Long story


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 気配が強くなる方に向かって辿り着いた場所は3階の女子トイレだ。一体何のためにあるか分からない女子トイレだ。空気が淀んでいるように感じるのは、このトイレが特別汚いからではない。

「3番目のトイレです」

 トイレの前までくると、声が途端に小声になる。なるべく相手に気づかれずに近寄るたためだ。
 秋生はそう言いながら、スタスタとトイレの入り口から入っていく。

「もう少し警戒しろ」
「何かあれば先輩が助けてくれますからね」
「見殺しにするぞ」

 そう言いつつ、華蓮が秋生を助けることを秋生は知っている。だからまったく遠慮することなく、秋生はトイレに足を踏み入れ、3番目のトイレの前に立った。

「トイレの花子さんってとこっすね。全然雰囲気ないけど」

 天井の蛍光灯が切れかかってチカチカしているわけでもなし。それどころか人感センサー搭載なので、人が入れば自動的に電気が付き、出て行けば自動的に消える仕組みになっている。全体的にも綺麗だ。和式ではなく様式のトイレ。残念ながらウォシュレットは付いていないが、それにしたって、花子さんが出そうな雰囲気ではない。

「その程度のものならいいが」

 華蓮はそう言いながら、秋生の隣りに立つとバットを構えた。さっさと仕留める気満々だ。
 しかし、秋生としてはそれは認められない。

「ちょ、先輩!それはダメでしょ」
「……何がだ」
「花子さんといえば、これにきまってるでしょ!」

 秋生はバットを構えている華蓮を押し退けると、扉の前に立つ。そして思い切り息を吸い込んだ。


「はーなこさん!あっそびっましょ!」


 息を吸い込んだわりに、その声はそんなに大きく出さなかったのは、今が授業中だということを配慮してのことだ。以前大声を出して獲物を追って、華蓮にこっぴどく叱られたことがある。

「………おい」

 呆れたように溜息を吐く華蓮の横で、秋生は不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「あれっ、返事ないっすね」
「アニメの見すぎだ」
「そんなことないっすって!はーなーこさーん!あっそびっましょー!」

 ガタガタッ。

 先ほどより、少しボリュームを上げて声かけると同時に、扉の中から物音がした。

「ほら!花子さん答えてくれたじゃないすか!」
「興奮してないで下がれ」

 そう言われた秋生は下がろうとするが、その前に華蓮に押しのけられた。
 華蓮が扉の前に立ちバッドを手にすると、それを待っていたかのようにバンッと音を立てて勢いよく扉が開いた。秋生は瞬時に、華蓮の後ろに隠れる。

「だっ、れっ、がっ!花子さんよ!」

 華蓮は扉が開くのに合わせてバットを振り上げたが、間もなくバットを振りおろす手を止めた。


 目の前に出てきたのは、小学生にしても小さいくらいの少女。おかっぱ頭で、赤色の着物には鞠が描かれている。身長は120cmもないくらいだが、宙に浮いているために目線は華蓮と同じくらいだ。
 声を聞いた秋生は背後から顔をのぞかせ、そしてプッと吹き出した。

「ちっさ!花子さんちっさ!」

 秋生はケラケラ笑いながら、華蓮の後ろから出てくるが、花子(仮)に触ろうとした手を華蓮にはじかれた。
 無暗に霊に触れるなという警告だった。手を叩かなくてもいいじゃないかと思うが、口にはしない。

「だから!誰が花子さんよ!私はそんな古臭い名前じゃないわ!」
「花子さんってより、花子ちゃんだなこりゃ!」
「だから!違うっていってるでしょー!!」

 ふわふわと宙に浮きながら、花子(仮)は秋生の周りをくるくる回る。
 秋生はそれを見て楽しそうに笑っているが、華蓮は頭を抱えている。

「花子だろうと何だろうとどうでもいい。お前、こんな所で何をしている」

 呆れたように、花子(仮)を横目で見た。一体いつの時代に生きていたのか知らないが、「そんな古臭い名前」で十分そうな古風な容姿をしている。今時着物におかっぱ頭なんてまずいない。いるとすれば親か本人がよほど時代劇好きなんだろう。

「何って、かくれんぼに決まってじゃない」

 すんと澄ました態度で、花子(仮)は言い放った。腰に手を当てて、さも当たり前と言わんばかりの表情だ。

「かくれんぼ?最近の花子さんって、かくれんぼすんのか」
「だーかーらー!花子じゃないってってば!」

 何回言えば分かるのよ、と花子(仮)は頬を膨らます。
 秋生に視線を合わせるようにして、花子(仮)は秋生を小突こうとするのだが、秋生はさらりと避ける。花子(仮)はそれが気に食わなかったのだろう。頬のふくらみが若干ました。

