Long story


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「証人ならここにいる」

 浴衣を身に付けたとても美人なその女性が、秋生には誰だか分からなかった。しかし華蓮も亞希もその存在を訝しく思う様子もなければ、突然のことに驚くこともなかった。
 しかし一方で、亞希の下にいる真柚は目を見開いていた。

「久しぶりだな」
「な………ず…」

 最後まで繋がれなかった真柚の言葉を聞いて、秋生はその人物が誰であるか察した。
 薺。
 あのお騒がせ自害女子高生が、一度成仏したにも関わらず戻ってきた時に手を貸した鬼。天国行きが決まっているにも関わらず待ち人が来るまで動かぬと言い張り閻魔をも捩じ伏せ、動かずの鬼と称されている鬼。
 あの日華蓮が出会った鬼。母、睡華の姉であった鬼。

「何だ、まるでお化けでも見たような顔して…ああ、お化けだったな」
「……お…ばけ…にしては、足が、透けてないけど」
「まゆ、突っ込むとこそこじゃないって」
「あ、ああ…そう………全体的に透けてない?」
「いやそこでもない。テンパりすぎ」

 幸人が苦笑いを浮かべている隣で、真柚はまだ放心状態に近かいのだろうか。本当にお化けでも見たような…お化けの類いは見慣れているだうろから、どちらかというと宇宙人でも見たようなと言った方がいいかもしれない。
 そんな真柚の様子を眺め、少しだけ可笑しそうに笑う薺はやはりとても美人だった。それを見てようやく放心状態が解かれたのだろうか。真柚はまるで落ち着きを取り戻そうとばかりに、ふうと息を吐いた。

「薺、どうしてこんなところに?」
「どうしたもこうしたもあるものか。下から風穴を開けたとんでもない阿呆はどいつだ?」
「この面子をよく見て、どうぞ」
「……貴様らは大人になっても何も成長していないな」

 考える間もない。
 蓮と瀬高へと向けられた視線はとても鋭く、二人が一瞬で肩を萎縮させる程だった。

「何か異変があったのか?」
「なければ動きはしない。閻魔の泣きっ面は見物だったが、それがなければ即刻阿鼻送りにでもしてやっていた所だ」

 再び、大人2人の肩が萎縮するのが見えた。

「早いところ帰った方がよさそうみたいだな」
「ぐずぐずしている間はない。階を下がる事に吸い込んで、生の魂が触れると消し炭になり兼ねない所まで成長しているからな」

 薺はそう言うと浴衣の帯の中から何かを鳥だし、大輝に手渡した。それは虹色に光る鍵で、大輝が持っている沢山の鍵と同じ形状のものだ。しかし、そのどれよりも綺麗だった。まるで、ガラス細工のようにキラキラと輝いている。
 それを手にした大輝はとても驚いた顔をしていた。この人物がこんなに素直に驚いた顔をするなんて、きっとあの鍵は相当価値の高いものに違いない。

「どこでもドアの鍵じゃないか。僕がもらうのは最下層の扉の鍵の筈だけど…」
「直ぐに引ったくられるような場所に付けている方が悪い。拾ったとでも言っておけ」
「……そうか、わざわざありがとう。それならそうと、早急に帰ることにするよ」

 大輝はそう言うと、その鍵を他の鍵と同様に一つにまとめた。それから虹色の鍵をどことでもない空間へと突き刺す。ガチャっと音を立てて、鍵が回された。
 どこでもドアの鍵。文字通り、どこかれでもどこにでも行ける…ということだろうか。


「真柚」

 現れた扉に気を取られていたのは全員同じだった。しかし、名前を呼ばれた真柚は扉から振り返り、再び薺へと視線を向ける。
 秋生は全く関係がないのにどうしてか、その声に反応して同じように視線を薺の方へと向けていた。その時に、真柚に覆い被さっていた亞希が姿を消していることに気が付いた。

「お前は先に、奇跡は案外簡単に起こると言ったな」
「えっ……い…いつから聞いてたんだ?」
「いつでも聞いている。今日、お前は二度そう言ったな」

 いつでも聞いている、という言葉が秋生はとても気になってしまったが。更に気になったのは、二度言った…ということだ。真柚はどんな場面で、そんな言葉を口にしたのだろう。
 静かに頷いた真柚を見て、薺は優しく微笑みかけた。鬼とは、こんなに優しい表情が出来るのか…と、失礼かもしれないが、そんな風に思ってしまった。

「私もそう思う。だからきっと、信じることは無駄にはならない」

 真柚が目を見開く。

「お前も、きっと大丈夫だ」
「え?」

 唐突に向けられた視線に、秋生は困惑した。もしかして後ろに誰かいてその誰かに向けられた言葉かと振り返ってみたが…背後には真っ白い景色が続いているだけだった。
 大丈夫とは、何のことだろう?そもそもどうしてこのタイミングで、会ったこともない自分へそんな言葉を掛けたのだろう。
 理由は分からない。
 けれど、自分はただその言葉に頷いて、その言葉を信じればいいのだと思った。

「あの化物に言っておけ。こんなろくでなし共を送ってくるくらいなら、参りがてら好物の一つでも寄越して送れとな」
「…ああ、伝えておこう」

 薺は大輝の返事を聞くや否や、迷いなく道から足をはみ出した。先ほど蓮と瀬高は崖を這い登ってくるようにしていたというのに、薺は当たり前のようにそこを歩き出した。
 帯には何か綺麗な花が描かれているが、それが何の花なのか秋生には分からない。しかそ、そこに揺れる飾りは……コスモスだった。

「ああ、そうだ。1つ、言い忘れる所だった」

 帯が視界から消え、再び美しい顔がその視界に入った。


「妹をよろしく」


 ああ、とても。

 とても優しい笑顔を。
 どこかで、見たことがあるような気がする。


「ああ、任せろ」


 誰に向けたのか分からないような言葉であったが、華蓮はそれが自分に向けられた言葉であると確信しているようだった。そしてその確信に間違いはなく、その返事を聞いた薺は満足そうな笑顔のまま、すうっと消えるように落下して行った。


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