Long story


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 いくら休日とはいえ、日曜日ならまだしも土曜日は部活などでそれなりに学生もいる。そんな中リハーサルなんてやったらどれだけ人だかりを作るか分かったものではない。体育館を閉めきってやれば気付かれない可能性もあるし、気付かれたとしても人が入ってくることはないだろうが、締めきるということは風が通らないということだ。絶対に暑いに決まっている。何をどうとってもメリットが見いだせなかった華蓮は、絶対にリハーサルなどしたくはなかった。
 ということで、寝たふりを決め込むつもりだった華蓮だったが、いつの間にか本当に寝てしまっていた。昨日はほぼオール状態で遊んでいたわけだし、しょうがないといえばそうかもしれないが、雷がゴロゴロ音を立てている中で完全に熟睡してしまったのは本人も想定外だっただろう。

 がたん。

「あっ…」


 完全に寝入ってしまっていた華蓮を起こしたのは、雷の音でもなく、室内で何かが落ちた音でもなく、よく知った声が微かに耳に聞こえてきたからであった。


「秋生……?」

 華蓮が問いかけると、秋生はビクリと肩を鳴らした。色々と呑み込めない状況だ。まず休みの日なのにもかかわらずどうしてここにいるのか分からないし、私服であることも些か疑問だ。

「!!!!」

 振り返った秋生は、目を見開いてしまったというような表情を浮かべた。


「なっ…何でな、なまえっ…」
「は?」
「!!!…す、すすすいません!」
「動揺しすぎだろ……ああ、そうか」


 そういえば、今の華蓮は華蓮であって華蓮でないのだった。
 秋生はshoehornの大ファンであり、その中でもヘッド様の大ファンだと言っていた。そして華蓮は今、紛れもなくそのヘッド様の姿なのだ。秋生が動揺するのも無理はない。

「お…、起こしてしまってすいません!!」
「別にいい。それより…、何でここにいる」

 聞きながら、それを聞きたいのは秋生の方ではないだろうかと自問した。この場所では明らかに秋生よりも華蓮の方が異質だ。

「あ…え、ええと……お話すると長くなるのですが!」
「いいから話せ」
「あ、はい。ええと、まず春人と一緒に…あ、春人っていうのは友人です。で、春人と出掛けてて、その帰りに学校の前を通りかかったんです。そしたら、春人が教室に取りに行きたいものがあるって言いだして、学校にきたわけです。それで、教室に向かっていたら侑先輩と出くわし…春人がライト様を見て発狂して…すったもんだでリハーサルの様子を見せてもらうことになって、一緒に行ったのが2時間前です」

 まずあれから2時間も経っていたことに驚いた。それに、すったもんだの部分が若干気になる。しかし、それよりもその流れでどうして秋生がここにいるのかますますわからないため、そちらを解明する方が先だ。

「貸切りライブ状態の中でライト様がえらく春人に構うもんで春人がまた発狂してぶっ倒れてしまったのがついさっきです。それで、介抱するのにバケツやらタオルやらを俺が取りに行くことになって……今に至ります」

 一体どう構ったらぶっ倒れる事態になってしまうか些か疑問だが。秋生の口ぶりからして、大げさに言っている風でもないし、きっと双月が相当調子に乗っていたに違いない。


「俺も行く。貸せ、半分持つ」
「えっ」
「何だ」
「い、いやいやいや!そんな!恐れ多い!!全部持てますから!」

 と、言うや否やごとん。っと手に持っていたバケツを床に落としている。

「馬鹿か貴様は」

 華蓮は呆れながら、秋生が落としたバケツに手を伸ばした。


「………」


 また無駄に動揺しながら謝ってくるかと思ったら、秋生はまるで時が止まったかのように動かない。華蓮は怪訝の表情を秋生に向けた。

「今度は何だ」
「あ…、いやっ。…何でもないです」
「何だ」

 睨み付けると、秋生の肩がびくりと跳ねる。

「いや…あの……俺の…先輩にそっくりだったから」
「は?」
「よく怒られるんです。馬鹿か貴様は…って。…それで、びっくりして」

 秋生の言葉に、華蓮はどきりとした。
 まさかこの格好で感づかれるとは思っていなかった。深月に言われたとき、ちゃんと“ヘッド様”のテンションに持っていっておけばよかったと少し後悔した。


「まぁでも…気のせいです」

 気のせいではない――とはもちろん言えず。華蓮は言葉に詰まる。

「って…、こんなことしてる場合じゃない。早く行かないと、春人が死んじゃう」
「それは大げさだろ」
「いや、放っておくと正にキュン死にですよ、あれは」
「どんな状態なんだ」

 秋生に言葉に思わず笑ってしまう。普段の華蓮なら軽く口元を緩めても分からないが、今華蓮の口を隠すネッグウォーマーはない。と、その姿を見た秋生がまたびくりと動きを止めた。

「どうしよう……俺の方が頭やられてるかも」
「は?」
「どうも先輩と被っちゃって……。先輩が笑うと、そんななのかなぁ、なんて」


 やばい。これは実にやばい。

 普段眼しか出していないのに、一体どこで今の状態と普段の華蓮を結び付けているだろうか。今までバレたことなど一度もないのに。睡蓮でさえ、教えるまで自分がshoehornだとは知らなかったのだ。

「俺が先輩のことばっか考えてるからかな…」
「それもそれでどうなんだ」
「そうなんですよ!それが問題なんです、大問題です!」

 突然声のトーンが大きくなるもんだから、華蓮の動きが止まる。

「先輩が悪いんですよ。いつも酷いくせに、急に優しくなったりするから!アメとムチっていうんですか?先輩ほど上手く使える人いないですよ!だから俺は振り回されて…いや、俺が勝手に振り回ってるんですけど。そのせいで毎日先輩のことばっかり考えざるを得なくなっちゃうし…それも俺が勝手に考えてるだけですけど。でも、先輩のせいで俺の人生がどんどん横道にそれちゃってるのは事実ですから!」

 ほとんど勝手にやっているだけではないか。それなのに、最終的に人のせいとはどういうことだ。勝手に振り回されて勝手に考え込んで、それを人のせいにして人生が横道にそれるなどとは言いがかりも甚だしい。
 そもそも、華蓮としては秋生に酷くすることはあっても優しくした覚えはない。しないように心掛けているのに、一体どこで秋生にアメを与えてしまったのか。

「えらく迷惑しているみたいだな」

 一瞬、スルーしようかとも思った。しかし、ここでスルーしてしまうと更に華蓮に近付いてしまう。
 そんなわけで、とりあえず無難そうな答えを返すことにした。本心としては、悪態の一つでも吐いてやりたいところであるが。


「いいえ!」


 華蓮の言葉に対して、秋生は迷わず即答した。あまりの即答振りに華蓮は驚きを隠せなかった。秋生の口ぶりからは、結果的に迷惑しているという描写しかなかったように思うが。
 一体秋生の思考回路はどうなっているというのだろう。

「意味が分からん」
「人生が横道に逸れちゃうことにはまだ混乱してるし、この思いをどう処理すればいいのか困ってはいるんですけど。でも、迷惑っていうのは違うんです」
「何が」

 何が違うのか。華蓮がそう問うと、秋生は腕を組んで考え始めた。自分でも分からないのに、どうしてあそこまで即答できたのか、本当に不思議でならない。


「惚れた弱みかもしれないです……」

 そう言って困ったように笑う秋生を前にして、華蓮は遠い世界に飛ばされそうなくらい気が遠くなった。
 秋生ではないが、これは大問題だ。秋生の今の発言は、華蓮の人生設計も大きく狂ってしまうような、大問題だ。


「って…こんなこと喋ってる場合じゃない!春人が死んじゃう!」

 デジャヴ。それが遠い世界に行きかけた華蓮を現実に引き戻した。

「だから大げさだろ」
「いや、本当にやばいんですって!」

 秋生が何やら沢山の物を抱えて歩き出したので、華蓮はバケツに水をくんで秋生の後に続くことにした。

「でも、変だな…」
「まだ何かあるのか」

 常に何かに悩んでないと気が済まないのだろうか。これ以上、問題を大きくしないでほしいと思いつつ、華蓮は無意識に秋生に問いかけている。

「いや、春人があんなになっちゃったなら、俺なんかきっとヘッド様を前にしただけで死ぬだろうなって思ってたんですけど。…どうしてだろ、何だか前から知ってるみたいで、侑先輩に会った時より落ち着いて話せてるし」

 その言葉に、華蓮は何も返すことができなかった。
 そこまで悩むのならば、いっそ今目の前にいるのが華蓮だと気付いてくれればよかったのに。そうすれば、あんな問題発言はしなかっただろうし、そうなれば華蓮の人生設計も横道にはそれなかっただろう。
 一番の問題は、その大問題を華蓮自身が、あまり問題視していないように感じていることだ。それどころか、今の華蓮の気分ときたら、自分でも嫌になりそうだ。

「てか、俺初対面の人に色々喋りすぎですよね。バカの独り言だと思って、忘れてくださいね」

 そんなことなら最初から言うな。今更忘れられるわけないだろう。
 華蓮は心の中で大きなため息を吐きながら同時に悪態も吐くのであった。


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