Long story


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 秋生の料理教室が終わり家に帰ると、玄関戸の前が妙に掃除されているように感じた。珍しい客でも来るのか来たのか、それで華蓮が掃除をしたのだろうか。これまでに客人が来るときも掃除などしたことないのに、どういう風の吹き回しだ。
 睡蓮は不思議に思いながら綺麗な玄関扉を開けると、やはり靴がいつもよりいくつか多かった――が、靴の数的にこれといって珍しい光景でもない。それなのに、外だけでなく玄関の中まで綺麗になっている気がする。ますます不思議だ。

「ただいまー」
「おかえり」
「おー、睡蓮。おかえり」

 リビングに入りながら声を出すと、テレビに向かっていた華蓮と深月が声を出した。玄関にあった他人の靴はひとつだけではなかったが、リビングには華蓮と深月の姿しかない。
 そしてまたしても違和感。玄関だけにとどまらず、リビングまで綺麗になっている。ここまでくると、睡蓮の目がおかしくなったのだろうかと思えてくる。

「…深月だけ?…他にも靴あったけど」
「他の奴らはあっち」

 そう言って深月が視線を向けた先は、庭につながっている大窓だ。睡蓮も深月につられてそちらに視線を向ける。すると、ろく手入れもされていない庭で世月と侑が屈んでなにやら作業をしている。

「罰ゲーム…?」
「いえーっす。罰ゲームその5、お庭の草むしり」
「その5?」
「その1、風呂掃除。その2、客間の掃除。その3、リビングの掃除。その4、玄関掃除」

 深月が指折り数えながら言うのを聞いて、自分の目がおかしくなったのではないことを知った睡蓮は安心して溜息を吐いた。

「全部ゲームで?それなら、華蓮の一人勝ちでしょ」
「最初は将棋、次が麻雀。それからババ抜きに、チェスだろ、最後に腕相撲」
「なるほど……」

 まるで小学生の休日だ。最後の腕相撲なんて、やることがなくなってまでどうして勝負事をしようと思ったのか疑問でしかない。まことにどうでもいいが、ババ抜き以外は総当たり戦を行ったらしい。

「ちなみに風呂掃除は俺。リビングが侑と夏で、玄関と客間の掃除は侑な」
「侑は負け過ぎでしょ。どんだけ駆け引き下手なの」

 むしろ上手そうに見えるのに。

「あいつは勝負運がなさすぎるんだ」
「宝くじとかぜってー当たらないタイプ」
「ふぅん……」

 生まれてきたときに顔に全部の運を使ったんじゃないのか、と深月は冗談っぽく笑っていた。ちょっと本当にそうなんじゃないかと思えて、睡蓮は笑えなかったが。

「睡蓮、加奈子はどうした」
「え?…ああ、なんか知り合いが近くにいたからそっちに付いて行くって、帰る途中でどっかに行っちゃったよ」

 というのは真っ赤な嘘。今日は秋生のところに泊まる気分になったらしく、そのまま置いてきただけだ。

「あの子の知り合いって…秋生くらいしかいねぇよな」
「ああ」

 秋生、という名前が出てきて少しドキッとしたが、睡蓮は顔には出さない。

「睡蓮、秋生に会ったのか?」
「ううん。近くにいるから行くってどっか行ったから、ほって帰ってきた」

 今まで一緒に料理を作ってきたとはもちろん言わず、適当なことを返しながらリビングのソファに座った。部屋がきれいになっているからか、ソファも綺麗になっているような気がする。…もしかして、ソファまで綺麗に拭かされたのだろうか。だとしたら、さすがに申し訳なくなってくる。

「出会ってたなら一緒に連れてくればよかったのになー」
「馬鹿抜かせ」

 深月の言葉に華蓮が思いきり顔を顰めた。

「……し…その人、華蓮の素顔知らないんでしょ」

 というか、ここにいる人たちと加奈子以外、教師ですら華蓮の素顔は知らないらしい。もはや秘密主義とか、そういったレベルではない。

「だから面白いんじゃねぇか」

 一瞬「師匠」と言いそうになってヒヤッとしたが、どうやら不審に思われてはいないようだ。睡蓮はそのことに安堵しつつ、深月の言葉に首をかしげた。

「どうしてそこまでして隠すの?別にいいじゃん」
「よくねーんだよなそれが。秋生、いい趣味してっから」

 深月はすごく楽しそうに華蓮を横目で見た。当の本人は自分の話題なのにもかかわらず、すでに素知らぬ顔だ。
 よほどタイプじゃないということだろうか。見せてもないのに、どうしてそんなことが分かるかも疑問だ。

「わっかんないなぁ…別に付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

 なら別にそこまで気にすることもないと思う。
 それなのに気にしてるということは…付き合ってないのに気にする理由があるってことだ。



「―――華蓮、好きなんだ!」

 つい、大きい声を出してソファに立ち上がってしまった。よほど声が響いたのか、華蓮や深月はもちろん、外で作業をしていた侑や世月の視線も睡蓮に集まってきた。しかし、テンションが上がっている睡蓮はそんなことは気にならない。秋生が華蓮と付き合って自分の兄になってくれるんじゃないかという夢がまんざら夢ではないかもしれないのだ。心が躍らずにはいられない。

