Long story


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「俺らはどうする?」

 と、深月の視線が誰を特定するでもなくこちらを向いた。
 大人たちはそれぞれ帰っていくようだから、自分達も行き先を決めて動き出さねばならない。

「みっきーは僕を山に送る係ね」
「は?」
「今日のこと、皆に話してあげるんだ」
「…じゃあついでに俺も、遊ぶかな」

 侑たちがどんな物を見て、どんな相手と一戦を交えたのか秋生は知らない。しかし、侑の明るい表情から察するに、それらりと楽しい旅路だったのだろう。
 秋生は侑を羨ましいと思いつつ、一方で自分達が酷い目に遭ったことを思い出した。そして同時に、自分が死ぬほど疲れていたことを思い出してしまった。今まで忘れていたのなら大したことないのでは…と言われそうだが、そんなことはない。何せ思い出した瞬間に、自分の足が棒のように固く重たくなったのだから。

「僕たちはどう…って、あっ!そういえば、すーくんは!?」
「あっ」

 いつもは2人か、春人との3人で買い物に出掛けることが多いのですっかり忘れていた。今日は睡蓮も一緒だったのだ。
 突然に秋生と桜生がいなくなって、混乱しているに違いない。あれから、どれだけの時間が経っただろうか。
 
「大丈夫だ。家にすっ飛ばしたから」
「……よかった」

 どっちにしても混乱しているだろうが。それでも、家にいると言うのならば安全だ。
 忘れていてしまっていたことを含め悪いことをしたと思うが、取りあえずはほっと息を撫で下ろした。

「じゃあ、改めて僕たちは…もう家でゴロゴロする以外にないですみたいな顔してるね」
「疲れた。夕食作る元気…はあるけど、早く帰って座りたい」

 今の感情の上下の振り幅で、またどっと疲れたような気がする。
 この際、夕食も出来合いにしてしまおうか。それとも、忘れてしまって悪いことをしたがそれはそうとして、いよいよ睡蓮に夕食の準備まで任せる時がやってきたか。
 その辺はその時になってから考えるとして。とにかくゆっくりと座りたい。 

「そんなに?じゃあ帰ったらマッサージしたげるから、明日はまた一緒にセーラー服ね」
「……背に腹は変えられないか…」

 セーラー服なんて微塵も着たくはないが、マッサージは捨てがたい。
 それに琉生を始め、大勢の知り合いの知り合いのような大人たちの前でこんな格好でうろついているのだから、もう今更という思いもある。都会では女装男子が普通に歩き回っているような時代であるし、気にするだけ損だと気持ちを切り替える方がいいのかもしれない。

「いつくんたちはどうする?」
「家に帰る」
「って、実家の方?」
「ああ。母さんとお茶しに」
「………どうして?」

 桜生だけでなく、深月や双月までもが何言ってんだこいつと言いたそうな顔をした。秋生でさえも、正直驚きを隠せなかった。
 李月はずっと母を避けていた。顔を見せろと言われて一度は帰ったらしいが、それ以降はまた避けていると桜生が言っていた。
 そんな李月が、自ら母に会いに帰るとは。明日は吹雪くのだろうか。

「お礼はアフタヌーンティーでいいわよ、って言われたからね」
「やっくん?…お礼?」
「本来の力を発揮するのに、助言を貰ったんだ。見ての通り、凄いでしょ」

 見ての通りと言われても、李月の首元にひょこっと顔を出した蛇はいつもと何ら変わりはない。そもそも秋生は蛇の姿の八都をあまり見たことがないから…とは言っても、他の蛇たちが池で水に浸かっているのは最近としてはお馴染みだ。その蛇たちとも、見た目に何ら差はない。
 そう思うのは、秋生が鈍いだけなのだろうか。

「ごめん分かんない」
「ええー」

 どうやら秋生が鈍いわけではないか、秋生と桜生の双子が揃って鈍いかのどちらかのようだ。
 どちらにしても、ここ最近李月と八都たちを悩ませていたことが解決したのならよかったと思う。どうして李月たちの母が、その解決の糸口を知っていたのか、秋生は知る由もないが。

