Long story


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「……ねぇ、あれ見て」

 再び歩き出してしばらく、桜生がどこかを指差し立ち止まった。人差し指は歩いている道よりも向こう……先程、瀬高と蓮が出てきた無の空間を指している。
 少し遠くの方に、子供達が集まっているのが見えた。

「青空教室…みたいだな」

 集まっている子供達は皆きちんと座り、同じ1ヶ所を見ていた。その視線の先には黒板のようなもの。そこには誰か、大人が1人だけ立っていて……確かに、まるで授業風景のようだった。
 そしてここは屋内か屋外かと聞かれれば屋外に部類するだろう。すなわち、青空教室。李月のその表現は正にぴったりだった。

「何それ?」
「戦時中に空襲で校舎が焼けて外で授業をしたことだ」
「じゃあ、あの子たちは戦時中に…」

 よく地上では、死したその場所で死の瞬間を繰り返している霊がいる。また繰り返してはいなくとも、その場から動けずにずっと縛られている者もいる。俗にう地縛霊だ。
 あの子供たちもその類いなのだろうか?…しかし、それから解放されて成仏している筈なのに、その後も同じ事を繰り返すというのは些か納得がいかない。

「いや、そうでもねぇぞ。あの子供が着てる服、俺らが見てた戦隊ヒーローのやつだろ」
「あ、本当。毎週こっそり深月の家に観に行ってたやつだ。8歳くらいかな?」

 深月が子供の1人を指差し、侑が思い出すように続けた。つまり、少なくともあの中にいる子供の1人は、戦時中ではなく10年くらい前に死んだ子供だと推測される。
 そう言われると、子供たちの服装は和装から洋服まで様々で、死んだ時代の幅広さを物語っている。明らかに、同時に死んだ地縛霊が集まっているのとは違う。

「つまり、閻魔待機時間に子供に勉強教えてる人がいるってこと?」
「そうなるわね」

 春人にそう返したのが世月の格好だからそれっぽく喋った双月なのか、双月に憑依した世月なのか。秋生にはどちらなのか分からなかった。まぁ、どちらでもいいことではあるが。
 何にしても、とても不思議な光景のように見えた。

「物好きな人もいるもんですね」
「そうだ━━━あ」
「え?」

 通りすぎようとしたところで、華蓮の足が止まる。秋生も思わず、足を止めた。

「あいつ……」
「あいつ?………あ!!」

 真っ白い空間の中にある青空教室に向かって、秋生は目を凝らした。そしてすぐ、華蓮がまるで知った相手を見たような反応を示した意味を理解した。
 子供たちに何かを教えていた大人が、秋生の声に気がついてこちらを向く。……間違いない。


「ん?……どうして、お前たちがここに…?」

 待機ゾーンに来て何度目かになるその質問。他の皆と同じように「家族旅行で」と答えると少しだけ驚いた顔をされたが、それだけだった。…成仏させるまでの状況も中々にカオスだったことを考えると、そう驚かれなくても不思議てはないのかもしれない。
 秋生が憑依させ成仏させた教育実習生……吉田は、子供たちを解散させてからこちらに歩み寄ってきた。

「……イメチェン?」
「ちっ…違うわ!今日はちょっと…あれなんだよっ」
「あれって何だよ?」
「ほっとけ」

 そもそもいくら家族旅行と答えたとはいえ、まずは「死んだのか?」と聞くべきではないだろうか。それがいの一番に秋生の容姿についての質問とは。
 確かに、吉田と行動を共にした時と違って完全に女子のような格好ではあるが。断じて自分の趣味ではないと主張したい。

「子供たちに授業をしてるんだな」
「ああ。生きている間には出来なかったからっていうのもあって、暇潰しにな」
「目指していたのは高校教室だろ?小さい子供に教えられるのか?」
「国語なんて小学生も高校生も変わりゃしない。今は舞姫を教えていた」
「いやそれ絶対子供に教える教材じゃねーし!」

