Long story


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 その行き先が続くことはない。
 これは記憶だ。
 この光景を見ていた誰かの。
 見ていながら、何も出来なかったーーだれかの記憶だ。

「………どういうことだ?」

 以前、琉生が話してくれた内容とは大きく異なっていた。
 琉生は桜生の悲しみに引き寄せられた悪霊に取り憑かれ、奪われたと言っていた。しかし今の光景は…明らかに、違った。
 桜生の悲しみに引き寄せられたものではなく、最初からその場にいた……少なくとも、秋生にとっては家族のように思っていた誰かが、秋生からも、桜生からも、全てを奪って去っていった。
 そしてその後に自分の元へやって来て、同じように奪っていくのだ。

「カレン…君達はコスモスちゃんと呼ぶんだったか?」
「やめろ。カレンでいい」

 コスモスちゃんなんて、話が全く入ってこなくなるではないか…と思ったのは正にその通りだが。その名前が何の躊躇いもなくすんなりと自分の口から出てきたことに、華蓮は多少なりとも驚いた。
 自分とっては本当にもう、奪われた名前なんて何でもないことなのだ。何度も改めて思い直したのに、今もまた、改めてそう思った。

「ならそう呼ぼう。カレンがどうして、いつまでも君の恋人を殺せないか知っているか?」
「……いや」

 それは華蓮の問いの答えとしては程遠い…それも、質問に質問で返すという邪道そのものであったが。先にそれに答えろということなのだろう。
 華蓮は大人しく、その問いに対して首を横に振った。

「それはカレンと君の恋人との間に、記憶の矛盾を作るためだ」
「……記憶矛盾?」
「そう。君の恋人が持つ記憶。そして、カレンが全てを奪った時に得た記憶。お互いが持つそれに欠けたものがある限り、カレンは余程強大な力を持ってしない限りは君の恋人を断ち切ることが出来ない」

 秋生から、あの子供の話を聞いたことはい。
 それは、話す必要がないと思ったからではなく。

「そうさせないように、秋生から今の子供の記憶を封印しているとでも……?」


 華蓮の問いに、真柚は首を振った。


「封印ではない。消去だ」


 消去。


「………つまり」
「君の恋人は金輪際、ねねのことを思い出すことはない」


 ねね。
 秋生もそう呼んでいた。
 それがあの子供の名なのだろう。

 そして、秋生の大切な家族だった。

 その子供がいなくなることを。
 嫌だ嫌だと泣きじゃくる程に、大切な家族だった。


「それで、君の質問だがーー少なくともカレンは、どこからともなくやって来て突然あの子達から力を奪い、体を奪った訳ではない。最初からあの場にいた…とだけ答えておく」

 最初から。
 その最初とは、一体いつのことなのだろう?
 きっと、これ以上は何も答えてくれない。華蓮はその真柚の表情から、何故かそう確信した。

「そして……」
「分かってる」

 真柚が言わんとしていることは、言われるまでもなく分かっていた。

「秋生には言わない、絶対に」

 もう一人、大切な家族がいたと。
 仮に伝えたとしても秋生はそれを知らない。何を聞こうと、何度聞こうと、思い出せない。
 どう足掻いても完全に消し去った記憶が戻らないのならば。知ることのない家族の存在など、知らない方がいい。
 それに、きっと。
 自分もそう長くは覚えていないだろう。華蓮は何となく、そんな気がしてきた。


「とはいえ、奇跡が起きないとも言い切れはしないからな」
「奇跡…?」
「当たり前だが、いくら蓮さんだって君達の出会いの全てを意のままに操ることは出来ない。むしろ、あの子が君と同じ高校を受験しようとした時に妨害すべきか検討していたくらいだからな」

 あの子というのが秋生であることには間違いはないだろう。
 それに、状況から察して蓮が引き離そうとするのも無理はない。華蓮も未だにどうして、あの時はあれ程に恨んでいた秋生の顔を見てバットを抜かず、あまつさえ同じ部に誘った誘ったのかーー自分の真意をよく分かってはいない。
 ただ何となく放っておけなかった……そんな曖昧な状況下だったのだ。

