Long story


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 今、声がした?

 それも、ふたつ……。


 誰だ………?


「秋生、杭を打ってあげて」


 え?

 ……そんな。

 まさか、そんな………。


 本当に?
 でも…………………いや、今は。


「……尻尾を」

 炎ではなく、尻尾。強固な尻尾。
 鋼のように固く、固く、固く、固く……。

「良狐!!」

 ずぷんっと、スライムに尻尾が突き刺さった。しかしスライムの性質上、せっかく固く打ち付けた杭が安定しない。どうしてもぐらついてしまう。
 これでは…。

「琉生、補強を」
「…………分かった」

 秋生の背後に向かって目を見開いていた琉生が、何かを吹っ切るように一度首を左右に振ってから真剣な表情になった。そしてその視線がスライムに向いた瞬間。
 ガチッと、杭が固まった。



「華蓮、あれを」

 誰かにそう言われ、華蓮が狙いを定めたのが分かった。手にいつものバット。
 隣には、いつもの子供。

「亞希」

 ああ、やっぱり。
 疾いな…と、そんな呑気なことを考えている間にも。華蓮は秋生が打ち付けた杭に向かってバットを振り下ろしていた。
 ひとつ、ふたつ、みっつ…。ガツンッ、ガツンッとーーシャボン玉のような、ガラスケースのようなものが包み込む…いや、あれは。檻と言った方がいいかもしれない。

「真柚、仕上げだ」

 華蓮がすとんと降りてきた。
 誰かがそう声をかけた先の真柚は、亞希を華蓮に戻したことで頭から真っ逆さまに落ちている所だったがーー…。
 ドゥンッ!!と、銃声と共に真柚の体を何かが貫いた。そして一瞬で逆さまになっていた体がひっくり返り、そのまま再び、固められた結界へと向く。

「全くッ、人使いが……荒い!!」


 ズドンッ!!

「うわっ…と」

 華蓮が作った檻を真柚がひと蹴りし、地面に落下した。立っているのもやっとな秋生がそんな衝撃に耐えられるわけもなくひっくり返り返りそうになるが…例によって、華蓮がいつの間にか支えてくれていた。
 普段ならこの場ですぐにお礼を言う所だが……今は、空から目が離せない。真柚はまだ上にいる。

「まゆー、2発目いくぞー」

 ドゥン!!
 またしても銃声、その弾丸が背中を抜く。
 そしてまた、真柚に蹴られた檻が落ちてくる。ドスン、ドスン…と、最後のひとつ、最初に出来た一番巨大なものを残して、全てが地上に落下した。

「……ああくそっ、もう持たねぇ!割れる!!」

 琉生が苦しそうに叫ぶのと同時に、ビリビリっと最初の結界にヒビが入る。
 無理もない。2人でも厳しいと言っていた最初のひとつを1人で保っている挙げ句、それとは別にあっちもこっちも補強の結界を張っているのだ。

「手伝ってやろう」
「……ああ、くそ。どうにでもなれ」

 グサッと、投げやりな声を上げたその背中に容赦なく刀が突き刺さった。
 それは、この間見た光景と全く同じだ。

「ーーー」

 ひび割れから、何かが出てくる。
 見たこともない程に綺麗な、オーロラのようなものが溢れ出てくる……間違いなく、これは呪いだ。それも、素晴らしく美しく、そしておぞましい程に強力な呪いだった。
 背中の刀をズブッと抜かれふらつくと、隼人がそれを支えていた。琉生に酷い顔で睨まれていたが、まるで気にしている様子はなかった。

「えっぐいなぁ………」
「人のことを言えた義理か…。こっちの都合も知らずに打ちまくって、こっちは一生分動いたって言ってるだろ…ッ!」
「えっ、そ、そんなの知りませんけ…ってぇ!!」

 すとんと降りてきた真柚は一目散に銃を構えている人物ーーあれはもしかして、春人の2番目の兄だろうか?その人物に向かって、蹴りをかましていた。
 よく見るとそれだけではない。
 ぽかんとしている桜生と春人。それから、少し苦笑いの李月、深月、侑と、双月……だろうか?どうして世月の格好なのだろう?
 後は、地獄に飛ばされる前に見た大人たち……と、そこにはいなかった人物。だが、その顔は卒業アルバムで見たから知っている。
 なんと、勢揃いではないか。

