Long story


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「落ち着いたか」

 どれくらい泣いたか分からない。しゃくり上げるように泣きじゃくり、やっと落ち着いて息が出来るようになった頃、頃合いを見計らったかのように頭上から声がした。

「…はい…ごめんなさ……って、せ、先輩!?」

 頭上から声。そのキーワードに驚いた秋生は、勢いよく顔を上げた。華蓮の顔(ほとんどネッグウォーマー)があった。

「えっあっ…!俺…あれ!?」

 いつのまにこれほどまでに密着していたのだろうか。この状況を客観的に分かりやすく説明すると――秋生が華蓮に抱き付いている。そう言う状況だった。

「泣いたり驚いたり慌てふためいたり忙しい奴だな」
「ご、ごごごめんなさい!!恐れ多くもせ、せんぱいに…!」
「うるさい」
「すいません!」

 秋生は今一度謝りながら、華蓮からの身体から身を引いた。
 名残惜しいという感情は、心の奥底に押し込んだ。


「もう…大丈夫です」

 頭の中に広がった赤は、まだ秋生の脳裏で顔を覗かせている。
 しかし――さきほどまでのように、もう思考も言動も全てが停止したわけではない。

「信憑性がないにもほどがある」
「え」
「大丈夫というなら、せめてその震えを止めてからにしろ」
「…あ……」

 華蓮に言われて手を見て見ると、まるで麻痺でもしてしまったかのようにぶるぶると震えていた。意識すると、足もガクガクと震えており、立っているのが精いっぱいだ。
 秋生の心は既に落ち着きを取り戻しているのに、体はまだ恐怖に支配されているということだろうか。否――心とて、まだ完全に恐怖をぬぐえたわけではない。目を閉じると、ひとたび真っ赤な恐怖に引きずり込まれてしまいそうだ。

「戻るぞ」
「……新聞部ですか?」
「嫌なのか」
「いや…そうじゃなです」

 ただ――今はあまり、人の多いところに行きたくない。
 視線が怖い。それが敵意のない視線だと分かっていても、体に染み込んだ恐怖が周りのすべての視線を拒絶しそうで怖かった。

「嘘が下手にもほどがあるな」
「そんなことないです…」
「何にしても…ここからだと、部室の方が近い」

 そう言うと、華蓮はまるで目の前に転がったボールを手に取るように、秋生をひょいと抱え上げた。

「えっ!!」

「歩けるのか、お前」
「あっ」

 そう言われると、立っているのがやっとだったことを思い出した。あの状態では、どう頑張っても歩けるわけはない。
 だからといって、この体制はいかがなものか。秋生はまさか、自分が人生の中で誰かに抱えられる日が来るとは思ってもいなかった。それも、俗にお姫様抱っこと呼ばれる、女子なら誰もが憧れたのであろうシチュエーションだ。

「大人しくしていろ。その格好なら、誰もお前だとは分からない」

 確かにそれはそうだが。

 今の秋生の思考を支配しているのは誰かに見られてどうとかということではなくて。
 申し訳ないという気持ちと。
 仮にも男の自分がお姫様だっこされるという状況への恥ずかしさと。
 華蓮との距離の近さに対しての戸惑いと。


 そして、ちょっとラッキーなんて。


「思ってない!」

「気でもふれたか」
「正気です。すいません」


 正気かどうかは定かではない。

 未だ頭の中にはびこる恐怖の傍らで、この状況を少なからず喜んでいる自分がいる。認めたくはないが、認めざるを得ない。
 自分がどんなに否認しよとも、華蓮との距離の近さに鼓動が早くなったり、無意識に体温が上がっていくのを感じたり、お姫様抱っこなんて乙女チックなシチュエーションに胸を躍らせてみたり、物的証拠ばかりどんどん揃っていく。これだけ証拠が揃っていれば裁判官は迷うことなく判決を下すだろう。

 有罪確定だ。秋生の中で、判決が下された気がした。


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