「どうしてそうしなかったんだ?」
「どうしてだと思う?」

 真柚に問われ、華蓮は考える。
 答えはそれほど考えずとも、すぐに頭に浮かんできた。
 
「……逢うべくして、逢う?」

 全ての出会いには、必ず意味がある。
 それがいい事に繋がるとしてもそうでないとしても…必ず、そこには意味がある。だから決して、それを妨げてはいけない。
 人の出会いは一期一会と言う。
 その一期一会ひとつで、人生が大きく変わることもあるのだから。

「たったひとつの出会いがここまで物事を大きく動かした。もしも君が大鳥高校であの子に出会っていなければ、君が名前を取り戻すのにどれだけ時間が掛かっただろうな」

 もしも秋生と出会っていなければ。
 きっと自分は今も、自分の名前を受け入れられないままだっただろう。誰にもその名前を、口にして欲しくないと思っているに違いない。
 その先に母を救い出せば、その時にようやく取り戻せると信じていただろうか?本当に取り戻すことが出来たのだろうか?
 今の自分には、皆目検討もつかない。

「そう考えると、君達の出会いやその後の関係は奇跡と言ってもいい。それもたったひとつの奇跡ではなく、幾つもの奇跡が君達を取り巻いている」

 奇跡に取り巻かれている。
 そんなこと、考えたこともなかった。
 秋生に会えたことは偶然だと思っていた。それ以前に起こったことも、それから起こったことも、偶然かーーたまに必然的だと思うこともあったが。それでも、奇跡だと感じたことはなかった。
 もしもそれらの全てが奇跡だの言うのなら。まだそれは起こり続けるかもしれない、ということだ。

「信じるだけならタダだからな。信じ続けるのも悪くはない」

 いつか、完全に消し去られた秋生の記憶が戻ることも。有り得るかもしれない……少なくとも真柚は、そう信じていたいと思っているのだろうか。
 華蓮は、そう信じようと思った。

「それに奇跡なんて、案外簡単に起こるものだしな」

 真柚はそう言い、今もう消えてしまった家があった方に向かって歩き出した。華蓮はその背中を見ながら、ふと思う。
 全ての出会いに意味があり、それが会うべくして会うことであったとして。更にそれが奇跡であるかもしれないと言うのならば。
 今こうして、華蓮が真柚と一緒に歩いていることは単なる偶然なのか。それとも、奇跡なのか。
 そもそも、どうしてそんな風に思うのか。
 自分の中に真柚の記憶が存在しないと断言された時の、あの変な悲壮感のせいか。それとも名前に君をつけられた時の、どうしようもない嫌悪感のせいか。


「……そう言えば、わざわざ呼び方を聞いてきた割には全然使わないな」

 先程から真柚は華蓮のことを「君」と「君達」としか言っていない。
 思考の流れでたまたま思い出しただけで、何がどうと言うわけではないのだが。何となく、気になった。

「…華蓮?」
「別に、無理に使えってんじゃない」
「華蓮」
「いやだから…」
「違う、そうじゃない。あれを」
「あれ?」

 真柚から、その指差す方向へと視線を移す。
 最初に池から上がった時と、それからここが地獄であると聞いた時の2度。華蓮が辺りを見回したその2度とも、なかったものが存在していた。
 この干からびた土地にはとても不釣り合いな石畳。それを少し進んだ先に、玉座のようなものがある。そこに座る人物はいない。だが、その目の前には青白く光る丸みを帯びた結晶のようなものが、祀られているようだった。

「あれが魂なのか?」
「琉佳さんの魂にしては随分とくすんでいるな」

 石畳を歩き近寄ってみると、結晶のようなものの全容がよく分かった。といっても、遠目で見るよりもゴツゴツしていて、琉佳の魂の割に…という見解は華蓮にはよく分からなかったが。確かに、随分と小汚ないように思えた。