 いや、まだ。
 まだーーーーそれだけでは、ない。



 先ほどは、目の前のことに集中するべく聞こえきた母の声を後回しにした。けれどやはりそれは、聞き間違いではなかった。

「……母…さん?」

 今の今まで、母は成仏したのだろうと思っていた。再開してからの父は、一度も母の話をしなかったから。
 母は成仏して、自分達を見守ってくれているに違いない。だから遠い先、自分が死んで成仏したら…また会えるな?と。
 桜生と。そんな話を、一体何度しただろう?

「秋生」

 今、目の前に……いる。
 そう自分の名を呼ぶ声は、間違いなく……柚生、母だ。

 いつか、会えるかな?と。

 いつか……。


「久しぶりだね。ずっと寂しい思いさせ……うわ!?」
「母さん!!」

 何か言い終わる前に、秋生はその体に向かってダイブしていた。しかし、小柄な柚生がそれを受け止められる筈もない。秋生が抱きついた勢いをそのままに、柚生は地面に尻餅をついた。だが、その手はしっかりと秋生を抱き締めている。

「あたた…」
「ごっ…ごめんっ」

 つい勢い余ってしまった。秋生が謝ると、柚生はすぐに首を横に振る。その笑顔は……紛れもなく。秋生の大好きな、母の笑顔そのものだった。
 だから、柚生が秋生に何か謝ろうとしていたことなど…そんなことはどうでもよかった。そもそも謝られることなど何もないのだから、これ以上聞くつもりもない。

 また会えた。
 それが本当であるなら、それだけでいい。


「……どうして、母さんが…」

 琉生の声に振り返る。先程、最初に柚生の声を聞いた時にも驚いていたことから、琉生もその存在を知らなかったのだろう。
 秋生が振り向いて見た今の琉生の顔もやはり、驚きを隠せない様子だった。

「お父さんの呪いを守るために、ずっとここにいたの」
「だから…見つからなかったのか…」
「……琉生、貴方には…」
「いい。いいよ、分かってる。分かってるから」

 秋生にはその会話の意味が分からなかったが、その説明で琉生は納得したようだった。そして琉生も秋生と同じように、柚生の言葉を遮った。秋生の場合は意図的ではなかったが、考えてることはきっと同じようなものだろう。
 そんな琉生に柚生は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに頭を切り替えたようでいつもの笑顔を向ける。そして、両手を差し出した。

「じゃあ、久しぶりのバグ」
「……いや、俺は。そんな年じゃないし」
「あらやだ。親子のバグに年も何もないでしょうに、誰の悪影響?」
「それは隼人」
「まず間違いなく隼人」

 少し遠くから横槍が入る。真柚と幸人は冗談めかしたものではなく、至って真剣な表情でそう口々に言った。
 琉生の体を支えている隼人は思い切り顔をしかめるが、否定の言葉を述べないということは本当なのだろうか?琉生は苦笑いを浮かべていた。

「ふむ…それならまぁ…仕方ないか」
「仕方ねーのかよ。柚生ちゃん、隼人に甘過ぎ」
「あら、だって仕方ないじゃない?久しぶりに会ったと思ったら…見てあれ。あんなの放てるようになってるなんて……はぁ、うっとりしちゃう」

 と、柚生が上空に浮かぶスライムに施されている呪いを見ながら、本当に頬を綻ばせんばかりの表情を浮かべた。
 素晴らしく美しく、そしておぞましい程に強力な呪いのかかった結界。スライムはびくとも動かない…いや、もう決して動くことは出来ないだろう。それ程に強力で、そしてしつこいが本当に美しい。
 柚生の気持ちが、秋生には凄くよく分かる。

「琉生に掛かってる呪いもまた絶品ね」
「呪いに絶品なんてねぇだろ。隼人の恨み辛みなんて、見たくもねぇわ」
「あら馬鹿ね、この呪いはそんな…」
「柚生ちゃん」
「………ふふ。まぁそういうことにしときましょ」