「双月は?」
「それは俺も知らないってか、どうすんの?って感じだけど……父さん、これからどっか行く?」

 深月から問われた双月はどうしてか少し困ったように呟いてから、瀬高の方を見た。

「そうだな…。逃げる必要はなくなったけど、スーツでも作りに行くかな」
「付いてってもい?」
「それは構わないけど…じゃあ着替えてどこか別の所にするか?別にスーツを作りたいわけじゃないし」
「…母さんに内緒で2人でお出掛け………いや別に悪いことしてんじゃねーし。じゃあどっか、べらぼうに高級なもん食べに行きたい」

 端から見れば、一人でノリ突っ込みをしているだけに見えるが。多分今のは世月がちょっと後ろめたそうにして、双月が面倒臭そうに返していた様なのだろう。
 しかし、結果的に出てきた意見は双月の意見がどちらの意見なのかまでかは秋生には見抜けなかった。そもそも憑依のことを事前に知っていなければ、今の言葉の中に別々の人間の感情が出ていることにも気付かなかったに違いない。

「それでもいいけど、毎日高級レストラン顔負けの食事してるんだろう?」
「うん、世界中どこ探してもあちらのシェフに勝る料理を作る店はないな。それは知ってる」
「ちょっ…や…やめてくださいよっ。そんなことないです。ただの趣味です、普通です」

 突然指を指された秋生は、華蓮の背後にサッと隠れた。
 ただでさてこんな大勢の前で目立ちたくはないというのに。よりにもよって、まるで自分が凄い人物かのように言われるなんて、本当にやめて欲しい。

「いやいや、あのレベルで普通はねぇだろ」
「…幸人、秋生の手料理食べたことあるの?」
「前に琉生が大量に持って帰ってきたことがあってな。コロッケと、肉じゃが、麻婆茄子に豚キムチ、んでハンバーグ」

 春人の質問に、幸人がつらつらと料理名を挙げていく。それは確か、琉生がカレンに連れていかれる直前、頼まれて作ったものだ。
 秋生が琉生の普段の食生活を聞き、コレステロールの取りすぎだと注意したことはもう、随分前のことなようだ。琉生はその台詞は聞き飽きたと顔をしかめ、琉生を叱ってくれる人がいるのかと驚き、そして少し嬉しかったことを覚えている。

「よく覚えているな」
「あんなの忘れられっかよ。例によってコレステロールお化けめいつか死ぬぞって言ってやろうと夕飯時に顔出したら、そりゃもう豪華な献立が並び尽くしてて度肝を抜かれましたからね。…ああそうだ、あまんり感動したんで写真撮ったんだ。ほら」

 幸人はそう言い、ポケットからスマホを取り出してきてその画面を真柚に見せていた。
 あの時に琉生が言っていた「友達くらいいる」という友達は幸人のことだったのだろう。まさか琉生の友人が、自分の有人の兄だなんて、あの時は想像の範疇にもなかった。

「あの家でオムライス以外のものが並ぶことがあるなんて……」
「んな感動する所でもねぇし、オムライス以外も食べてるっつの」
「それはどうだか」
「些か信用出来ないな」
「それもこれも、どっかの呪い魔がオムライスで餌付けしたせいだな」

 隼人がそう言いながらチラリと視線を向けた先で、琉佳が顔をしかめていた。
 一体いつから琉生が餌付けされていたのかは定かではない。少なくとも秋生が物心付いた時には、琉生既にオムライス業界の回し者のような存在になっていた。

「父さん、高級料理はやっぱいい。オムライスが食べたくなってきた」
「同感だ。…世月もそれでいいか?」
「え?」
「え…って、憑依してる時は2人でシェアして食べるんじゃないのか?それとも食べる担当は双月、そんなみたいなのがあるのか?」
「…え…あ、いえ……別にどっちが食べるということもないけれど…。……どうして憑依してると分かったの?」

 そう問いかける世月はとても戸惑っているようだった。まさか、バレていたなんて思いもよらなかったのだろう。

「どうしてって、流石に見れば分かる。最初は違ったみたいだけど、合流した時は憑依していまだろう?」
「……ええ」
「それからしばらく双月だったけど、上がって来た時に手を貸してくれたのは世月だ。それからまた双月で…さっきもちょっと顔を出して、すぐ引っ込んだ。で、今また出てきてる」
「うわ、まじで全部バレてんじゃねーか。あほくさっ」