「じゃあ何て名前なんだ?」
「加奈子」
「似たようなもんじゃねぇか」
「ぜんっぜん違うわよ!」

 花子(仮)改め加奈子(かなこ)は、叫びながら秋生の周りをぐるぐると回った。
 あまり見ていると目が回りそうなものだ。

「花子だろうと加奈子だろうと、どうでもいいと言ってるだろ」
「トイレの花子さんならぬトイレの加奈子ちゃんだな」

 実に現代風だ。いや、キラキラネームなるものがはびこっているこの現代では加奈子すら時代遅れかもしれない。

「お前は黙ってろ」

 お前が喋ると全く話が進まないと、秋生を加奈子の前から押し退けると、華蓮はくるくる回っている加奈子の首根っこを捕まえた。普通は幽霊には触れられないが、なんでか華蓮にはそれができるらしい。

「きゃ!何すんのよ!」
「かくれんぼしてると言ったな」
「…だったら何よ」

 何か文句でもあるのか言いたげな表情の加奈子に対して、華蓮は大いに文句があるというような表情だ。

「誰としてるんだ」
「三郎君と、かくれんぼしてるのよ」

 加奈子は怪訝そうな表情を浮かべて吐き捨てる。

「いつから」
「なんでそんなことあんたに言わないといけないの!いい加減に離してよ」

 もし秋生がこんなことを言ったら、絶対に引っぱたかれる。
 しかし華蓮は加奈子を引っぱたくことはなく、要望通り手を放した。
 加奈子は再びふわふわ浮かびながら、秋生と華蓮の周りをぐるぐる回る。

「秋生、交代だ。必要なことだけ聞けよ」
「はぁーい」

 加奈子が何歳くらいかは分からないが、こんな顔の半分以上隠れた男にいきなり首根っこ掴まれて質問攻めにされたら子どもまず泣くだろう。加奈子が怯えていないのが不思議なくらいだ。
 それに、誰だって知らない相手から急に問い詰められて素直に話すわけがない。
 しかし、秋生は違う。


「カナコチャン」


 華蓮は秋生と加奈子から視線を逸らした。
 その声は確かに秋生の声だが、先ほどまでとは少し違い、生きている人間が発する声とは何かが違った。自分でもどういうメカニズムなのかはわからない。ただ、このまるで生気のない声は、特別な力を持っている。

「かくれんぼ始めた日のこと詳しく話してくれる?」

 欲しい情報を聞き出すのに必要な条件は2つ。

 相手の名前を把握すること、そして相手が死んでいること。
 
 それさえ分かれば、あとは聞きたいことを問えばいい。そうすれば、相手は簡単に答えてくれる。
 これが、秋生が華蓮と同じく特別である理由、その1。


「…私、三郎君と遊んでいたの。いつもは鬼ごっこなんだけど、たまにはかくれんぼしようって、三郎君がいうから、かくれんぼすることになったの。三郎君が隠れて、私が探すの。でも、途中で急にお腹が痛くなって、私、家まで帰ったわ。そしたら、父さまが帰ってきてたの。久々に父さまに会えて、とっても嬉しかった。父さま、母さまのお見舞いに行くって言うから、付いていったの。母さまのところに行く途中で、三郎君とかくれんぼしてたこと思い出したわ。私、三郎君を探さなきゃって思って、三郎君を探しに行ったのよ。でも、どこにもいないの。三郎君、どこにもいないのよ」

 加奈子は今にも泣きそうな表情を浮かべた。この子は、ずっと三郎を探して彷徨っているのだろうか。でも、一体いつから。

「…他には?かくれんぼした年号とか日にちとか、分かる?もしくは何があったとか…」
「知らない。私、三郎君を探さなければならないんだもの。早く探して、父さまの所に帰らなくちゃ。でないと、また父さま、行ってしまう」
「行ってしまう?…どこに?」
「分からない。でも、父さまは武士だから、戦いに行かないといけないのよ」

 加奈子はそう言うと少し悲しそうな表情を浮かべて、秋生と華蓮を交互に見上げた。


「……武士、って」
「また随分と古いところから来たものだな」

 最低でも江戸時代だ。
 更に話の感じからしてもういるはずもない“三郎”を捜し歩いているらしい、あちこち回っているようだ。きっと、本人の意志とは関係なく、ここの異様な空気に引き寄せられてきたのだろう。

「外部から来たみたいですし、害はなさそうっすね」
「害はないが…成仏させるにも骨も折れる」
「だからって、こんな小さい子消すなんて言わないでくださいよ。害があるわけじゃないあるまいし…」
「今はなくても、ここにいる限りそのうち害は生じる。…ただ、俺もこんな小さいのを叩く気にはなれん」

