Long story


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 しばらく走り、邪気が少し遠くなったところで立ちどまった。子どものペースに合わせて走ったために秋生はそれほど疲れなかったが、子どもの方は肩で息をしている。

「…さて――どうしたものか」

 電話で華蓮を呼んで倒してもらうか。華蓮なら学校外でのことは契約外だとかいって、却下しかねない。知らない他人がどこで死のうと勝手だ――と、いかにも華蓮が言いそうだことだ。
 しかし、華蓮とて秋生の身が危険となると助けに来てはくれないだろうか。秋生がいなくなれば、学校の事件解決も面倒になるわけだし、試してみる価値はある。ダメだったら、その時はまた策を考えよう。

「―――電波ねぇし!」

 助けを求める前に自滅である。この現在のネット社会で圏外なんて、どういうことだ。

「僕も助けを呼ぼうとしたんですけど。出口がないことといい、あのもじゃもじゃの影響じゃないかと」

 子どもが冷静に状況を分析している。さきほどの禍々しい物を「もじゃもじゃ」と称す辺りは子どもらしいが、それ以外は嫌に大人びている気がする。小学生くらいの子どもがこのような目にあったら、もっと慌てふためいて泣きわめきそうなものだが。やはり、慣れているのだろうか。とはいえ、秋生がこの子どもくらいの頃は見慣れていても半べそをかきながら逃げていたが。

「つまり、あのもじゃもじゃを消さないとここからは出られないと」

 秋生は深い溜息を吐いた。こんなことなら、加奈子の助言に従っていればよかった。いや、しかし華蓮に連絡しても来てくれたかどうかは分からないし、仮に来てくれたとしてもそれを待っていては子どもが手遅れだったに違いない。選択肢は間違っていなかったはずだ。
 秋生はそう自分に言い聞かせながら、深呼吸をした。

「お兄さん、大丈夫?」
「飛び込んできたはいいものの、解決策が見いだせなくて困っている。…つまり、大丈夫じゃない」
「ああ、神様仏様鬼神様」
「こらこら諦めるな、諦めるな」

 とは言ったものの、秋生も子どもと同じように神様仏様にすがりたい気分だ。鬼神様は、どうもよく分からないけれど。


 ――どれ、ちとわらわが戯れてやろうかのう。

 あたまの中に声が響き渡ったかと思いきや、ぶわっと再び風が巻き起こった。
 風がやむと同時に、秋生と子どもの他に、もう一つ人影が増えていた――実際は、影などないのだが。その人影は、普通の人間とも、今まさに秋生たちが追われているもじゃもじゃとも違う。

「ら、良狐(らこ)ッ!お前、どうやって…!」
「ここの空気はわらわのようなものには絶好の酒の肴じゃからのう」

 そう言いながら、くつくつと笑うそれの名は良狐――秋生の中を憑代としているそれは、人間の女のような姿をしているが、人間ではない。頭から真っ白い獣のような耳と、下半身から同じく獣のような九本の尻尾が生えているのがその証拠だ。その名の通り、狐の――妖怪という類に入るのだろうか。秋生は、良狐をどう総称していいのかよく分かっていない。

「だからって、出てくるなよ!ばか!」

 秋生は良狐を前にして頭を抱えるが、当の本にはまるで気にしていない。

「そんなことを言っておる場合ではなかろう」
「そりゃあ、そうだけど。出て来たってお前、何もできないだろ」

 良狐はいわば死にかけの狐で、秋生の中でかろうじて息をしているような状態だ。戯れるどころか、本当ならば秋生の中から出てくることすらままならないはず――というか、出てこられないはずだ。

