Long story


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 当たり前のことだが、職員室は放課後だろうと教師がいる。その前を通ると嫌でも視線を集めるため(その原因は明らかに華蓮の容姿にあるだろう)秋生は職員室の前を通るのが好きではなかった。
 それなのに、先ほどから職員室の前を幾度となく往復している。最初は教師たちの目がきになったが、何回も続くとそれどころではない。


「―――こっちです、こっち!」
 気配が行ったり来たりとするたびに方向を変えて指を指す。行ったり来たりしているのだから自分たちの横を通り過ぎているはずなのに、全く見えない。一体どうなっているのか。

「待て、秋生」
「…ど、どうしたんすか」

 また気配が移動したため追いかけようとすると、華蓮に呼び止められた。秋生は若干息切れしているが、華蓮は全くそんな様子はない。まじめに追いかけていないのか、はたまた体力があるのか――多分、前者だ。

「2人で追うから逃げられる。お前はそこにいろ」
「まじすか」

 そこに――と、言われた場所は職員室の真ん前。職員室を行ったり来たりすることには慣れてきたが、真ん前で立ち往生するのは嫌だ。…とも言えず。

「正体を見極めろ」
「……分かりました」

 反論できないままに頷くと、華蓮は気配が移動した方に向かって歩き出した。秋生は職員室のことは気にしないように心掛け、気配の正体を探すために目を凝らした。
 華蓮が気配の方に近づいて行くと、再び気配が移動を始めた。秋生の方に向かってくる。

「にゃーん」

「あっ、いた!」

 そう言って秋生が指差した瞬間、気配の正体――猫の幽霊が秋生の隣をすっと駆け抜けていった。一瞬のことだったため、その存在を確認することで精いっぱいだった。

「先輩、猫です!猫!」
「猫……」
「するって、通り抜けて行っちゃいました!」

 秋生が猫の走り去っていた方を指さしながら言うと、華蓮はため息を零した。

「逃がしてどうする。馬鹿か貴様は」

 久々に睨まれた。そして、怒られた。

「す、すいません…」

 謝りながら、この久々のやりとりができたことが少し嬉しいと感じたのは自分の胸の内だけにとどめておかねば。というか、まるでドMだ。絶対に誰にも言えない。

「しかし、猫か…」
「話も通じないし、面倒臭そうっすね!」

 悪霊というわけではなさそうだったが、この学校内に居る限り動物霊とていつ悪いものになるか分からない。放置することはできない。しかし、人間と霊と違って話も通じなければ何を考えているか想像もつかない。成仏させることも一筋縄ではいかないだろう。

「そう言う割に、やけに楽しそうだな」
「なんか、日常が戻ってきた――って感じがして。新聞部の手伝いしてるのも楽しいんすけど、俺はやっぱり先輩と悪霊退治する方が好きです。…不謹慎っていうのは、分かってるんですけど」
「そうか」

 秋生の言葉に対して華蓮の返答は実にシンプルだった。興味がないといった風でもなく、不謹慎な発言に軽蔑しているでもなく、ただ納得したという感じであった。

「ってことで、追いかけましょ!」
「ああ」




 それから2人はこのすばしっこい猫に散々な目に合わされることになった。
追いかけては逃げられ追いかけては逃げられを幾度となく繰り返し、挟み撃ちにも何度も失敗し、学校中を何周もする羽目になった。

「お、俺たち、遊ばれてません…!?」

 何度目とも分からない職員室の前で、秋生は膝に手を付いて息を切らす。

「人間よりよほど質が悪い」

 何事に対しても顔にも態度にも出さない華蓮ですら肩で息をしている始末だ。表情は見えないが、声で苛立っているのが分かる。

「俺もう無理っす。走れません!」
「最初の意気込みはどうした」
「いや、さすがにここまで走らされると、楽しい云々言ってられないっす…」

 3週間分をいっぺんに動きまわされたような気分だ。そんなに一気に遅れを取り戻さなくてもいいのにと秋生は思う。

「加奈子にも手伝わせるか…」
「そう言えば加奈、どこにいるんですか…?」

 最近は秋生と華蓮に交互にくっついていて、今日は確か華蓮にくっついていたはずだ。

「部室でポルターガイストの練習をしている」
「何でまた…ポルターガイスト?」

 それなら華蓮にくっ付いていないことも頷けるが、またどうして突然そんな練習を始めたのだろうか。そもそも、ポルターガイストは練習で上手くなるとかならないとかあるのか。
 疑問に思う秋生だが、それを華蓮にきいてもしょうがなかったかもしれない。どうせ華蓮はそんなことに興味はないだろう。

「知らん」

 やはり興味がないようだ。これは加奈子に直接聞くのが得策だろう。
 そんなわけで、猫狩りにひと段落をつけて(まだ1段階も進歩していないが)一度部室に戻ることにした。その間も猫はあちこちを行ったり来たりしていた。幽霊だから疲れ知らずということか、羨ましいものだ。

「加奈子とも…鬼ごっこしましたね」
「お前はあの時も楽しんでいたな」
「あーそういえば、確かに。やっぱり俺、悪霊退治楽しいのかなぁ」

 そう考えると、何だか思いの他自分が不謹慎な人間に思えてくる。

「加奈子の時も今も、悪霊退治ってわけじゃないだろ」
「…じゃあ、俺はこの日常の何が楽しいんですか?」

 客観的に考えると、こんな風に走り回って幽霊を探すよりも、春人や深月たちとわいわいしている方が楽しいことは明白だ。それなのに、秋生はそんなわいわいした日常よりも、華蓮と幽霊を追いかけまわす方が好きだ。どうしてだろうと首をひねるが、答えはでない――出そうになっていた気もするが。

「そんなこと俺が知るか。自分で考えろ」

 華蓮は実に冷たく、秋生を突き放す。きっと春人や深月たちなら一緒に考えてくれるだろう――となると、やはり春人たちといた方がいいように思えてならない。でも、それは客観的に考えた場合の答えであって、主観的に考えるとどうしても華蓮と悪霊退治をする方を望んでしまう。どうしてそれを望むのか、答えも分からないのに。


「先輩はこうやって悪霊退治したり幽霊追っかけたりするの楽しいです?」
「楽しいように見えるか」
「いえ、全然」

 華蓮は答えが分かっているなら聞くなとでもいうように、秋生を睨んだ。しかしすぐに、どこか呆れたようにため息を吐いた。

「お前がそこまでその答えに執着する理由は何だ?」
「え?」
「お前がどんな答えを望んでいるのかは知らないが、最終的に出た答えが望んだ答えだとは限らないだろう」

 それはもっともだ。そもそも、秋生は自分がどんな答えを望んでいるのか、それすらも分かっていない。そんな状態で答えを出していいのか――否。

「どんな答えを望んでいるか分からないから、出てきた答えに素直にうなずける気がするんです。だから、何らかの答えを望むようになる前に答えを知りたい――って言うのが、理由だと思います……多分」

 華蓮に説明していたはずなのに、自分で言っておきながら自分で「ああ、そうなのか」と納得した。

「秋生の割に真面な答えだな」
「先輩…、今すごく失礼なこと言いましたよ」
「分かっている」
「余計失礼っすよ、それ!」
「だから、分かっている」

 そう返す華蓮が、少し笑っているように思えたのは、きっと秋生の気のせいだろう。華蓮の表情はネッグウォーマーに隠れて見える訳がないのだから。


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