Long story
どうやら、加奈子は本当にポルターガイストの練習をしているようだ。部室に近付くにつれて、風が吹いているわけでもないのに窓がカタカタと揺れている。
「一体何が加奈をここまで駆り立ててるんだろう…」
秋生の呟きに華蓮は返さない。
カタカタだった揺れがガタガタになった。どうやらヒートアップしてきたようだ。
「睡蓮の、バッキャロー!!!」
部室の入り口まで来ると、加奈子の叫び声が頭に響いてきた。同時に秋生は、加奈子がポルターガイストの練習をする理由を聞くまでもなく察した。
「ポルターガイストの練習っていうか、ただのストレス発散なんじゃ…」
「加奈子に向かってそれを言うな。悪化する」
どうやら華蓮は秋生と同じことを思って、それを口に出したらしい。今の段階の加奈子のポルターガイストは気にするほどはないが、酷くなると秋生でも参ってしまうくらいの威力を放つ。特に泣きじゃくるときは酷い。
「了解っす。…ただいまー」
華蓮の言葉に頷いてから、秋生は部室の扉を開けた。加奈子は室内の隅っこの窓際にいた。どうやら窓から外に向かって叫んでいたようだ。
「あれ、秋も帰ってきたんだ。おかえり!」
「ただいま。ポルターガイストの練習してるんだって?」
「そう、そうなの!睡蓮の奴を泣かせてやるんだ」
ポルターガイストで?と聞きたかったがやめておいた。
馬鹿にされたと捉えて悪化されても困る。
「まぁ…何でもいいけど。ちょっとさ、手伝ってくんないか」
「手伝う?」
加奈子が首を傾げる。その表情は、つい先ほどまで復讐(?)に燃えていた表情とは打って変わって可愛らしい表情だ。
「うん。猫の幽霊追っかけてんだけど、すばしっこくて捕まえらんねーの」
「にゃんこ――!行く!行く行く!!」
「騒ぐな」
“猫”というワードを聞いて途端に飛び跳ね出した加奈子だったが、不貞腐れたように黙る。そして、ふわふわと華蓮の方に寄って行った。
「何よ、手伝ってあげないわよ」
「それならもう家には入れない。睡蓮に復讐する機会もなくなるな」
「あー!ずるい!そういうの、ずるい!」
「駆け引きとはそういうものだ」
こんな幼い幽霊に駆け引き何て教えなくてもいいと思うのだが。
しかし、加奈子は言い返せないようで、一度頬を膨らませてから華蓮に向かって舌を出した。秋生がそんなことをされたら確実に舌を出し返しているが、華蓮はいつも通り無視だ。
「で、どこにいるの?にゃんこ」
不貞腐れたままの表情で加奈子が言う。
「ちょっと待って、探すから」
「にゃー」
加奈子の言葉に返して意識を集中させようとすると、すぐそばから鳴き声が聞こえた。まだ集中させる前に聞こえたということは、遠くで鳴いているわけではないということだ。
「にゃんこー!」
加奈子が声を上げて指をさす。
その先に視線を向けると、さきほどまで追いかけまわしていた猫がまるで馬鹿にしたように足で首元を掻いていた。
「自分から抹殺されに来るとはいい度胸だな…」
猫自身にその気は全くないと思われるが、華蓮は既にバッドを構えている。
ちょっと待て、捕まえるはずではなかったか。
どうやらさきほどの追っかけっこには華蓮も相当苛立っていたらしい。
「夏!退いて邪魔!」
「あっ、おい…」
「にゃんこ、おいでーっ」
「にゃー」
加奈子は苛立っている華蓮の横をすり抜けて、そのまま一直線に猫の方に近寄って行ってしまった。そんなことをしたら、またすぐに逃げられてしまう。
「加奈っ、せっかく来たのにまた逃げ………あれ?」
秋生は加奈子を叱ろうとしたが、目の前に広がった光景を目にして首を傾げた。
「にゃんこ、かわいー!」
「にゃー」
これは一体どういうことだろうか。
秋生と華蓮が必死になって追いかけまわしてかすりもしなかった猫が、加奈子の腕の中で嬉しそうに喉を鳴らしている。
「どういうことでしょう……」
「俺に聞くな」
呆然として華蓮に視線を向けると、華蓮はそう言ってため息を吐いた。どうやらあまりの呆気なさに完全に意気消沈してしまったようだ。バッドが手元からなくなっている。
「秋、可愛いよ!ほら!」
「にゃー」
加奈子は抱きかかえたまま秋生の元までやってきた。全くこっちの苦労も知らないで実に楽しそうだ。
おまけに猫も猫で、さきほどまで逃げ回っていたのは一体何だったのだろうか。別人ならぬ別猫なのではないかというくらいに、ためらいなく差し出した秋生の手にすり寄ってきた。
「可愛い…」
先ほどまでの苦労を思うと憎たらしくてしょうがないはずなのに、こうも甘えられるとそんな思いもなくなってしまいそうだ。
もしかして、捕まえようとしたのがいけなかったのか。加奈子のように、こっちにおいでと呼んでいれば最初から素直にやってきたのかもしれない。
「夏、私この子飼う!!」
「は?」
加奈子の突然の申し出に、華蓮の眉が顰められる。
秋生も驚きの表情で加奈子を見た。
「ちゃんと世話するから!いいでしょ?」
「駄目に決まってるだろ」
「何でよー!どうせ猫の成仏させ方なんて分からないでしょ!それとも、夏はこんな可愛いにゃんこを無残にも惨殺しようっていうの!?」