 その気があれば、トイレから出てきたときに叩いていたはずだ。
 華蓮にも人情というものがあるのだなと、秋生は少し感心した。

「まず死んでることを自覚してもらわないとな。江戸時代から今までほっつき歩いてたなら、気付きそうなもんだが……」
「小さいから、時代の変化とかに疎いんすかね」

 もしくはただの間抜けか。秋生はそう言って、加奈子の頭をなでる。害がないことは分かったからか、華蓮は手をはたいたりしなかった。

「…あんたたちさっきから、何の話してるの?」
「お前を成仏させる話だ」
「ちょ、先輩…!」

 そんな直球で現実を突きつけていいのか。しかも前触れもなく突然。
 秋生はギョッとしたような表情を浮かべて声を上げるが、華蓮は澄ました顔で加奈子を見下ろしている。

「成仏って…どういうこと?」
「お前はもう死んでいる」
「容赦なさすぎですって…」

 どこかで聞いたような台詞だ。それは容赦なく敵をぐちゃぐちゃにするときに言うセリフだ。容赦のないところだけが共通している。

「…死んでるって…え?……何を言っているの……?」

 当たり前の反応だ。
 加奈子は目をしばたたかせながら、状況が呑み込めないと言わんばかりに声を上ずらせた。

「お前、移り変わっていく周りを見ておかしいと思わなかったのか」
 確かに華蓮の言うとおりだ。昭和と平成ならともかく。江戸と平成ではいろいろなものが移り変わりすぎていると思うが。

「…どこだって違う場所に行くと景色は変わるもの。それに、ぼんやりしか見えないし」
「見えない…?…お前、視力が悪いのか」

 華蓮の問いに、加奈子はこくりと頷いた。

「全部が見えないわけじゃないけど…。あまり見えない」

 その言葉に、華蓮は一層大きなため息を吐いて頭を抱えた。

「……そっか…私、死んでたのか…」

 だから、誰もいないのか。誰も、見つけることが出来なのか。誰も、迎えに来てくれないのか。
 加奈子は遠い目をして、少し寂しそうに呟いた。

「妙に納得が早いな」
「……本当は、疲れていたの。三郎君を探すのも、お父さんの所に戻るのも。だから、探さなくていいんだって思ったら…」

 江戸時代から、何百年とずっと、彷徨い歩いていたのだ。自分が死んだことも知らずに、時間がどれだけ経っているかもしらずに。ただ、ただ人を探して。疲れるなという方が難しい。
 加奈子は悲しそうな反面、少しほっとしたように呟いた。

「でも…どうして私は死んだの?」
「そんなこと知るか。自分で思い出せ」
「先輩、それ突き止めてあげないと、成仏できないんじゃあ…」
「……ハァ」

 また深いため息を吐く。
 死んだと分かった時点で、何も未練がないのならば、すぐにでも成仏するだろう。しかし、加奈子は全く成仏する様子もなく、首を傾げている。
 秋生の言うことはもっともだった。しかし、江戸時代に死んだ子どもの死因を調べるなんて、どうやっても無理じゃないのか。


「んー、まぁ、別にどうでもいっか」
「へ?」
「死んだ後でどう死んだかなんて知っても、どうしようもないし。そんなことより、私早く仏様のところに行きたい」

 加奈子はそう言うと、くるりと秋生の周りを一周した。

「ならば、さっさと成仏すればいいだろう。お前、何に未練があるんだ」

 華蓮が言うと、加奈子はいたずらな笑みを見せる。

「まだ、途中だったから」
「は?」
「かくれんぼ。…あなたたち、鬼ね」

 今度は華蓮の周りをくるりと一周する。
 何かを企んでいるような、わくわくしているような、そんな表情だ。

「何を言っている」
「最後にもう一度、思い切り遊びたいわ。私を見つけて」

 そう言うと、加奈子はその場所からフッと消えた。
 華蓮と秋生は、呆然とその場に立ち尽くす。


「先輩…、これは、当分授業には出られそうにないっすね」

 つまり、成仏する前に、思い切りかくれんぼをして遊びたいと。
 三郎君はもういないから、代わりに相手をしろと。そういうことらしい。

「斬っておけばよかった」
「そんなこと言わないでくださいよ。すぐに見つけますって」

 それが、秋生が華蓮と同じく特別である理由、その2。
 秋生の持つ能力その1とその2。どちらも、華蓮にはない力。この世のものではない者に聞きたいことを喋らせることができる力。そしてどこにいるのか、遠方からでも感じることが出来る力。


「あ、いた。第3体育館の方です!」

 秋生はそう言うと、トイレから出て体育館の方に走り出した。

「っしゃー!待ってろ!トイレの加奈子ちゃん!」

 トイレを出てすぐ、秋生はテンション高く拳を上げる。
 それを見て、華蓮は顔をしかめた。

「お前、楽しんでないか」
「せっかくやるんだったら、楽しんだもん勝ちでしょ」
「はぁ」

 お前一人で勝手にやってろと言いたげな表情だが、華蓮は秋生を一人でうろつかせたりはしない。秋生は見つける力を持っている分、見つかりやすくもあるらしい。本人は全く気にしていないのだが。
「先輩!早く!」
「分かったから大声を出すな。ホームルームは始まってるんだ」
「あっ、忘れてた!」
 秋生はそう言うと、口をつぐんで体育館に向かって走り出す。
 華蓮は心底気怠そうに、その後を追いかけた。


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