 今もまた入れ替わったのだろうということは、秋生はその喋り方でしか判断できない。
 見れば…というのは、一体どこを見れば分かるといのうのだろうか。多分だが、秋生には一生分かりそうもない。

「世月は父さんに言いたいことがあるんだってさ」
「言いたいこと?」
「そう、それで双月に憑依して、あまつさえパンクな服が嫌だからって取りに行ってもらうまでしたくせに、ずーっと双月に隠れてたんだよ」
「う、うるさいわよ深月!」
「お前がらくしねぇことばっかしてっからだろ。いつもは呼ばなくてもでしゃばってくるくせによ」

 確かに、秋生がこれまで聞いた話の中の世月は、いつでも自信に満ちて率先して前を行くタイプだ。多分それは話す人物たちの過大評価などてはなく、実際にそうなのだ。
 そんな性格の世月が言いたいことを言えず双月の影に隠れているなんて、本当にらしくない。世月のことをあまり知らない秋生でさえそう思うのだから、よく知ってる面々はよりそう思っていることだろう。

「世月?」
「……な…なんでもないの。別になんでもないのよ。ほら、早くオムライス食べに行きましょ。李月も帰るのなら一緒よね、ほら行きましょ。ねっ、早く早く」
「うわ、おい、世月、待っ…分かった、行くから、自分で歩くからそんなに押すな」
「ちょっ、何で俺まで巻き添えに…!」
「じゃあ皆さん、ごきげんよう!」

 なんというごり押し。
 瀬高の都合など考えもせず、世月は李月の腕を引き瀬高の背中を押して歩き出した。瀬高が自分で歩くと言っても聞かず強い力でぐんぐん押し進み、李月の言葉などまるで無視、そして一方的にこちらに挨拶をして立ち去るへぐ進む。
 廊下の角に差し掛かったところで辛うじて瀬高が「じゃあまた」と言った言葉を最後に、あっという間にいなくなってしまった。他の大人たちはそれを気にする様子もなく、手を振っていた。

「……大丈夫なの、あれ?」
「李月と双月がなんとかすんだろ。俺らも行くぞ」
「テキトーだな…まぁいいや。じゃあ秋生君」
「俺らの今日の夕飯はオムライスで」
「あ、はい」

 1人動き出したら、皆が一斉に動き出す。
 今度は侑と深月がそう言い残し、まずは侑が窓を開けて飛び立った。そして同じように深月も窓から飛び出すと、巨大な骨の手が深月を受け止め、すぐき見えなくなった。
 自分を含めその光景に誰一人として驚いていない。やはり、ここにいる面々は普通という概念を色々と逸脱していると改めて思った。

「がしゃどくろで送迎とかVIP待遇すぎんだろ。どこのボンボンだよ」
「どこのって、世界の大鳥グループの御曹司だっつの。そのうちドラゴンとか遣えてくるかもしんねぇぞ」
「ドラゴン!!…もしその際は是非背中にお願いいたしますって、俺が言ってたって伝えといてくれよ」
「右に同じ」
「いや幸人と先生のVIPの価値観間違ってない?」

 変な伝言を頼まれて顔をしかめている春人に、秋生は同意見だった。
 今しがた、普通とは逸脱していると思ったばかりだが。この2人はまた違う観点で色々と逸脱している気がする。

「さて、じゃあこっちも帰ろうか…と言っても、行き先はどこかしこの海だけど」
「うん。隼人と幸人が母さんに叱られるんだったら、何かあった時にネット拡散する用に隼人の砂浜正座写真撮って〜、幸人の荷物から使えそうなもの物色するんだ〜」
「性格の悪さが斜め上どころの話じゃないな。いっそもう直角なんじゃないか」
「そんなんだから、父さんにそっくりとか言われんだぞ」

 あんなことを笑顔で話す春人が父親にそっくりだと言うのなら、その父親とは一体どんな性格をしているのだろうか。
 少なくとも、この数時間共に歩いただけでは秋生には分かりえないことだった。きっと、分からないままいる方が幸せなのだろう。

「春くん、赤ちゃんの写メ見せてねっ」
「おっけ。無事に撮れたらいいな〜」

 生まれたばかりの赤ん坊の写真を撮るのに無事じゃないことがあるのか。
 桜生の言葉にそう返し、麒麟一家は揃ってこの廊下を後にした。最後の最後まで、常識の範疇を遥かに逸脱した一家だった。


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