Long story
「あっれー!?ヘッド様じゃね!?」
そんな複雑な気分を吹き飛ばすように、背後から叫び声が聞こえてきた。
この声には、聞き覚えがある。
「あーっ、巻き込み自殺女子大生…!」
秋生が振り返ってその存在を認識する前に、桜生がそう声をあげた。
振り返ると、こちらに向かって手を振る女性の姿があった。秋生はその女性について、島の外の観光地で「うらめしや…」と観光人を呪っていたことくらいしか覚えていない。
だが、その隣の人物は忘れたくても忘れることができない。女子大生と仲良く恋人繋ぎをしている……そう、恋の伝道師こと佐藤。
「お前らも死んだのか?」
「違いますよ。地獄までちょっくら家族旅行に来たんです」
「家族旅行ぉ?」
シャキッと敬礼をする桜生に向かって、恋の伝道師は理解不能と言わんばかりの表情を浮かべる。普通の反応だと思う。
しかしその一方で、女子大生の方はケラケラと笑い出す。今の言葉の一体どこに、笑う要素があっただろうか?
「あははっ、家族旅行のスケールがすげーな!サイコー!」
「ハニー、よくそんなにすんなり受け入れられるな…」
あ、嫌だ。ハニー嫌だ。
誠に失礼ながら秋生は瞬時に嫌悪感を感じ、ブルッと震えた。
「いやだってダーリン、あたしらの恋のキューピッドだよ?ビッグカップルは恋のキューピッドもぶっ飛んでるもんじゃね?」
「…なるほど、確かにそうだな。俺たちベストカップルを繋ぐキューピッドともなれば、地獄に散歩するくらいじゃねぇとな」
ダーリンも寒い。
自分達でビッグカップルとか言っちゃう辺りも嫌だ。果てには、ビックカップルには地獄を散歩するくらいのキューピッドじゃないと、という点についてはもう意味不明だ。
「あ、せっかく会ったんだから、ダーリンの詞のひとつでも聞いてく?」
「そりゃあいいな。ハニーに向けた愛の詞……」
「ぎゃあー!先輩先輩先輩先輩!!」
「うわっ」
佐藤のポエムが始まりそうになった瞬間、秋生は一目散にその場から逃げ出す。動かない体が驚くほどに瞬時に反応し、華蓮にも引けを取らないような速さだった。
他の面々からどう思われようとどうでもいい。逃げ出した秋生は、華蓮の都合などお構い無しにその体に抱きついた。
「すげぇ拒否反応だな…」
「兄さん知ってた?秋生、歯の浮くような台詞が死ぬほど苦手なんだよ」
「ああ…そうなのか」
苦手んなんだよと説明している暇があったら。そうなのかと納得している暇があったら。
誰か早く、伝道師のポエムを止めてほしい。ただでさえ疲労困憊なのに、このままでは根こそぎ生気を吸われてしまう。
「……せっかく恋人が出来て聞かせる相手が限定できるのに、そんなに不特定多数に聞かせてもいいのか?特別感がなくなるぞ?」
「確かに…それもそうだな。これはハニーだけに捧げるものだ。お前たちなんかに聞かせたら勿体ない」
伝道師と行動していた時から、その扱いが上手い節はあったが。今のファインプレーを前に、秋生には李月が神様のように見えた。
お前たちなんか、と言われたことは多少癪癇に触らなくもないが。それでポエムが止まるならば、お前たちなんかでも、馬鹿でも貴様でも何でもいい。
「みんなー、置いてっちゃうよー」
春人の声が少し先から聞こえる。
秋生たちが立ち止まっている間にも、相澤家は足を進めていたようだ。いつの間にか、大分と距離が空いてしまっていた。
「じゃあ、僕たち行くね」
「おー、楽しく生きて楽しく死ねよ!あたしたみたいにっ」
「まぁ俺たち程のビックカップルになるのは無理かもしれないが、仲良くな」
「はーい。2人も仲良くね…って、言うまでもないか。じゃあねーっ」
この流れではもう、ポエムを聞く心配もないだろう。華蓮に抱きついたままだった秋生も顔をあげて、桜生と一緒に手を振った。
それから小走りで春人たちに追い付き、再び歩みを並べる。が、その後も何度か足を止めることになるこどなど…秋生たちはまだ知る由もない。
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mokuji
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