「下らんことを言うな」

 睡蓮の期待もむなしく、華蓮は即答だった。
 一気にテンションが急降下した睡蓮はすとん、とソファに座り直した。

「睡蓮、夏に恋愛してほしいのか?なんで?」
「えっ…だって、華蓮に奥さん出来たら、うちにきてご飯作ってもらえるかも!」

 いい加減しつこいが、秋生に来てご飯をつくってもらいたいのだ。
 最初に会ったとき、秋生は華蓮にはもったいないと思ったが、今は違う。秋生と一緒にいるのはすごく楽しい。おまけに美味しい料理も食べられる。家にいてくれれば、睡蓮はきっと今よりも充実した生活を送ることが出来るに違いない。…つまりは、秋生の幸せよりも自分の利益を優先するようになってしまったということなのかもしれない。

「秋生って、飯作れんの…?」
「知るか」

 作れるんです。それはもう、滅茶苦茶おいしいご飯を作ってくれました。だから秋生と付き合って下さい。
 と、言いたいのだが、睡蓮はぐっとこらえる。

「一人暮らしだから料理くらいしてるでしょ」
「まぁそんなにしないとしても、この家の住人達よりはまともな食生活だろうね」

 庭の草むしりが終わったのか、それとも面倒になってやめたのか。どちらかは分からないが、世月と侑が会話に参加してきた。

「今日はどうして世月なの?」
「午前中、学校に用事があったの」

 そう説明してから、世月は土や草を払って窓枠に腰掛けた。侑も同じように世月の隣に腰かける。どうやら、気を遣ってリビングには上がってこないつもりのようだ。


「でもね、睡蓮。利益ばっかり見てるけど、不利益のことは考えなくていいの?」
「不利益…?」
「例えば、やたらといちゃつくとか」

 世月はそう言いながら、横目で侑を見てからそのまま深月に視線を滑らせた。その視線に気づいた侑はむっとした表情を浮かべ、深月は嫌そうな顔をした。

「何かなその視線は」
「こっち見んな」

 この2人はいちゃついているというよりは、いつも小競り合いをしていると言った方が正しい。しかし、世月からしてみればそれはいちゃついていることに変わりないのだそうだ。

「いちゃつかれるのは、それこそ見慣れてるから気にならないかな」

 睡蓮が深月と侑を交互に見ると、2人とも更に嫌そうな顔になったが、気にしないことにした。

「じゃあ、その人がすごーい嫌な人だったら?」
「それは嫌だなぁ。…秋生って人は嫌な人なの?」

 そうじゃないことを睡蓮はよく知っている。ただもしかしたら、睡蓮が華蓮の弟だからよくしてもらっているだけで、世月たちからは印象が悪い可能性もなくはない――ないと思うけれど。

「嫌な人なら夏が一緒に悪霊退治なんてしてないだろ」
「華蓮から見たその人じゃなくて、深月たちから見てどうなのって話」

 そう言うと、深月と侑と世月は同じタイミングで腕を組んで考え始めた――が、それは格好だけで、答えは既に出ているようだ。

「多少抜けてるところはあるけど、夏に酷な扱い受けながらもよく頑張ってる」
「生徒会の手伝いもよくしてくれるし、優秀なんだよ」
「あと春君の次に可愛い」

 やはり、心配することなく好評価だ。世月に至っては誰と比べているのか、睡蓮には分からなかったが。

「お前は恋の盲目補正かかってるだけだろ。普通に見たら秋生の方が童顔だから、受けはいいな」
「秋生君、普段あまり授業とかに出ないから目立たないだけで、普通に学校生活送ってたら絶対にモテてるよね。本人にその気がないから、何ともいえないけど」
「それ余計駄目じゃね?野獣共はそういうのに逆に燃えるからな。どっから襲ってくるか分かったもんじゃない」
「でも、なっちゃんの助手だよ。そう簡単には手出しできないでしょ」
「ここ3週間、まともに一緒にいなかったけどな。…ていうか、別に普段から常に一緒にいるわけじゃないだろ。むしろ、活動してんのは授業中とか放課後なんだから」
「人の目につくときはほとんどなっちゃんと一緒にはいないってことか」
「そう考えると…、私たちの知らないところで頭角を現しているかもしれないわね。ここ最近、することなくて普通の高校生みたいな生活していたでしょう」

 段々と進んでいく話の中で、睡蓮にはいくつか気になる節があった。例えば、秋生の顔はそういう世界ではモテる部類の顔なのか、童顔がモテる時代なのかとか。本人にその気がないのに襲ってくるって、それは犯罪ではないのかとか。ここ最近普通の高校生みたいな生活をしていたって、元はどんな生活をしていたんだとか。色々聞きたいことはあったが、とても会話に入れる雰囲気ではない。

「秋生の時代がくるか」
「バラ色学校生活になればいいけど、危険も増えるね」
「かーくん、ちゃんと気にかけておかないと」

 ヒートアップした話し合いは、最終的に華蓮に話題を振ると言う形で歯止めがかかった。しかし、話を振られた本人は既に話を聞いてはおらず、テレビゲームを始めてしまっていた。

「駄目だなこりゃ」
「秋君の体裁が危ないわ」
「まったく秋生君が不憫でならないよ」

 3人はそれぞれ言葉を発すと、まるで打ち合わせでもしたかのように同時に溜息を吐いた。
 表情がやけに深刻そうであるあたり、きっと秋生の体裁は本当に危ないのかもしれない。しかし、あの秋生に自分の体裁が危ないから気をつけろといったところで気にも留めなさそうだ。なんだか、睡蓮まで少し心配になってきてしまった。


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