Long story


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「世月の時も、こんな待ったの?」
「ええ。こんなに待っていたら皆おじいちゃんになって、ここに来てしまうと焦ったもの」

 侑の問いかけに、世月が返す。当時のことを思い出しているのか、その顔はしかめ面だ。
 しかし確かに、世月がそんな風に思うの無理はない。あれからずっと歩いているが、長く続く列にはまるで終わりが見えないのだか。

「それで閻魔に喧嘩売ったの?」
「そうしようとしたのだけれど、急に私の番が来て天国行きが決まったわ。私の前にはまだまだ人がいたのに…今では何となく、理由は分かっているけれど」

 そう言って世月は、先頭を歩く大輝の方をチラリと見たような気がした。

「でも結局、喧嘩売って降りてきたんだろ?よくやるよなぁ」
「あら、双月と離れることに比べれば、閻魔なんて怖くもなんともないわ」
「…ちょっと可愛いこと言っても援護はしてやらねーぞ。体は貸してやるけど」
「何よ、双月のいけず」

 どうやら世月は、何かやりたいことがあって双月に憑依をしていたようだ。双月が世月を援護するようなことなど、一体何をしたいのかは分からないが…双月の言葉に頬を膨らませている姿は確かに可愛いと思った。


「あれ?世月ちゃん?」
「え?」
「…あっ…本田君!」

 声を掛けられて首を傾げた世月。それに対して、びっくりした顔を浮かべたのは双月だった。
 本田。秋生も覚えている。
 生き霊事件の時、自分でも知らないうちにその原因…学校に生き霊を送り込んでいた生徒だ。最後は双月が友人になることでその生き霊も消え去ったが…勿論、ここにいるのは生き霊ではない。
 結局学校に戻ることなく、亡くなってしまったのだろうか。その結末を秋生は知らないが、その表情は実に穏やかで、学校に生き霊を送っていた時のような未練は微塵も感じなかった。

「どうしてこんなところに?」
「ちょっと家族旅行よ」
「こんなところに家族旅行?…まぁでも、君ならあり得そうだ」

 本田はそう言って笑った。
 きっとあの事件から世月━━の姿をした双月は、本当に足しげくあの病室に通っていたのだろう。他愛もない会話を交わす2人は、あの時よりとても親しげに思えた。

「貴方は…聞くまでもなく順番待ちね」
「そうなんだ。見ての通り、長い旅になりそうだよ」
「聞くところによると、ここの閻魔は無能らしいわ。変なこと言われたら蹴散らしてやりなさい」
「あはは、君は相変わらずだね。でも、僕はそこまでの度胸はないよ」
「あらそう?…まぁ心配しなくても、貴方は間違いなく天国行きだわ」
「君に言われると百人力だよ。ありがとう」

 きっと本当に、もう学校や…自分の人生に未練や悔いはないのだろう。本田の笑顔はとても穏やかだった。
 本田をそんな風に穏やかに成仏させたのは、間違いなく双月だ。

「じゃあ、またいつか会いましょう」
「そうだね。天国で会おう」
「私が天国は難しいかもしれないけれど…閻魔を蹴散らして会いに行くわ」
「待ってるよ」

 笑顔で手を振る本田に、双月も笑顔で手を振って返していた。
 閻魔なんて蹴散らさなくても、双月は天国に行くだろう。本田の笑顔を見て、秋生はそう確信していた。


「懐かしいねー。深月が入院してたことなんて、もうすっかり忘れてたよ」

 本田と分かれてすぐ、侑がそんなことを言い出した。
 あの時は病院への潜入捜査のために深月を入院させる手筈だった…が。加奈子が暴走して起こった事故のせいで、深月は本当に大怪我をして入院することになったのだった。
 あの時はまだ侑と深月が付き合っているなんて微塵も思っていなかった。しかし今思えば、あの時に深月が自分の身を犠牲にしてまで侑を守ったことは、2人が付き合っているからだと思えば実にしっくりくることだった。

「あ、そういえば。あの時ってみつ兄も入院してたんだったね〜」
「何だお前ら。人の見舞い散々食ってたくせに」
「余ってたんだからいいじゃん。ねぇ?」
「ねぇ……あれ?でも俺、侑先輩が病室にいるの、1回も見たことないです」