「わらわを見くびるな。あれくらいの低級霊、蟻を踏みつぶすことよりもたやすいわ」
「本当かよ…」

 秋生は再び頭を抱える。良狐は秋生が自分の力を信じてないことが不満のようで、表情を歪めた。

「――何でこんなところに、稲荷神様の神使様が」

 完全に蚊帳の外にいた子どもが、目をぱちくりさせながら呟いた。小さい声だったが、この状況下では十分すぎるくらいによく聞こえる音量だった。

「ほう…。小童、なかなか筋がいいのう」

 良狐は機嫌をよくしたようで、尻尾をふらりと揺らす。

「じゃが、おしいの。わらわにはお守りする社もお仕えする神もおらぬ」
「なくなってしまったんだね…」

 子どもはそう言って、少し悲しそうな表情を浮かべた。

「そのような顔をするでない。こやつのおかげで、わらわは充実した余生を送っておる」
「そっか」
「余生って言い方は…どうかと思うけど」

 本当は二人に聞こえるくらいの声で言いたいところだったが、雰囲気をぶち壊しかねなかったので小声で呟くに留めておいた。

「でも、こんなに力の強い神使様を憑依させているなんて、お兄さん凄いね」
「うーんでも、体貸してるだけだし。こいつ死にかけだし」
「それ自体凄いことだよ。それに、出てくるまで微塵も気配を感じなかったもん。それって、お兄さんの力で神使様の力を覆っているってことでしょ?それが出来る人はすっごく少ないって、華蓮が言ってたし」
「いや、そんなこと―――――かれん?」

 褒められていい気になりかけたところ、最後の単語が秋生を一瞬で正気に戻した。

「ああ、僕の兄の名前だよ」
「いや……、いやいやいや。きっと人違いに違いない。偶然だよ。偶然に決まっている。そうだよ。世の中に何人でもいそうな名前じゃないか!」
「お兄さん…?大丈夫…?」
「童の兄の名がこやつの親しい男の名と同じで混乱しておるのだ。放っておけ」
「親しい……あ!…もしかして、お兄さんが深月の言ってた人か!華蓮が今までになく可愛がってるって言う例の人!」

 子どもが手を合わせて目を見開く。先ほどのもじゃもじゃに飲み込まれる寸前よりも興奮しているように見えるのは気のせいではないだろう。

「深月先輩の名前が出てる時点で確定だ…」

 さすがに、知人の名前が二人も被って、それが別人だという確率はかなり低い。更にこの子どもが見える人物であることと、兄がその類に詳しいというならば尚のこと別人である確率は低くなる。というか、ほぼゼロ。絶対的にゼロだ。
 偶然とは恐ろしい。世の中は狭すぎる。秋生はこの偶然に頭を抱えた。

「あの小僧の弟に会ったぐらいでどうしてそこまで項垂れる必要がある。取って食おうとしたわけでもない。助けたのじゃからな」
「お前を見られてることが問題なんだろ!隠してるんだから!」
「ああ、そういえばそうじゃったのう」
「ったく呑気な…」

 秋生は再び頭を抱える。

「へぇー、お兄さんが華蓮の。ふむ」
「えーと、君のお兄さんと俺の先輩は同一人物だろうけど。俺は先輩が可愛がってる例の人ではないと思う」
「え、違うの?深月はしゅうせいって呼んでるけど」
「……それは俺だ」

 ならば、深月の伝え方が間違っている。華蓮に可愛がられているなんて、どんなデマを吹き込んでいるのだ、あの男は。

「やっぱり!…ああ、華蓮がいつもお世話になっております!弟の鬼神睡蓮と申します!」
「え、いや!こっちこそ、いつも先輩にお世話になってます。柊秋生です」

 子どもが睡蓮と名乗り深々と頭を下げたので、秋生も同じように頭を下げた。
 華蓮と違って、礼儀正しい。とても弟には思えない。そんなことは、口が裂けても言えないが。

「睡蓮とやら、おぬしは兄と違って礼儀がなっておるのう」
「良狐…!」

 この廃れ神使は、秋生が伏せたことをわざわざ口に出すとは何事だ。秋生が慌てて睨むが、その前で睡蓮は苦笑いを浮かべた。

「兄は、誰にも好かれたくないから、ああいう態度をとるんです。…ええと、柊さん。華蓮の態度に気分を害されているのならごめんなさい」
「いや、俺は全然。…あと、別に敬語じゃなくても。秋生でいいし」