 隼人が言葉を制止すと、柚生は楽しそうに笑う。琉生は顔をしかめるが、掘り下げようとはしない。
 この呪いはそんな…何だろうか。
 秋生は上空に浮かぶものと、琉生に纏わっているものを見比べた。美しさはどちらも引けを取らない。違うのは、そこにおぞましさが在るか、否か。
 ……おぞましさがないもの。
 秋生は最初に琉生の呪いを見たとき、負の感情以外の呪いは見たことがないから…きっとこれもそうなのだろうと思った。しかし今、上空に浮かぶものと比較すると……やはりこれは、負の感情以外で呪われているとしか思えない。同じ人間の呪いにしては違いすぎる2つ呪い、それでいて威力は同等。それを可能にするのならば、その違いを作り出すのはそこに込める感情の在り方だけだろう。
 改めてそう考えみると。そもそも恨み辛みで呪われているものに同じ恨み辛みを掛け合わせ、跳ね返すことなど出来ないのではないか?と、典型的なことに思い至る。
 恨み辛みではない感情で、それと同等の威力を成すもの。即ち、恨み辛みとは真逆のものーーー。

「あ!そうか!」

 秋生は突然思い立った。
 琉生に纏わっているものが、一体どんな呪いなのか。それがどんな感情で成されたものなのか。
 そのに在るのは、憎しみと紙一重で裏返しのものだ。

「どうしたんだ?」
「先輩!俺もあれがいいです!」
「はぁ?」

 突然声をあげた秋生を、華蓮が心配そうに見下ろしていた。しかし、秋生が更にそう声をあげると、その表情が訝しげなものになった。

「これじゃなくてあの呪いがいいです!」
「……馬鹿かお前?」

 未だに巻き付いている腕の呪いを差し出すと、いよいよヤバイものを見るような目で見られた。しかし、スイッチの入った秋生は止まらない。

「でもだって、あれ凄いんですよっ。見た目の綺麗さも去ることながら、その実体も……ああでも、俺には先輩にあそこまで呪われる程の自信はないかも…」
「自信…?……いやそもそも、俺にはあんな呪いは扱えない」
「それは大丈夫ですよ。上の呪いはともかく、あっちの呪いは技術とかより感情の問題です。……ので、どちらかというと頑張るのは俺ですね」
「……もう鬱陶しいから、好きにしろ」
「はい、好きにします。頑張ってあんな呪いかけて貰えるよう精進しますね!」

 変に意気込んでいる秋生だが、実際は今更何を頑張ることもない。その願いを叶えたければ、ただひとつ、目の前で訝しげな表情の華蓮にその事実を伝えればいいだけのことなのだ。
 しかし秋生は、そんな簡単なことにも気付かない。そのため、その願いが叶うのがいつのことになるのかは定かではない。

「琉生、お前の弟やべぇんじゃねぇの?」
「言うな。もうそれ以上何も言うな」
「あの子の場合、あれに加えて呪う才能も兼ね備えているからな。もっと質が悪い」
「柚生ちゃんより質が悪い…?可愛い顔して末恐ろしいな…」

 幸人の言葉に琉生が頭を抱え、それを支えている隼人の言葉に真柚が気の毒そうな顔をして呟いていた。
 その光景がとても自然体で、仲が良さそうなのはいいことだと思う。しかし、人を見てヤバイと言ってみたり、もう手遅れだみたいな顔をしてみたり、質が悪いと言い切り、挙げ句に末恐ろしいとは失礼極まりない。

「失礼ね貴方たち。そんなこと言って、こんな厄介なもの引っ張り出し来て…私なんかよりよっぽど質が悪いのは一体どの子?」

 柚生が上空を指差した。
 あんな厄介もの……どうやら柚生は、あのスライムの正体を知っているようだった。

「俺と秋生は違ぇぞ。華蓮と真柚だ」

 いの一番に琉生がそう声を出す。近くにいた真柚を指差すと一斉に視線が真柚に向き、続けて華蓮を指差すと今度は華蓮へと視線が集まった。

「そうなのか?」
「……だってそこにあったから…」

 蓮の問いかけに、琉生と秋生が問い詰めた時と全く同じように声を揃えている。それも同じような、罰の悪い顔を揃えて息の合っていることだ。
 そんな2人を前に、問いかけた蓮は苦笑いを浮かべていた。