 そう言われてみれば、侑は事件を解決した時もいなかった。あれから深月は凄いスピードで回復し、あっという間に退院したので(今となってはそれも妖力のお陰だと分かる)それ以降も数回しか見舞いには行っていないが…一度も侑の姿を見たことはない。
 事件を解決した時は確か、生徒会の仕事が忙しい…と言っていたが。そもそも侑は、仕事の殆どをひすいに押し付けている。それを知っている今となっては、その理由も変に思えてきた。

「侑はいつも夜に来てたんだよ。あの病院はうちの経営だし、万一にじーさんにでも出くわしたらえらいこっちゃだろ?」
「あっ…そっか」

 秋生はあの時、深月が大鳥グループのご子息の一人だとも知らなかった。話すつもりもなかったから、誤魔化す理由が必要だったということか。
 ということは、あの時に華蓮が侑は生徒会の仕事で忙しい…と言っていたことも。

「だから華蓮があの時に生徒会の仕事が忙しいって言ってたのは、適当に吐いたウソ…だよな?」
「あの頃は秋生達も、あいつが真面目に生徒会の仕事をしてないことも知らなかったからな」

 秋生の思った通りだった。双月の問いに答えた華蓮の言うとおり、あの頃は生徒会長である侑がその仕事で忙しくと言われても何の疑問も抱いていなかったのだ。
 ウソを吐かれていたというのに、秋生は何だか少しだけ嬉しい気分になる。あの頃と比べて皆と親しくなれていると、改めて実感しているからだ。

「僕たちがいそいそ逃げ回ってる間に、幽霊たちと楽しそうなことしてたんだね」
「よく言う。桜生だってたまにしょげてる時以外は、小遣い稼ぎに意気揚々と向かってただろ」
「えっ、そ、そんなことないよっ。僕はずっと塩らしく悲しみに暮れながら生活してたでしょ」
「……桜生…」

 秋生はこれまで、桜生が霊体だった頃の暮らしぶりはあまり聞いたことがない。
 それはきっと辛いもので、思い出したくもないだろうと思っていた。だから、聞くことはしなかったのだが…もしかして、それ程でもないのだろうか?
 今の李月の言葉と桜生の焦りっぷりを見て、秋生はそんなことを思う。
 
「悲しみに暮れながらぁ?」
「げっ、兄さん…」
「ねぇいつくん、今日はどんな所に行くの?嫌な人だったら、有り金根こそぎぼったくってやろうね!…とか、ウキウキしながら言ってただろお前」
「に…兄さん!うるさいよ!」
「仲良く楽しそうに出掛けやがって。桜生の状態的に仲良くするなとも言えねぇし。だから余計な知識入れさせまいと駆使してたのに…結局こうなったろ」

 つまり…最初に再開した頃、桜生が両開き冷蔵庫も知らなかったのは琉生の策略ということか。李月への恋愛感情を気づかせないよう、知識レベルを上げさせない為に…と、そういうことになる。
 我が兄ながら、何てことをしているのだろうと秋生は思う。それは、相手が李月だからなのか…それとも単に過保護も過ぎるのか…。

「そいや、俺の可愛い弟が悪魔の大鳥グループに汚されるー!ってよく嘆いてたな」
「嘆いていたというか、瀬高さんに八つ当たりしていたというか…」
「もう一人の時は蓮さんに八つ当たりしてたしな。よりにもよって何であんたらの遺伝子なんだ!って騒いでんの、ちょー面白かった」

 どうやら問題は相手が李月であったことにあり、その親に被害が及んでいたらしい。そして秋生が華蓮と付き合っていると知った時も同様のことが起こっていたようだが…。
 幸人と真柚の会話からして、琉生は幼い華蓮と李月を指導した際に、その性格を見て不安視したのではなく。その父親の遺伝子であるということを不安視しているようだった。

「兄さんはさ、どうしてそんなにいつくんと夏川先輩が嫌いなの?」
「別に嫌いなんじゃねぇよ」
「じゃあどうしてそんなに嘆くの?いつくんも夏川先輩も強いし格好いいし、僕たちを守って貰う分には申し分ないでしょ?特に秋生なんて、夏川先輩がいなかったら最低でも3回は死んでるよ」

 流石にそれは言いすぎだ、と突っ込めないことが憎い。
 ……いやしかし、もし仮に大鳥高校の生徒になっていなければ、また話は変わっただろう。現に中学までは一人でどうにかなっていたわけで、そう考えると悪いのはあの場所であって秋生だけの問題ではない。
 とはいえ、秋生がもし大鳥高校で華蓮と出会っていなかったら、ぶっちゃけ、3回どころではなく死んでいる。だからそんな環境に自ら足を突っ込んでしまった手前、桜生に言い返すことは出来ないのだが。

「説明しよう」
「わっ」

 琉生の後ろから突然幸人が顔を出し、桜生は驚きの声をあげた。幸人は琉生が顔をしかめるのなんてお構い無しに、桜生の方に向いたまま人差し指を立てる。
 テレビで時折見かける、話の途中で専門用語の解説に出てくるマスコットキャラクターのようだ。と言ったら、叱られてしまうだろうか。

「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃなくてさ。琉生は大事な弟たちには苦労して欲しくねぇんだって」
「苦労…ですか?」
「そ。俺らはこーんなちっちゃい頃から、毎日嘆いてる睡華さんと葉月さんを見てきたから。あの2人を嘆かせてるのと同じ顔見ると、琉生は無条件で拒絶反応が起こんだよ」
「…いや、拒絶反応は言いすぎ……でも、ねぇな」

 こんな小さい頃と言いながら、幸人は膝丈くらいを示し桜生に説明していた。本当はそこまでではないのだろうが、とにかく幼い頃からずっと見てきたのだろう。
 睡華、華蓮の母。葉月、四つ子の母。その2人を嘆かせていた人物とは言うまでもなく、現在最後の魂の回収に強制出動させられたあの2人のことだ。

「でも夏川パパ、普通にいい人でしたよ」
「そりゃあ、悪人って訳じゃないしな。普段から別に悪いことしようとしてんじゃねーんだけど、何かいつもこう…どうしようもないというか。何でそうなんの?みたいな事を起こしちまうんだよ」
「…例えば、今回のことみたいな?」
「だな。とはいえこんなの序の口だし…もしも本当にあの遺伝子受け継いでたら、お前たち将来は苦労するぞー」

 桜生と、それから秋生にも視線を向けてそういう幸人は少し楽しそうだった。
 地獄を旅するような事態が序の口とは。幸人達はこーんな小さい頃と言っていた頃から、一体どんな生活を送っていたのだろうか。少なくとも映像で見たものはそのほんの一部で、きっともっとスケールの大きなことが起こってる日常だったに違いない。

「秋生、僕たちもっと強くならないといけないよ。いつくんと夏川先輩がなんかやっちゃった時に対処できるように」
「……そこはあれだろ。深月先輩とか、侑先輩とか……あ、春人に頼んで世月さんを召喚して叱って貰うとか」
「おおっ、それナイスアイディア。世月さん、2人が悪いことしたらしっかりお仕置きお願いしますね!」
「ええ、任せなさい」

 世月が笑顔で返したのを見た、李月と華蓮の顔の酷いことといったらなかった。今の顔を見る限り、将来に李月と華蓮がそんなことになるような騒動を起こすことはないだろう。

「つーかそう考えると、あの人たちに最後の魂回収に行かせて大丈夫だったのか?」
「やれば出来るだけの能力があるんだから、死にはしないだろ」
「いやそうじゃなくて、地獄への被害的な意味で」
「そんなこと知ったこっちゃない。まぁ流石に今ここに飛び出して来られたら色々と厄介だが、7階からここまで自力で登ってくるのは不可の……」


 ドンッ!!

 突如、どこからともなく聞こえた爆音に、幸人の質問に返していた大輝の言葉が遮られた。
 ずっと歩いてきた道は、成仏した魂がこった返している以外には何もない。景色も何もないだだっ広い空間が、延々と広がっているだけの場所……だった。少なくとも、今の今までは。

「……父さん?」
「全く…不可能という言葉が存在するだけ無意味なのは、この世でもあの世でも同じだな」

 苦笑いの幸人に対して、大輝は何だが哲学めいたことを言いながら…至極呆れたように溜め息を吐いた。
 辺りを見回す。延々と続く何もない景色の奥の、奥の奥の…途方もなく遠くの方に、うっすらと煙のようなものが立ち上がっているのが見えた。


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