Long story


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 霧が消える。
 そこに在った記憶も消える。


「……華蓮は最後の切り札だ。だから、絶対に守らないといけなかった」

 秋生は琉生の腕から手を離すことが出来なかった。
 ぎゅっと握ったまま、語られる言葉に耳を傾ける。もう記憶も何もなくなってしまった場所を、ずっと見つめながら。

「睡華さんには、特別な呪いとそれをはね除ける力が掛かっている。それは息子である華蓮と…それから、睡蓮にも」

 それはきっと、鬼神家の全員が呪いで死んだ際に睡華だけが生き残ったという…その呪い。そして、それから守られた力のことだろう。
 秋生は詳しく聞いたわけでない。華蓮も、そこまで詳しいことは知らないようだった。

「それが繋がりとなっている限り、互いの記憶が矛盾していれば華蓮と睡華さんを同時に手に掛けることが出来ない」
「……だから、先輩から記憶を…」
「睡華さんから記憶を消すと、呪いの加護に影響があるかもしれなかったからな。華蓮から消すしかなかった」

 消す。という、その言い回しが引っ掛かった。

「…その記憶は……」
「封印じゃなく完全に消し去った記憶は、二度と戻らない」

 戻らない。知らない。

 自分に、家族がいることも。
 あんなに大切に想っていた、家族なのに。

 失った悲しみさえ、知らない。


「本当は、蓮さんが真柚の立場になる手筈だった。でも真柚は華蓮にも……睡蓮にも、両親は必要だからって言って…結果があれだ」

 華蓮だけではなく。まだ会ったこともない…もう家族になり得ることもない、睡蓮のことも考えて。
 自分が華蓮からーーその家族から、消えることを選んだ。

「真柚にとって睡華さんと蓮さんは、欠けがえのない両親だった」
「………でも、もう…それも…」
「あの二人が、真柚の両親になることは一生ない。それでも真柚は、華蓮から両親を失わせない方法を選んだ」

 例え奪われたとしても。
 いつか、どちらも取り戻せるように。

「蓮さんはめっちゃ怒ってたけど」
「そうなのか?」
「お前は分からないだろうけどな。睡華さんが蓮さんを宥めるなんて、俺は多次元宇宙に迷い込んだのかと勘違いしそうになったくれぇだ」
「よく分かんねーけど、とにかく凄かったんだろうなってことは伝わった」
「そうか。…でも結局、完全に消しちまった記憶はもう取り返しがつかねぇし、どうしようもなかった」

 両親を失わないために。
 犠牲になった存在は、その犠牲すら知られることはない。

「だから秋生」
「……うん、わかってる」

 二度と取り戻せないものを語ること程、酷なことはない。
 だから、ちゃんと分かっている。
 自分がどうするべきなのかは…決してこのことを、語ることをしてはならないと。
 ちゃんと、分かっている。

「どのみち帰りゃ忘れんだから、それまで我慢しろ」

 琉生が秋生の頭をぽんぽんと叩いた。秋生はまだ、琉生の腕から手が離せない。
 華蓮が二度と感じることのない悲しみを一心に請け負うと同時に、自分の中でざわつく何かがある。
 まるで…自分が何か、大切なものを失くしてしまったような。そんなざわつきを、感じる。


「あに……!?」

 ぐらりと視界が揺れる。
 そのせいで何でか胸がざわつくと、琉生に伝えようとした言葉は最後まで続かなかった。自分がおかしくなったのではなく、突如地面が不安定に揺れたからだ。

「……上か?」
「え?…下だろ?」

 地面に転がる小さな石が小刻みに揺れていることから、揺れているのが地面だとハッキリと分かる。しかし琉生は上を見上げて険しい顔をしていた。
 
「いいや、上だーーー秋生!!」
「ええ!?」

 腕を引かれる。
 刹那。

 ドバァアアアッ!!

「ええええ!?」

 大量の水が空から振ってきた、否、洞窟の天井に突如大穴が空き、そこから水が流れ込んで来たのだ。それも一ヶ所ではなく、同時に何ヵ所も。
 琉生に腕を引かれたことで、流れ込んできた滝のような水のひとつの直撃はどうにか避けることが出来た。それでも地面に叩きつけられた水の飛沫を浴び、あっという間にずぶ濡れになってしまった。

「おいおい、まだ何もしてねぇだろうがよ!」
「じ、地獄の侵入者警報的な!?」
「地獄にんな高度なこと…」
「一概に違うとは言えねーだろっ」
「…ああくそっ、取りあえず逃げ……止まれッ!!」
「わぁあああ!?」

 慌ただしく走り出したかと思うと、今度は急ブレーキ。秋生にそんな臨機応変な対応は出来ず、思い切り琉生の背中に激突してしまった。しかし琉生も流石で、それで一緒に前のめりに転んでしまうことはなかった。
 顔からぶつかってしまった為に痛む鼻を押さえながら、秋生はその背中から顔を覗かせる。

「な………なに……」

 流れ落ちてきた水がずるずると、あちこちで本来の流れに逆らい動いている。秋生はその時初めて、その水がただの水ではなく少し赤みがかった何とも気持ちの悪い色をしていることに気がついた。
 その水がどんどん一ヶ所に集まって、まるでスライムのようにうねうねと動きながらひとつにまとまって大きくなっていく。数秒もしない間に、モビルスーツをも凌ぐ大きさになっしまった。

「うへぇ…こんなもんどうしろってんだよ…」
「逃げるが勝ち?」
「それじゃあ、父さんの魂が……いやでも、あれは無理、絶対に無理。じゃあやっぱり逃げるか……?…でも」
「兄貴、どうすんのか早く決めねーと」
「うるせぇ。そう簡単に…」