 今更に敬語にされると、逆に気を遣ってしまい喋りにくい。

「じゃあ…お言葉に甘えて。…でも華蓮、本当に迷惑かけてない?」
「案ずるな。こやつがそなたの兄にかけている迷惑を思えば、普段のあの男の態度など可愛いものじゃ」

 確かに間違いではない。良狐の言い分は正しい。しかし、今ここで迷惑をかけてしまっている人物の弟に言わなくてもいいだろう。
 良狐に向かって悪態を吐きたい秋生だが、良狐の言っていることは何も間違っていないためぐうの音も出ない。

「そうなんだ!」

 良狐の言葉を聞いて、睡蓮は晴れ晴れした笑顔になった。

「何でそんなに嬉しそうなんだ…?」
「実際に嬉しいから、嬉しそうなんだと思う」
「すげぇ迷惑かけてるのに?」
「むしろ大歓迎だよ!」

 睡蓮が何を思って兄の迷惑を大歓迎としているのか、秋生にはさっぱり分からなかったが、本人が嬉しいと言うのならばそれ以上何も言うことはない。

「戯れておるのもよいが…、もうすぐそこまで来ておるぞ」
「え?―――まじでか」

 良狐の妖気のせいで気付かなかったが、意識を集中させると、まがまがしい邪気がすぐそこまで来ているのが分かる。
 良狐が出てきたり、睡蓮が華蓮の弟だったり、他に気を取られることが多すぎで何も策を講じていないではないか。

「案ずるな。あのような小物、わらわが蹴散らしてくれるわ」

 ケタケタと笑う良狐はどこか楽しそうだ。
 その姿を見て、普段奥深くに押し込められているストレスの発散に出て来たに違いないと秋生は確信した。

「まるで自分で蹴散らすみたいな言い方してるけど、やるのは俺だからな」
「分かっておる」

 そう言うと、良狐は再び風を巻き起こして姿を消した。
同時に、秋生は普段は感じない力が自分の中に渦巻くのを感じた。普段は感じないが、初めて感じるものではない。とても死にかけの狐の力とは思えない力が漲る――テレビのエナジードリンクなどのCMを思い浮かべてもらえば分かりやすいだろう。今の秋生は正にそのような気分であった。

「――きたっ」

 睡蓮が声を上げたと同時に、しばらく薄れていたまがまがしい邪気が一気に辺り一面を覆った。最初に会った時よりもまがまがしさが増しているような気がするのは気のせいだろうか。

「先輩みたいに武器的な何かがあればやりやすいんだけど」
「馬鹿者。あれはあやつじゃから出来る御業じゃ。そなたに使いこなせるものか」
「やってみねぇと分かんねぇだろ」

 小馬鹿にされてムッとする秋生であるが、良狐が言うことに間違いがないことは分かっている。反論しつつも、実際に武器を探す気は綺麗さっぱりなくなった。
 そうこうしているうちに、ずずず、と引きずるような音を立ててもじゃもじゃが秋生と睡蓮の前に姿を現した。どうやら、まがまがしさが増していると感じたのは気のせいではなかったようだ。大きさ――嵩と言った方がいいだろうか。幾分が増している。


「また随分と引き込んだようじゃな」

 秋生たちを追ってくる間に、他の霊を引き込んだということだろう。それだけ引き込んだのならば、秋生たちのことは諦めてくれればいいのにと切実に思う。

「危ないから、下がってろよ」

 秋生の言葉に、睡蓮は頷いてから一歩下がった。
一度言ってみたかったんだよな、これ。このような状況で緊張感のかけらもないが、いつも自分が言われている言葉を言えてすこぶる気分がいい。心の中で良狐が嘲笑っているように感じるが、秋生は無視することにした。


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