Long story


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 ふと目につくものがあり、立ち止まる。


「あ……」


 何だろう?


 秋生たちは、未だにずっと白く何もない空間が続く中をひたすら歩いていた。他愛もない会話をして、まるで楽しくウォーキングでもような気分であったが。遠くの方に少しだけ暗くなった場所が見え、秋生は無意識のうちに立ち止まっていた。
 その場所の近くに建物があるわけでもない為、それが何かの陰ということでもない。しかし、このだだっ広い真っ白い空間の中に存在するその不自然な暗がりが、秋生はとても気になった。

「秋生?どうした?」
「………先輩、あれ」
「あれ?」
「………あの、暗い…」


 暗い、暗い、何だろう。
 とても気になる。

 今しがた見つけた時にはすごく遠くにあるようにも思えたのに、それを認識した今はとても近くにあるようにも思える。あの暗がりは一体、何なのだろうか。
 気になって、気になって仕方がない。

 
 ……行きたい。

 あの場所に行きたい。



「秋生!」

 バッと、何かに視界を覆われる。
 その瞬間、何かがふっと事切れるような、奇妙な感覚を感じた。


「……あれっ?」
「馬鹿かお前、何やってる」
「え?…うわ!?」

 いつの間にか、道のギリギリの場所に立っていた。あと一歩でも前に出たら、落ちて…しまうのかは分からないが。とにかく、この道から外れていた。
 ……違う。自ら、外れようとしていたのだ。

「君は引き込まれやすい体質なんだな」
「え?」
「あそこは地獄の消し炭。上で消失した魂の残骸、その溜まり場だ」

 秋生が先程行きたいと強く思った薄暗い場所を指差しながら、大輝がそう説明する。
 地獄の消し炭、残骸の溜まり場━━上で消失した魂とは、つまり成仏することが出来なかった魂ということだろう。華蓮と秋生も、何度ということなく…そんな魂を見てきた。実際に、消し去ったことも一度や二度ではない。
 今の今までとても行きたくて行きたくて仕方のない場所であったのに。改めてその場所を見ると、背筋が冷たくなるような寒気を感じた。

「残骸ってことは、もう魂ですらないんです?」
「多分な」
「多分?…蓮みたいなこと言うなんて、珍しいですね」

 瀬高の言葉に、隣の蓮が少しだけ眉を潜めていた。しかし本人にも自覚はあるのか、それについて何か指摘することはなかった。
 一方で大輝は、また地獄の消し炭の方に視線を向け「他にどうとも言えない」と言ってから更に言葉を続ける。

「消失した魂の欠片の集合体であることは確かだが、それが最早魂ですらない別の物体となっているのか。或いはまだ一個人の魂の欠片として存在しているのか、それは誰も知らない」
「閻魔大王も?」
「閻魔もあそこには近寄らない。近寄れば近寄る程にその場所に行きたくて仕方がなくなって、皆途中で止まることなく足を踏み入れてしまう。そうして同じように消し炭となって、二度と戻ってくることはない」

 だからあそこにいる魂がどうなっているのか、それは誰も知らない。
 知りたくもない。というのが、本音なのかもしれない。

「仮にあそこにあるのがまだ魂だったとして、その欠片を取ってくれば他の魂と同じように審判を受けられるんです?」
「そうだな。ここに並びさえすれば、どんな魂であれ審判の対象となる。ただ、あそこにあるものが仮に魂であったとしても、ひとつひとつが砂のような大きさだ。審判を受け…あそこにいるということは、行く道は地獄しかない訳だけど、地獄の拷問に耐えられるおは思えない」

 蓮の問いかけに返す大輝の言葉を聞いて、秋生は何とも言えない気持ちになった。
 あそこにいる魂は、きっと、憎悪や悪意に呑み込まれて成仏出来なかった魂たちだ。そうなる過程……自業自得の果てにそうなった者が大半なのかもしれないが、そうでないものも少なからずいる。
 他人の憎悪に巻き込まれてしまった者、強制的にそうさせられてしまったもの。そういう者たちでさえ、例えどんな経緯であろうと、一度ああなってしまってはどうにもできないということだ。仮にこちらに来ることが出来ても、その行く先に希望はない。
 そう考えて自分の中に湧いたこの感情は、悲しみだろうか。それとも、哀れみだろうか。とても複雑な気分だ。

「もしかしたら、鬼メンタルの魂がいるかもしれないですよ」
「そんなことは有り得ない…ということもないな。さっき不可能なことが可能になったのを見たばかりだし」
「てことはやっぱり、連れて来さえすれば可能性はあるってことですよね?」
「確かにそうだな。しかし、それ以前にあそこには近寄れば呑み込まれてしまう。魂を連れてくることは不可能……」
「と、言い切れはしない」

 不可能なことが可能になったばかり。
 例え前人未到の場所でも、辿り着ける可能性はゼロとは言い切れない。魂を連れて来られる可能性も、その魂が地獄の拷問に耐え抜く可能性も。
 全てがゼロではない。

「まさか、やるつもりじゃないだろうな?」
「まさか。俺は基本的に確証やメリットがないことはやりたくないし、それがあってもあれこれ言い訳付けて逃げる人間ですよ。どちらもあるか分かりもしない魂助けなんて死んでもしません」
「相変わらずのダメ人間発言だが、そこまで自信満々に言える所は褒めておく」
「どうも」

