Long story


Top  newinfomainclap*res





 最近、新聞部は賑やかだった。華蓮と秋生は時々やってきていたが、それが時々ではなく毎日になり、更に侑や世月が当たり前のように居座っていたからだ。しかし、今日の新聞部は静かだった。

「いやー、実に平和だ。なぁ、夏」
「知らん」
「いや知ってくれ。この、うるさい生徒会長もいない。理事長のご令嬢もいない。春人と秋生がいないのは少し違和感があるが、しかし実に平和だ」
「確かに、静かではあるが」
「だろ!本来新聞部ってのはこういうもんなんだよ」

 深月は実に満足げに頷いた。
 いつもの賑やかなのもなんだかんだ楽しんでいるくせに、実に現金な奴だ。

「だが、秋生と春人はどうしたんだ。いつもは暇でなくても、わざわざここに来て用事を済ませているだろ」

 うるさい生徒会長は今日、雑誌の撮影だか何だかでそもそも学校に来ていない。理事長の御曹司は気まぐれであるから、いないとしても何ら不思議はない。しかし、秋生と春人がいないのは、深月の言ったように違和感がある。

「そうなんだよ。休むって連絡もなかったから、春人は来るはずはんだけどな」
「なら、秋生も一緒に来るはずだ」

 そう言ってから、時計に視線を向けた。既に4時半を回っている。掃除が長引いたとしても、ここまで遅いのはなかなかないだろう。

「でもまぁあいつら、ジュース1本買いにいくのも無駄に長いからな」
「あの時は世月と出くわしたからじゃないのか」

 また随分前の話を持ち出してくる。あんなもの、今現在2人が遅い理由にはならない。

「心配だな…。連絡してみるか」

 と、深月が携帯電話を取り出した瞬間、ばたん、と新聞部の扉が開いた。深月が携帯を触る手が止まる。


「みつ兄〜、見て見て!」

 そう言って、春人が陽気に部室に入ってきた――が、名指しされた深月はぽかんと口をあけて随分と間抜けな面をしている。華蓮はというと、心中では同じ状態であったが、表情には出ていないし、出たとしても見えないので問題はない。

「春人?え……?…春人、だよな」
「そうでーす。相澤春子ちゃんでーす」

 そう言って、春人は楽しげにくるりと回って見せた。世月の家で何度か目にしたことがあるメイド服がひらりと舞う。

「何やってんの、お前。世月にそそのかされたのか」
「違うよ。ほらー、もうすぐ文化祭でしょ?うちのクラスメイド喫茶やるんだ」

 その試着らしい。もうすぐといっても、まだ1か月以上先のことだろうに、実に気が早い。

「それで実際に接客するのか?」
「うん。本番は猫耳とかつけたいなー。…変かな?」
「いや、変じゃないしむしろ思いのほか完成度は高いけど」

 それは華蓮も全面的に同意だ。街中を歩いていたら普通に女に間違えられるだろうし、一枚撮らせて、なんて言われても不思議ではない。

「…って、お前、それで校内歩いて来たのか!」
「うん。注目浴びて楽しかったー」

 楽しいで済めばいいが、実に危険極まりない。

「危機感のない奴だな!普通に街中歩くならともかく、こんな野獣の集まりみたいなところを…!」

 深月のうろたえようときたら、まるで娘が危ない格好で夜遊びしていることを知った父親のようだ。
 ただ、華蓮としても、深月の意見自体は間違っていないと思った。

「世月先輩と一緒だったから大丈夫だよ。それにー、俺よりも危険度マックスが隣にいたしね!」
「はぁ…?」

 そう言って、春人は部室の入り口を指さした。深月と華蓮はその先を見るが、しかし――そこには何もない。


「絶対嫌です!入りません!ていうか、もう戻って着替えます!」
「馬鹿ねぇ。1人で歩かせられるわけないでしょう。もう、ここに立ってるだけでも目立ってるんだから、早く中に入りなさい」
「嫌ですったら、嫌です!!」

 何も見えなかったが、世月と秋生の声が廊下に響いているのが聞こえてきた。


「まさか……、秋生も…?」

 深月が驚きつつ入口から春人に視線を戻すと、春人はぱちんとウインクを返した。

「いえ――っす!ここに連れてくるのも一苦労だったんだけど、最後の最後でまた抵抗してるみたいだね。でもまぁ、入ってこないならこっちから見に行っちゃってください!」

 どうやら、春人はどうしでもメイド姿の秋生を見せたいらしい。

「…いや、あそこまで嫌がってるのを見に行くのは…なぁ」
「さすがに気が引ける」

 深月の苦笑いに対して、華蓮も苦笑いで返す。
 気にならないと言えばうそになる。それに一体どんな風貌になっているのか見当もつかないが、少なくとも本人は頑なに見られなくないようなので、そこは本人の意思を尊重するほかない。

