「うーん……」
「春人!」
春人が唸りながら寝返りを打ったのに反応し、秋生が近寄る。
「秋……?」
秋生の声に、春人がうっすらと目を開けた。
「春人、大丈夫か?」
「え…おれ……あー……」
春人は状況を把握してきたのか、頭を抱えながら起き上った。
どうやら、華蓮と秋生が持ってきた荷物(華蓮はバケツの水以外に内容を把握していないが)は役に立ちそうになさそうだ。
「大丈夫?」
「大丈夫…えっと…みなさんもごめんなさ……ヘッド様!?」
華蓮を見た春人が目を見開く。
この反応はあまりよろしくなさそうだ。いない方がよかったと、華蓮は少し後悔した。
「ちょっ、もう倒れるなよ頼むから!」
「だ、大丈夫!もう大丈夫!」
秋生と春人があたふたと慌てふためいている。操り人形ごっこでもしているのだろうかというような奇妙な動きだ。
「本当に大丈夫?…2回も倒れるなんて、相当だと思うけど」
確かに、双月がどれだけ悪ふざけをしたのか知らないが、2回も倒れてしまうのは中々重症だ。
「すいません。なんだか……、混乱しちゃって」
「混乱?」
秋生が首を傾げると、春人は小さく頷いた。
「うん。なんか、頭の中でごちゃごちゃして整理がつかなくて…目が回ったかんじ」
「何でごちゃごちゃするんだ?」
「………笑わない?」
春人はいうことを躊躇いながら秋生の顔色をうかがう。
秋生は一瞬顔をしかめてから、首を振った。
「何だよ、笑わないから言ってみろよ」
「ライト様が、世月先輩に見えた」
「は?」
「1回目はライト様の顔が近すぎて発狂しちゃっただけなんだけど。それで目が覚めたら世月先輩みたいなライト様がいるからもう頭が混乱しちゃって。気失っちゃった」
テヘペロと笑う春人を見たらきっと今度は双月が発狂する番だろう。この場に双月がいなくてよかったと、華蓮は思った。
「もー、人騒がせな奴だな!」
「うん、ごめん。…他の方々も、本当にごめんなさい」
真剣に謝るあたり、本当に申し訳ないと思っているだろう。道具を持ってきた手間は無駄になったが、それを責める気にもならない。
「別にいいけど…って、お前は何を面白おかしそうな顔をしてるんだ」
深月の視線は侑の方に向いていた。侑は深月の言葉通り、にやにやと腹立たしい表情を浮かべている。
「いや、秋生君も春人君も最高だなぁって。君たちいいセンスしてるよ、本当に」
「え?何の話?」
「さぁ…俺にも分かんない」
くつくつと笑う侑を、秋生と春人は不思議そうに見ていた。
「何だ、こいつまであいつの瘴気にやられたのか」
「知らん」
「知らんことはないでしょ。さっきね、秋生君も言ってたんだよ。ヘッド様がなっちゃんみたいだって」
全く、侑は余計なことしか言わない。それと聞いた途端の深月の顔をきたら。殴り飛ばしたくなるような表情だ。
「そうなの?」
「うん。…まぁ、春人みたいに倒れたりはしないけどな、俺は」
春人の問いに秋生が返すと、春人は苦笑いを浮かべながら「ごめんってばー」と呟いていた。
「まぁ、確かにヘッド様はなっちゃんに似てるけどね。テンションあがってないときの性格とか」
テンションが上がっていないときなど、似ている以前に本人だ。
「あとあれだな。夏が秋生を可愛がってるみたいに、お前にも可愛がってる後輩がいるもんな。同じ部活の、もちろん男だけど」
深月まで悪乗りをしはじめて、うざったいことこの上ない。
可愛がっている後輩というのはつまり秋生のことだが、華蓮は無視を決め込む。
「そうか、あんまり自覚ないけど、ライト様たちも高校生なのか……」
「部活してそうには見えないけど…」
春人の言葉はともかく、秋生の一言は失礼に値するのではないだろうか。
「それが結構真面目に部活してるんだよ!それもね、僕たちには態度が酷いくせに、その子にはすっごい優しいの!」
「当の本人は可愛がられてることに全然気づいてないけどな!」
普段は喧嘩ばかりしているくせに、こういうときだけ息があう。本当に質が悪い。
一発殴ってやろうかと思った。しかし、ここで痺れを切らすわけにはいかない。これでもかと言うくらい睨みつけると、深月と侑の表情が一瞬で引きつった。
「ライト様の様子でも見に行こうかな…」
「待て、俺も行く」
華蓮の睨みがきいたらしい。深月と侑は苦笑いを浮かべて舞台裏から出て行った。
「その人に優しくするのには、何か理由があるんですか?」
深月と侑がいなくなって話は終わりかと思ったがそうではなかった。
春人が不思議そうに首を傾げている。多分、純粋な質問なのだろうが、一番してほしくない質問だ。
無視しようかとも思ったが、この状況で無視を決め込むのは逆にまずい。
「惚れた弱みかもな…」
どう答えようか迷った挙句、先ほどの秋生の言葉を借りた。
そして同時に、この場から退散することにして体の向きを変える。これ以上ここで話をしてぼろを出してもいけないので、部室に戻ってもう一眠りすることにした。
「ヘッド様を惚れされるって…」
「一体どんな人なんだ!!」
春人と秋生が交互に驚きの声を上げる。
どんなもこんなもない。片や友人、片や本人だ。
華蓮は背後から聞こえてくる声に苦笑いを浮かべながら、その場を後にした。
いつかその正体が分かる日がくるのか。
それがいいことなのか、悪いことなのか。そんな日が来ることが、華蓮は全く想像がつかなかった。
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mokuji
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