とてもじゃないが、こんな幼い子どもが無残とか惨殺とか使ってはいけないと思う。一体誰の影響だろうか。
しかし、加奈子の言うことは一理ある。
「これ以上面倒を増やしてたまるか」
それもまた、一理ある。
秋生は当事者なので大きい声では言えないが、華蓮が秋生や加奈子のせいで随分と苦労しているのは目に見えて分かっていることだ。
「ちゃんと私がお世話する!」
「にゃー」
「ほら、にゃんこもお願いしてるよ!」
そう言いながら華蓮に猫を差し出すと、猫は全く躊躇なく華蓮にすり寄って行った。さすが猫、怖いもの知らず。
「………少しでも手を妬かせたら即効消し去るからな」
猫パワー恐るべし。
「やったー!ありがとう、夏!」
「にゃー」
加奈子が手を挙げて喜ぶと、猫は加奈子の頭の上にぴょんと乗った。どことなく、猫も嬉しそうだ。
まぁ、飼うと言っても餌がいるわけでもなければ犬のように散歩をしなければならないわけでもないので、実質遊び相手が増えるだけということになるが。
「いいんですか?」
「無理矢理消してポルターガイストが悪化しても困るからな…」
華蓮はそう言いながら溜息を吐いた。本当に、苦労が絶えない人だ。
「気苦労が多くて大変ですね」
「お前…自分もそのうちの一つだと自覚しろ」
心の底から出た呆れが、ありありと声に混ざっていた。
「自覚はしてます」
「ならどうにかしろ」
「それが出来たら苦労しません。ああ、俺も苦労人だ…一緒ですね」
「一緒にするな。引っ叩かれたいか」
「冗談ですごめんなさい殺さないで!」
バッドが垣間見えた秋生は調子に乗りすぎたことを後悔しながら頭を覆った。しかし、幸いなことにバッドが飛び出してくることはなかった。
「全く…馬鹿につける薬はないとは正にお前のことだな。お前ほど馬鹿だと、いっそ諦めがつく」
「えっ……解雇されるんですか、俺」
到頭見放されてしまうのだろうか。
秋生は途端に不安そうな表情になり、華蓮を見上げた。
「何でそうなるんだ」
「いや…諦められるってことは、将来がないということでそのまま解雇かと……」
「だから貴様は馬鹿なんだ」
華蓮の溜息は尽きない。きっと、もう随分と幸せを逃がしてしまっているだろう。
しかし、今の言葉がどうして馬鹿と言われるのか、秋生には分からなかった。
「いくらお前がどうしようもない馬鹿で間抜けでも、そんなことはしない」
以前同じことを聞いた時、華蓮の返答はどっちつかずで。だから、秋生は自分の都合のいいように思うことにした。
しかし今回はその必要なく、はっきりと華蓮は言い切った。
「ありがとうございます…」
華蓮の言葉は失礼極まりないが、今の秋生は自分がそんな失礼なことを言われていることを全く気にしていなかった。それどころか、それほどまでに役立たずだと認識されているのに、それでも一緒にいてくれることが嬉しかった。
そう思った瞬間、ずっと疑問に思っていた答えがふっと浮かび上がってきた。
「そうか……」
秋生が華蓮といる方がいいと感じるのは、悪霊退治がしたいわけではない。ただ単純に華蓮と一緒にいたいからだ。華蓮と一緒にいられるのなら、悪霊退治だろうと賑やかな新聞部だろうと、それはどこでもいいのだ。だから今、華蓮にたとえ役立たずでも自分と一緒にいてくれると言われて、こんなにも嬉しく感じるのだろう。
「あれ、でも……」
どうしてそんなにも華蓮と一緒にいたいのだろう。
せっかく疑問が解決したかと思うと、新たな疑問が浮かびあがる。
「……え…?」
さきほどとは違い、今度の疑問は一瞬で答えが浮かび上がってしまった。そして自分の中で浮かんできた一つの答えに、秋生は首を傾げる。
華蓮はさきほど、もしも出た答えが望んでいた答えと違ったらどうするかと聞いた。その時秋生には自分がどんな答えを望んでいるか分からなかった。だからその問いに秋生は、望む答えが分からないからこそ、出た答えをすんなり受け入れられると返した。
実際、秋生は出した答えをすんなり受け入れることができた。自分が望む日常は、つねにその場に華蓮がいる日常なのだ。それを受け入れることに何の抵抗もなかった。
しかし今――新たに出てきた疑問。どうして自分は華蓮がいる日常を望むのか。
その答えは実に簡単で、明確だ。
好きな相手と一緒にいたいと思うのは、誰だって思うことだから。
「――――そんなことない!」
秋生は自分の中で出た答えに声を上げ、一瞬で掻き消した。
「何だ」
「いっ…いえ、何でもないです!!」
華蓮の顔を見た瞬間、秋生はとっさに視線を逸らした。
鼓動が早くなる。わずかな隙間から見える目と目が一瞬会っただけなのに、心臓が爆発してしまいそうだ。秋生は否定したいのに。この鼓動の早まりはそのことをあざ笑うかのように、出た答えが明確だということを示す証拠として提示されているようだ。
それでも、好きなんかじゃない。これは何かの間違いだ。
先ほどとは違って簡単に出てきてしまった答えを、さきほどのとは違いすんなりと受け入れられない秋生は、そう自分に言い聞かせながら必死に深呼吸をするのだった。
[ 3/3 ]
prev | next |
mokuji
[
しおりを挟む]