 今のは褒められるべきことなのだろうか。何とも言いがたい。
 それに、それだけ自信を持って死んでもやらないと言うのなら、どうして根掘り葉掘りと聞いたのだろう。あれだけドヤ顔で言うからにはきっと、単に好奇心だったのかもしれないが。それにしては随分と掘り下げたものだ。

「仮に可能性的に出来るとしても、成功させるなんて奇跡みたいなもんだろーな」
「奇跡か…。それなら案外、簡単に起こるかもしれないな」
「いやいやまゆ、奇跡って言葉の意味知ってる?」
「常識では考えられないような不思議な出来事。特に神などが示す力の働き…だった気がするが、そんなものは捉えようだ」
「何で奇跡の意味を辞書レベルで答えられんの?つーかそんなもん捉えようって、ぶん投げ過ぎじゃね?」
「起こった出来事に対して、偶然でも必然でも奇跡でもいいなら、私は奇跡と捉える。1円玉を拾うも、1億円を当てるも、奇跡と捉えるなら大差ない」
「まぁ…確かに。1円玉拾うのも奇跡ってんなら、随分と簡単に起きそうなもんだな」

 自分が奇跡だと思えば奇跡。
 1円玉を拾うことも、宝くじで1億円を当てることも同じ。だから、前人未到の場所から魂を連れて来ることも、また同じ。
 こういう場合、偶然とはどんな時にも起こり得る。だから何においても起こり得ないことはなく、また出来ないことはない。という考え方はよく聞く。
 また、起こったことを必然と捉えればそれは当たり前のことになる。そしてまた起こすことも出来るし、それ以上のことさえも必然と思えば必ず起こせる。何事も出来るまでやれば出来る、という考え方もありがちだ。
 しかし、何事も奇跡と捉えればそれに上も下もない。だから、宝くじが当たる奇跡も1円玉を拾う奇跡と同じお手軽さで起こり得る。という捉え方は初めて聞いた。
 何とも愉快な考え方だと思った。

「ああ、そう言うと…奇跡の話で聞くことがあったな」

 思い出したように、真柚の視線が華蓮へと向けられた。どうやら、その奇跡の話を聞く相手というのが華蓮らしい。
 秋生は不思議に思って華蓮を見上げた。何せ、華蓮はどちらかというと何事も必然だと言いそうなタイプだ。

「奇跡の話…があるんです?」
「大した話じゃない。この間の台風の日の話だ」
「ああ、あの。先輩がでっかい先輩の家に行った話ですね」

 確かにあれは、必然というよりは奇跡と言っていい出来事だった。
 華蓮からひととおり話を聞いた秋生は、まさかそんなことがあるのか…と。まるで夢物語を聞いたような気分だった。
 しかしそれは現実として、確かに起こったことだ。

「は?…でっかい?」
「要約すると、こいつが俺の作り出した男のロマンをかっさらって行ったという話だ」

 首を傾げた真柚に覆い被さるように、亞希が顔を出した。それはまるで子供がおんぶを求めて親にじゃれつくような仕草だった。
 華蓮を相手にしている時も、こんなじゃれつきは滅多に見ることがない。せいぜい、子供らしさを生かしておねだりをする時くらいだ(効果を成したことはあまりない)。
 気に入ったというだけでなく、それだけ真柚にそこまで気を許しているのだろう。もしかすると、秋生が真柚に触れて華蓮と同じ体温だと思った…そんなような何かを、亞希も感じたのかもしれない。

「男のロマン…?」
「これは妖怪の間では有名な噂だった。台風が来た時、その目に飛び込んで真逆の風を起こすと空間の裂け目が出来る。その中に飛び込めば、たちまちこの無情な世からおさらばできる」
「異世界への冒険は男のロマンということか?しかし、都市伝説みたいな話だな」

 確かに、都市伝説のような噂話であった。
 しかし今はもう、伝説でも噂でもない。それは紛れもない事実となったのだ。

「お前は昔、住んでいたのだろう?無惨な鬼達で溢れ返ったあの屋敷……まぁ、今は俺の家でもあるが」
「………まさか」

 亞希の言葉に真柚は何かを察し、そして驚いた。
 まさか。そんなことを亞希が知る筈もない…と、その表情が物語っている。

「俄には信じられないだろうな。かつての家の規模など調べれば幾らでも分かるし、鬼達の話はお前から聞いていたし、他にも見聞きしたものはあったが…」
「何を話せど証人がいるわけでもなし、よ迷い事と言われればそれまでだけどな」

 自分の言葉に華蓮がそう続けると、亞希はその通りと言わんばかりに華蓮を指差した。
 秋生は華蓮から聞いたその話を、夢物語だと思いつつも疑いはしなかった。その理由として目の前で華蓮が木の中から戻ってきたのを目の当たりにしたこともそうだが…秋生は単に、華蓮を信じている。だから、疑う余地はない。
 しかし、普通に考えれば…いくら地獄へ行き来が出来るようになったとしても。時間を越えたなんてまたけた違いの所業だ。到底、信じられるようなことではない。

「……」
「そうとも限らん」

 背後から声がした。
 女性の声だ。


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