 華蓮と吉田の会話に、秋生は思わず突っ込みを入れていた。
 何でよりにもよって舞姫なのだろう。内容も去ることながら、秋生にはそれに関する事柄では嫌な思い出しかない。

「次に生まれ変わった時にろくでもない奴に引っ掛からないよう、魂に教え込んでるんだよ」
「もっと他に教えるべきことがあるだろっ」
「俺がここに来てから何年経ったと思ってる?他のことは教え尽くした故の教育だ」

 そう言われて、秋生は地獄と現実世界との時間の流れが違うことを思い出した。吉田を憑依させた事件━━あれは自分達にとっては数ヶ月前のことでも、吉田にとってはもう何年も前のことなのだ。
 何年もここで子供達を教育していたとなると。確かに、教えることも尽きてしまいそうで、行く末に舞姫が出てきても仕方がないやだろうか。それに、子供たちも姿は幼くとも知識としては自分達と変わらないのかもしれないと思うと、なおのこと納得出来るような気がする。

「…他にはどんなこと教えたんだ?」
「いの一番に教えたことは、歩道は安全じゃない。時たま車が突っ込んでくることがあるから重々気を付けろ」
「なんという説得力。なんか違う気がするけど」
「いい親は大切にしろ」
「それは最もだけど、やっぱりなんか違う気がする」

 言っていることは間違いではない。いい親を大切にするのは勿論のこと、歩道も安全ではないことは大切なことだ。多分。
 しかし、何だかちょっとズレている気がしないでもない。決して間違ったことは教えていないのだが。

「文句の多い奴だな。人のことをとやかく言う前に、お前はどうなんだ?」
「どうって、何が?」
「役に立ちたいだけ…だったか?あれから進歩はしたのか?」

 ちらと華蓮を見ながらそう言われ、吉田を憑依させていた時の会話を思い出す。
 吉田から華蓮に随分と入れ込んでいるなと言われた秋生は、ただ役に立ちたいだけだと返したのだ。今思えば、あの時は気が付いていなかっただけで、きっともう既に華蓮のことが好きだったのだろう。

「……まぁ、今は…役に立ちたいだけ…ではないのかもしれないですけれども」
「ほらみろ。やっぱり入れ込んでたんだろ」
「うっ、うるせーなっ!」

 恥ずかしい。
 まるで中二病を発祥して腕に包帯を巻いていた頃の写真でも見られたような、そんな恥ずかしさを感じる。それも、たった数時間程度一緒にいただけの相手に見透かされていたなんて、恥ずかしさも倍増だ。

「ああ、そうだ。いい大人の言うことは素直に聞いとくもんだ、後で恥ずかしい思いをするぞ。というのも教育に追加しよう」
「……なんかすごくムカつくのに、何も言い返せない」
「じゃあ、今度はちゃんと聞いておけよ。夫婦長続きの秘訣は……」
「秘訣は?」
「……結婚はしたことないから分からないな。ま、末永く仲良くやれ」
「適当だなっ!」

 今度はちゃんと聞いてやるかと思ったのに、何とも適当すぎる言葉だった。
 末永く仲良くやれ。
 適当ではあるが、それ以上にない言葉でもあるような気がしないでもない。

「そろそろ行くぞ」
「あ、はい。……じゃあまたな」
「また…って、流石にお前らが上がって来る頃には行き先が決まってるといいんだけどな」
「日本の閻魔は無能らしいから、期待しない方がいいぞ」
「………向こう数百年くらいの教材を考えないといけないな…」

 腕を組んで真剣に考え出した吉田はを横目に、秋生は再び歩き出した。既に歩き出していた華蓮と並び、いつの間にかもっと先に進んでいる一行を追いかける。
 その時も後悔はしなかった。けれど改めて、あの時に吉田を憑依させ成仏させてよかったと感じていた。


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