 
 たたたっと、塊の前を何かが横切った。

「え?」
「は?」

 秋生と琉生は同時にその何かを目で追う。
 見覚えのある後ろ姿、プリーツスカートのツインテール。こちらを振り返ることなく、軽快な足取りで走っていくではないか。

「こっちはミスリードか…」
「え?」
「あれが父さんの魂だ。今のあいつは側に蓮さんか華蓮…それから睡蓮の誰かがいないと、家の外か出られない」

 そう言われてみると、鈴々が外出するのは睡蓮が一緒の時だけだ。最近はその頻度も増え、そういう時は蛇の置物が代わりに呼び鈴役をしているのも見慣れてきたものだ。
 てっきり秋生は、華蓮が見張り役でも頼んだからだと思って……実際にそれもあるのだろが。とにかく、あんまり普通に外出しているものだから、まさか条件付きでしかあの家から出られない等とは思ってもみなかった。

「……でも、じゃあ…これは?」

 あれがミスリードならば、このスライムは何だというのだろう。
 もしも秋生と琉生があのくすんだ結晶に触れていたのなら、ミスリードの結果予期せぬハプニングに見舞われても不思議ではない。しかし確かに2人は、まだ結晶には触れてはいなかった。

「お前の言う通り、侵入者警報の可能性大だな」
「……もしそうなら、やばいんじゃね?」
「そうでもそうでなくても、この状況は既にやべぇだろ。とにかく鈴々を追うぞ」

 琉生はそう言うと、鈴々が去った方へに向かって走り出した。それが合図というように、スライムが動き出す。そうなると、秋生も走り出さざるを得ない。

「転んだら一発で呑み込まれっからな!絶対に転ぶなよ!」
「そ、そういうのフラグって言うんだぞっ」
「んな冗談言ってる場合か!」
「冗談じゃなっーーー」

 ああほら、みたことか。
 フラグを立てた瞬間に回収する。それが秋生という生き物だ…なんて、馬鹿なことを考えている暇はない。
 もう頼みの綱はひとつ。それでどうすればいいかなんて分からないが、こんなものその場の勢いでどうにかするしかない。

「らーー良狐!」

 地獄で神使が出せるのか。
 というところまで、秋生の頭は回ってはいなかった。

「やれの」
「わぷっ!?」

 転びかけた所、毛布に飛び込むようにばふんと良狐の体へと飛び込んだ。
 ……体へと?

「……秋生お前、こんなことまで出来んのか」
「え?」
「こやつは意外とその手の才があるのじゃ。それ、そなたも乗るがいい」
「え?」

 乗る?
 秋生は首を傾げながら顔をあげる。すると、琉生がひょいと飛び乗ってきた所だった。
 ……飛び乗ってきた?

「助かった」
「えっ…はっ、ええ!?」

 琉生が礼を言いながら頭を撫でると、狐の姿の良狐は気分が良さそうに目を細めた。そんな、琉生が至って冷静な様子でいる一方で、秋生は全く状況を理解していなかった。
 いや、分かってはいるのだ。 
 自分がと琉生が真っ白い狐の背中、良狐の上に乗っていることは。
 理解出来ないのは。その良狐の姿がいつもの狐の姿でありながら、その大きさが狼になった夕陽程か…それ以上のものだというそとだ。

「何を面食ろうておるのじゃ。お主がやったことじゃろう」
「おっ…俺が!?どうやって!?」
「いやお前、こうするために呼んだんじゃねぇのか?」
「まさかっ。とりあえずどうにかなれって思って呼んだだけで…」
「どうにかなれでこれかよ…。呪いのセンスといい、妙なところに才能隠し持ってんな……」

 琉生は驚いているのか、若干引いているのか分からないような顔をしていた。秋生はやっぱり理解していなかったが、とにかく助かったのだから何でもいいと思った。
 それに、相変わらずスライムは迫ってきているし、おまけに今も尚あちこちから落ち続けてる水を次々に取り込んでみるみる巨大化している。一時的に助かったとはいえ、早いとこどうにかしないとどのみち呑み込まれてしまう。

「それで、どうするんだ?」
「まずは鈴々を追って魂の回収をしたいが、追えるか?」
「追うのは容易いが、捉えられるかはこやつの持久力次第じゃ。何せここは地獄であるからの、消耗もひときわじゃろう」
「なら、あのスライムを躱して出口を探した方が得策ってことか…」
「隙間に入れば少なくともこの大きさでは追ってもこれまいて。その方が安泰ではあるじゃろうの」

 残念ながら、秋生は2人の会話に付いていくことが出来ていない。

「……つまり?」
「ここまま鈴々を追ったらきっと、すっげぇ疲れる。それでも追うか、それともひとまずこいつを巻いて出口を探すか」

 琉生の言う「すっげぇ」とはどれ程か、それは他の言葉で説明されたとしても秋生には上手く想像するとことが出来ないだろう。そうなってみないと、自分にとってどれだけの負担なのかも分からない。
 だから、今はそんな想像できない負担を懸念していても仕方がない。それよりも、目的を見失う前に捉える方が先決だ。

「狸さんを全力で追…うわぁ!?」

 秋生がそう答え終わる前に、良狐は一気に加速した。
 ぐらっと背後に倒れそうになるのを琉生に支えられ、抱きつくようにして良狐へとしがみつく。ぐんぐんと流れる景色に追い付かず、目が回りそうになる。
 華蓮はいつもこんな景色を見ているのだろうか?…と、秋生はこんな時でも、呑気にそんなことを考えているのだった。


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