「案外優しんですね。…秋生ってば、どうせ文化祭になったら見られるんだから、今見せといたら気が楽になるんじゃないのー!」
「逆に文化祭までに俺の心を決めさせろ!」
「その格好でここまで歩いて来といて、これ以上何の心を決めるのさー!何人から写真要求されて、何人から電話番号渡されたから言ってみなよ!ほら!」
「春人うるさい!余計なこと言わなくていい!!」
「正解は――校内一周して写真の要求が13人と、電話番号が16人でした!」
「だから余計なこと言うなって―――!!」

 ばたんっと、扉が大きな音を立てた。


「あっ」

 勢い余って入ってきた秋生らしい人物は、一瞬で顔を真っ青にしてフリーズしてしまった。

「はーい、お待ちかね、柊秋子ちゃんで――す」

 春人はそう言って楽しそうに紹介するが、華蓮も深月も状況について行けていない。秋生がフリーズしているように、華蓮と深月も完全に動きが止まってしまっていた。


「…………」
「…………」

「え、ちょっとー。2人とも無言はないんじゃありませんか」

 ばたんっ。
 再び扉が音を立て、同時に秋生らしい人物の姿も消えた。



 ガチャンッ。
 華蓮のPSPが床に転がる。

「何だあれは」
「何だって…秋生?…秋生だっただろ?いや、顔は秋生だった」
「それくらい分かっている」
「そうだな。…いや、夏の言いたいこと分かるんだけど…落ち着こう。ちょっと落ち着こう」
「落ち着くのはお前だ」

 深月があたふたと視線をあちこちさせているのに対し、華蓮は一見いつもと変わりない様子でPSPを拾った。持ち直したそれが逆さまになっていることに、本人も周囲もまだ気付いてはいない。

「ねー、びっくりするくらい完成度高いでしょ」
「いや、高いどころの話じゃないだろ。究極体じゃねぇか、何だあれ!」
「秋、元々童顔だからいけるとは思ってたんだけど〜。女物の服着せて髪型少しいじったら、思った以上の効果があって俺も世月先輩もびっくり!破壊力絶大だよ!」

 確かに、先ほど一瞬顔を出した秋生はツインテールだった。あの髪型が破壊力を増大させていることは明らかだろう。


「あれを文化祭でやるのか」

 絶対にやめておいた方がいい。もはや歩く犯罪誘発剤だ。

「秋生がクラス投票ぶっちぎり1位でしたからね。今更できませんとは言えませんよ」

 だからといって、背に腹は代えられないのではないだろうか。
 そもそも、あまり授業にも参加しない秋生がぶっちぎり1位というのも驚きだ。

「夏、ちゃんと見張っとけよ。普段の秋生ならともかく、あれは流石に気にかけておかないと取り返しがつかなくなるぞ」
「何で俺が」

 そんなことは秋生のクラスメイトが責任を負うべきことだ。
 華蓮には関係ない。

「お前な、クラスで人気ぶっちぎり1位だぞ?つまり、多くのクラスメイトからもそういう目で見られてるってことだ」
「どっちにしても、責任を負うべきは俺じゃない」

 華蓮はそう言って春人に視線を向けた。
 多くのクラスメイトが信用に足らないというなら、信用になる数少ないクラスメイトに守らせればいいだけだ。

「えっ…俺ですか!いやぁ、俺にはちょっと荷が……」
 
 春人は苦笑いを浮かべて、両手でお手上げポーズを取った。
 華蓮が睨むと、その表情が苦笑いから引きつった笑いに変わった。




「ちょっと、大変よ!!」

 叫び声が聞こえたかと思うと、世月が息を切らしながら部室に入ってきた。服も若干乱れているし髪の毛もぼさぼさだ。一体秋生とどんな攻防を繰り広げたのだろうか。

「あの子、走って逃げちゃったわ!!」

 世月が切羽詰まったような表情を浮かべて、廊下の先を指差しながらそう声を上げた。
 その風貌がいかに酷いものになっているのか、冷静に分析をしている場合ではない。

「あの馬鹿…」

 華蓮はPSPを投げ捨て立ち上がると、世月を押しのけて新聞部から飛び出した。
 廊下の先を見るが、すでに秋生の姿はない。普段ならばすでにどこかで躓いてすっ転んでいるだろうに、こういう時に限ってこれだ。


「責任を負うのはお前じゃないんじゃなかったのかー?」

 背後から深月が何か言っていたが、華蓮は構わず世月の指差した方に向かって走った。


[ 2/5 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -