Long story


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 縁側と、最近増えた池。そして金木犀までもが霧の中に現れた。
 これがこの場所に存在し得ないもの?
 その縁側には、子供が2人立っている。1人は小学校低学年くらいの背丈だが、髪の色が真っ赤な為に中々なファンキーさを醸し出していた。そしてもう1人は小学生にもなっていなさそうな幼い子供だが、こちらは黒髪なので至って普通の印象だ。
 霧のせいで、どちらもその顔がよく見えなかった。

「こりゃあ、蓮さんの記憶か…」
「先輩のお父さん?」
「ああ。……でも…」

 琉生はどこか腑に落ちないという顔で、記憶を見ていた。それが何故か理由は分からないが…もしも本当にそうなら、あの子供の内のどちらかが華蓮ということだろうか?
 だとするなら、もう一人は誰だろう?近所の子供?
 そもそも、どちらが華蓮なのだろう?髪の色的には幼い方が濃厚だが。こんな小さい頃から世月を怒らせてばっかりで、挙げ句に赤色にされた…という説も、あり得なくはない。

「父さんに作って貰ったゲームの棚、母さんにバレてなくされただろ?」
「そうだな。だから私の言った通りだったろ?すぐにバレるって」
「うん。でも1回バレてなくされたから、もう目は付けられないだろ?」

 その会話で、幼い子供の方が華蓮であることが分かった。うっすらと見える顔が、悪戯に笑う。

「それを私に言ってどうしろって?」
「まゆが新しいの、作って」

 まゆ?

 一体誰のことだろう?
 朧気に見える顔に見覚えがあるような気がしないでもないが、思い出せない。

「それでまた見つかったら、私まで叱られるだろ」
「大丈夫。見つからない」
「根拠は?」
「ない。けど、可愛い弟が言うんだから間違いない」

 弟?……誰が?誰の?

「本当に可愛い弟は、バレたら叱られるような事に素晴らしい兄を巻き込まない」
「本当に素晴らしい兄は、自分で素晴らしいなんて言わない」
「ふぅん?」
「………。…こんな所になんて素晴らしい真柚お兄様」


 真柚?


「お兄様なんて気持ち悪いからやめろ」
「じゃあどうしろと」
「どうもしなくていい。……今回だけだからな」
「やった。ありがとう、まゆ」

 華蓮がとびきりの笑顔を向けると、まゆ、そう呼ばれていた子供。鬼神真柚が同じように笑顔を返していた。
 これは一体、どういうことだろう?

「…兄貴……」

 秋生が戸惑いの眼差しを向けた先にの琉生は、とても悲しそうな表情を浮かべていた。
 それを見て秋生は察した。
 今目の前に広がっているこの光景が、決して嘘偽りの記憶ではないことを。

「……まだ続きがある」

 琉生にそう言われ、秋生は視線を戻した。
 いつの間にか見慣れた縁側は消え、今度は見慣れた玄関が霧の中に出現していた。



「まゆ、本当にいいの?」

 この声は知っている。今と変わらず玄関に佇む、狸の置物だ。
 その前に、先程の真っ赤な髪の子供…真柚が立っていた。そしてその隣には、華蓮はと違う子供がいる。背丈は真柚より少し高いくらいで、きっと年齢は真柚と同じくらいだろう。


「……ああ、そうか。これは鈴々の記憶か…」
「え?」
「鈴々は蓮さんと契約してるから、琉佳さんの魂に引っ張られた記憶の中に鈴々のが混じってたんだろうな」
「狸さんの………」

 琉生はどこか納得したような顔をしていた。しかし秋生にとっては、これが誰の記憶であるかはあまり重要なことではなかった。
 それよりも問題は、これがどんな記憶であるかだ。


「蓮も睡華も、きっと凄く怒る」
「……いいよ。最近私は、父さんにも母さんにも怒られる間もなくなったからな」

 鈴々の言葉に、真柚は少しだけ困ったように笑った。

「まゆんとこは弟がやんちゃ過ぎっからなー」
「幸人の所だって似たようなものだろ。……まぁ私は、ずっとそうあればいいと思うけど」

 どうやら、真柚の隣にいるのは春人の二番目の兄のようだ。幸人が明るく話す一方で、それに返す真柚はどこか寂しそうに見える。

「………そうあるためには、真柚がいないと。たった1人の兄弟なんだよ」


 たった1人の、兄弟。


 鈴々が置物から、プリーツスカートの少女の姿になって現れた。どこか訴えるような視線を、真柚へと向けている。
 真柚はそれに対して、首を横に振った。

「いいや、1人じゃない。もうじき増える」
「え?」
「えっ?まじ?」
「ああ。この間隼人が母さんを見て、お前の所もまた弟か…って言われたから。間違いない」

 鈴々と幸人が顔を合わせて目を見開いた。そして一瞬だけ飛び上がらんばかりに喜びの表情を浮かべるが、すぐにどちらも真剣な表情へと変わった。

「だったら尚のこと、まゆはここにいなくていいのか?」
「そうだよ。まゆはここにいないと」
「いいや違う。だから私がいなくなるべきなんだ」

 真柚はそれを確信しているという表情だった。

「華蓮にとって両親は2人しかいない。けど、兄弟は私だけじゃない」


 兄弟。


 紛れもなく、兄であったのだ。


「だから華蓮から両親は失くさせない。例え奪われたとしても、いつか取り戻せるように、絶対に失くさせない」


 真柚はそう言い、鈴々と幸人へ強い眼差しを向けた。


「………分かった」
「………まゆがそう言うなら」

 鈴々と幸人が頷く。
 そして真柚がその場に座ると、幸人がその背中に手を当てた。鈴々は真柚の向かいに立って、息を吸う。

「いくよ」

 ぶわっと、風が巻き起こった。


「まゆ?」


 玄関の扉が開く。


「華蓮」
「なに…っ!?」

 真柚が名前を呼ぶと、不思議そうな顔をした華蓮がその呼び掛けに反応した。しかし華蓮は、何らかの力に阻まれて玄関から出ることが出来ない。

「華蓮、大丈夫」
「何?まゆ…?鈴々?何してんだよ…?」

 見えない壁に阻まれた華蓮は、その異様な光景に不安が隠しきれない様子だった。
 大丈夫と。真柚のその言葉を、明らかに受け止められてはいなかった。


「もう一生、会えないかもしれないけど」
「まゆ?……会えないって、何で…」
「会えたとしても、何も失くなってるけど」
「失くなってるって何が………まゆっ」

 バンッと、壁を叩く音が響く。
 華蓮は透明な壁に張りつくようにして、そこから先へ進もうとしていた。しかし、何度叩いてもその壁は壊れない。
 進めない。

「でも大丈夫」

 巻き起こる風が一層強くなった。
 竜巻のように立ち上ぼり真柚を巻き込んで、その姿を隠してしまう。

「まゆ、嫌だ、何で、っ!」


 華蓮が何度も壁を叩く様を見て、胸が締め付けられるような想いがするのは。自分が同じような経験をしたことがあるからだ。
 琉生が出ていくと知ったとき、泣きじゃくった。嫌だと嫌だとーーそれはその時だけのとこだったか?

 嫌だ、嫌だと。

 今の視線の先にいる、華蓮のように。


 誰かに向かって。


「………」

 秋生は思わず、隣にいる琉生の服の袖を握っていた。そうでもしないと、また自分の側から誰かがいなくなってしまいそうだった。
 一体何度、自分はそんな経験をしただろう?両親の時、琉生の時……頭が混乱する。


「だから、さよなら」


 さよならは嫌いだ。
 二度と、会えなくなるような気がするから。
 だから、そんなこと言わないで欲しい。


 家族なのに。



 さよなら、なんて。



「どうして、さよならなんて……まゆ、真柚!」


 ああ、本当にーーー


 ーーーー欠けがえのない、家族なんだ。



 その筈なのに。



「まーーー」


 ぷつんっと。
 まるで突然電池が切れた玩具のように、華蓮がその場に倒れ込む。真柚の周りを巻き起こっていた風が、ゆっくりとその勢いを納めた。
 その場に座っていた真柚が立ち上がる。そしてそのまま、ゆっくりと華蓮の方へ振り向いた。

「鈴々、どれくらいで目が覚める?」
「数時間くらいは掛かる」

 鈴々が華蓮の元へ近寄っていき、その小さい身体を重たそうに背負った。さっきまであった見えない壁は、もうすっかりなくなってしまっているようだった。

「意外と長いな…じゃあ今のうちに荷物出すか。幸人、手伝って」
「ん」

 幸人の返事を聞いた真柚が、鈴々に抱えられたその横を通り過ぎていく。まるでもう、華蓮のことなど見えていないように。

 通りすぎて行って、しまう。

 嫌だと。その名前を叫んでいた、華蓮の言葉は届かず。
 実にあっさりと……こんなにもあっさりと、失くなってしまうのか。


「まーゆずっ」

 バッシャア!!

「!?………はぁ!?」

 名前を呼ばれて振り返ろうとした真柚が、次の瞬間にはずぶ濡れになっていた。
 幸人は今の一瞬でどこからバケツを持ってきたのか。最初から水を入れて準備していたのか…それは分からないが。
 驚きから一変、怒りへと表情を変化させようとしている真柚。そんな真柚を真っ直ぐと見て、幸人はにへらっと笑った。


「ほら、もうこれで分かんないだろ」


 今にも怒り出しそうだった顔が、また驚きのそれに変わる。


「……そう、だな…」


 真柚は幸人に、笑みを返した。

 そして……。




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