Long story
「秋!」
公園を出ると、加奈子が勢いよく飛んで来た。
「加奈…来るなって言っただろ」
良狐といい加奈子といい、秋生の周りの人間外生物はろくに言うことをききやしない。もう少し厳しくしつけた方がいいのだろうかと真剣に考えさせられる。
「だって、いつまでたっても戻ってこないし!」
「げっ、もうこんな時間かよ」
携帯を取り出して時間を確認すると、学校を出てから既に2時間近く経過していた。学校からこの公園まで5分とかかっていないはずだから、軽く1時間以上はあのもじゃもじゃと交戦していたということになる。せいぜい10分そこらだと思っていた秋生は驚きの声を上げた。
これには隣にいた睡蓮も驚いたようで、秋生の携帯を覗き込んで目を丸くしていた。
「まだ昼飯も食べてねぇのに…」
「お昼………ああ―――!!」
「うわっ…何だよ、どうしたんだよ」
秋生の昼飯と言う言葉が引き金になったのか、睡蓮が突然叫び声をあげた。秋生も、そして加奈子もビクリと肩を鳴らして睡蓮に視線を向ける。
「―――っていうか、何でコイツがここにいるのよ!」
「こいつって、加奈子知ってるのか」
「うん。夏にくっついて行ったときに何回かあったことある」
「ふーん」
自分の知らない華蓮のことを加奈子が知っていることに、秋生は少しもやっとした。どうしてもやっとしたのか、その理由は分からなかったが。
「気づくのが遅いんだよ、低級霊!ていうか、そんなことどうでもいいんだってば!」
「低級霊って言うな!」
加奈子は反論するが、睡蓮はもはや加奈子など視界に入れていない。先ほど出てきたばかりの公園の方に視線をやって、深く溜息を吐いていた。
「何がどうしたんだ?」
加奈子を気にするべきか、睡蓮を気にするべきか。考えた末に秋生は睡蓮に声をかけた。加奈子が怒っている理由は明白であるから、後からどうとでもできる。それよりも、睡蓮が取り乱している理由の方が気になった。
「僕のお昼、カラスに持っていかれちゃったまま!」
「お昼…?」
「うちの学校、今日は給食がなくて早く帰る日なんだ。だからコンビニで弁当買ったんだけど、帰ってる途中でカラスに取られちゃって。それでカラスを追いかけてたらあの公園に」
なるほど。そして公園から森に入り、その結果あのもじゃもじゃに遭遇した挙句に出られなくなって――そして秋生と出会ったというわけだ。
「まぬけ」
「お前に話してるんじゃない。黙ってろ」
加奈子が馬鹿にしたように言うと、睡蓮は加奈子を睨み付けながら吐き捨てた。
どうやら、加奈子が睡蓮を嫌っているのと同時に、睡蓮も相当加奈子のことが嫌いらしい。秋生は苦笑いを浮かべながら、睨み付ける時の目つきが華蓮にそっくりだと思った。
「まぁ、落ち着けよ。…あれだ、昼飯ないなら、うちに食べにくるか?」
「え?」
秋生の提案に睡蓮はきょとんとした表情を浮かべ、加奈子はすこぶる嫌そうな顔をした。
「いいの……?」
「ちょうどこれから帰って作ろうと思ってたとこだし。まぁ…買い出しに付き合ってもらうことになるけど」
「あ、ありがとう!」
睡蓮の目がキラキラ輝く。その横で今にも呪いでもかけそうな加奈子の顔が伺えたが、見なかったことにした。
「あ、でもその代わり、1つお願いがあるんだけど」
「…もしかして、神使様のこと?」
さすが華蓮の弟。察しがいい。
「絶対に華蓮には言わないから、心配しないで」
睡蓮はそう言うと、秋生に向かってピースをして見せた。
森の中では妙に大人びていると思ったが、こうやって見ると随分と子どもらしい。先ほどまでは窮地にあったために雰囲気が違ったのかもしれない。
「ねぇ、さっさと買い出し行こうよ」
加奈子は不機嫌を隠そうとせずに顔に出している。これは後から機嫌をとるのが大変そうだ。
「そうだな。…何か食べたいものあるか?」
「食べさせてもらうのに、メニューまで決めちゃ悪いよ」
華蓮の弟なのに、実にできた弟である。反面教師という奴だろうか。そんなことを思っては華蓮に悪いと思いつつ、思わずにはいられない。
「いや、むしろ決めてくれた方が買い物もさっさと済むんだけど」
加奈子がブリ大根と言っていたが、それは夕飯にしたらいいだろう。小学生が名指しで好むようなものでもないし――というと、小学生にもなっていない子どもの加奈子が好むようなものでもない気もするが。
「うーん…。じゃあ、ブリ大根とか?」
「……おっけー」
喧嘩するほど仲が良いと言う言葉はきっと間違いではない。秋生はつくづくそう思った。
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mokuji
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