「琉生か秋生なら私の仕事だったけれど、それならここは蓮くんに片付けてもらうとしますかね」
「え?何で?」
「子の尻拭いは親の仕事。そもそも、子供に尻脱ぐって貰うためにこんなところに連れてきてるんだから、それくらい当たり前」
「……」

 ビシッと指を差され、蓮は押し黙った。 

「後は…貴方たち、魂は回収したの?」
「それなら秋生が」
「私も持ってる」
「じゃあそれは大輝さんに」

 柚生に言われ、秋生と真柚はそれぞれ回収した魂を大輝に差し出した。その時に、その手の中に他の魂も揃っていた。
 一体どんな組分けで分かれていたのかは分からない。ただ、ほぞ全員が揃っている状況で集まっている魂が5つというのは少しだけ不思議だった。

「……あと2つ?」
「ううん。双月先輩チームは壊したらしいよ」
「えっ、こ…壊した?」

 大輝の後ろから春人がひょこっと顔を出した。秋生は突然春人が出てきたことよりも、その言葉の方に驚きを隠せない。
 魂を壊した…とは。そんなことをして琉佳は大丈夫なのだろうか。

「1つ壊れてもどうということはないから大丈夫」
「よかった…」

 大輝の言葉に、秋生はほっとする。
 しかし…仮に1つ壊して6つだとしても、やはり1つ足りない。

「この場所は地上と地下に分かれていたから2つあったとして…やっぱり、最後の1つは下ですか?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「となると、流石にこの大所帯で押し掛ける訳にはいかなですね。私はここから動けないし、案内も出来ないから…かなり危ないですけど……どうします?」
「僕は全員を送り返すから……さて、誰が死にに行ってくる?」

 柚生と大輝の視線は、どうする?と聞きながら眺めるようなものではなく一点集中。
 大輝の視線は瀬高に、柚生の視線は蓮に。向けられた当人たちは、思いきり顔をしかめている。

「全然問いかけになってない…」
「今の今まで空気だったのに…」

 顔をしかめながらも、反論する気はないらしい。…もしかしたら、反論することが出来ないのかもしれないが。
 どちらにしても、なんだか気の毒になてしまうような状況だ。しかし、他の大人たちは誰もそれを気の毒そうには思っていないようだった。

「じゃあ帰ろうか」

 大輝がそう言い、どこからともなく鍵を取り出してきた。
 何だか急展開だな…と思うと同時に、今しがたの柚生の言葉が頭を過った。「私はここから動けないから…」ということは、柚生とはここでお別れになるということだ。

「……母さん」

 さようなら?またね?
 ……また、会うことが出来るのだろうか?


「3人とも、いい子でね。次に会う時に不良なんかになってちゃ嫌よ」


 次に……会う時に。


「…今さら、そんなことなんない」
「秋生はどうか分からないよー。夏川先輩に合わせて金髪にしちゃうかも!」

 秋生が答えると、後ろから桜生が顔を出してくる。

「いやしねぇし。むしろ桜生の方がお揃いーとかってしそうだろ」
「……お揃いか…ありかな?」
「ありじゃねぇよ。んなことしてみろ、即効黒染め持って押し掛けっからな」

 今度は琉生が顔を出してきた。
 そんな様子を見て、柚生は「やあね」といいながらくすくすと笑っていた。
 母の笑顔。大好きな大好きな、母の笑顔。
 ずっとずっと、忘れたことはない。

「桜生、最後に」
「え?」
「ちゃんとお父さんに伝えてね」

 柚生はそう言って、桜生と握手を交わしていた。秋生にはその意味がよく分からなかったが、桜生は握手を交わした手をじっと見つめてから…静かに頷いた。

「じゃあ、またね」
「……うん」

 またね。


 次に会う時にも、きっと。
 そんな笑顔で。


 振り返ると、扉が開いていた。
 それから再び母の方へと振り返ることはせず、3人はその扉へと足を踏み出した。


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