「……2?」

 華蓮は結晶げ祀られている台座のようなものに「A」と彫られているのを発見した。それ以外には、特に何の表記もない。そのため、この数字が表す意味も分からない。

「2つめ、ということか?」
「…もしくは、2番目?」
「その場合、先に1番を見つけるのが先決なんだろうか?」
「順番に?じゃあ、それを見つけるまでは取らない方がいいのか?」
「…だが、これが琉佳さんの魂ならどのみち取って帰らないといけないからな」

 確かに、どうせ取って帰らないといけないのなら、順番なんてどうでもいいと思えなくもない。
 だが、どうしてだろう。
 
「嫌な予感がする」
「奇遇だな。私もだ」

 何だか、このまま取ってしまってはいけないような気がしてならない。真柚も同じように感じたのならば、その勘は当たっている可能性の方が高い。
 華蓮と真柚はしばし顔を見合わせていた。別にテレパシーで会話をするでもなく、その表情でお互いを探り合うように。

「……取るか」

 2人の声が揃う。
 ここで何もせずこの結晶をじっと眺めていても仕方がない。何が起こるとしても、起こってみなければその対処法も分からない。
 ならば、やることはひとつだ。
 華蓮と真柚は、どちらが先ということもなく、ほぼ同時に結晶に手を伸ばした。

 ガコンッ。
 2人が結晶を持ち上げた瞬間、何とも縁起の悪そうな音がする。そして続けざまに、どどど…と、まるで雪崩でも起きたかのような爆音が響き始めた。

「池が…」

 雪崩のような音の正体は、そこら中にある池の水が一気に失くなっているからだった。池の底に穴が空いてそこから一気に別の場所へと流れ出したのか…凄まじい勢いで失くなっていく。
 華蓮は呆然と、その光景を眺めていた。

「果たしてこれが正解だったのーーー華蓮ッ!」
「!?」

 突然、頭をぐっと押さえつけられて強制的き屈まさせられた。刹那、ビュオッと風を切って頭上を何かが通過する。もしも屈んでいなければ、確実に首をもって行かれていた。
 一体、何がどこからーー誰が。
 華蓮はそれを確認すべく、顔をあげる。
 すると、先程までは誰も座っていなかった玉座に人が腰を据えていた。朧気だが……その姿は覚えている。

「………確か…家元の…」

 あの台風の日。
 華蓮が金木犀で飛び込んだ先にあった世界。そこで、華蓮の頭を鷲掴みにした正にその人物ーーー否、人ではなく。

 修羅の鬼。

 あの時にも感じた、全身がぞわっとするような感覚がする。とてつもなく巨大な妖気が、一瞬で辺りを包み込んだ。

「どうして知ってるんだ?まさか、調べたのか?だが、もう生き残りは誰もいないのにどうやって……」
「……それもある意味、奇跡…かもしれない」

 金木犀に飛び込んだら過去にタイムスリップしていて、そこで出会った。
 そう言えば、真柚は華蓮を信じるだろうか?…どうしてか、そんな浮世離れした話でも、真柚は信じてくれそうな気がした。
 だが、今それを語るには、少し時間が掛かりすぎる。だから華蓮は敢えて、簡単な言葉で済ませた。

「……そうか。ならその話は後で聞くとして、ひとつ問題がある」
「問題?」

 華蓮が首を傾げる。
 すると、真柚は先程の小汚ない結晶を華蓮の目の前に差し出した。

「さっきのくすんだ結晶は、ここにあるままだ」
「……そうだな」
「だがその一方で、間違いなく琉佳さんの魂だ」
「……ん?という事は…?」

 華蓮はそもそも、どうして修羅の鬼が唐突に現れたのかということを失念していた。というか、地獄であるが故に鬼が出てきても(それが辛うじてでも記憶にある鬼であることに驚きはしたが)別段気にもしてなかった。
 しかし今の真柚の説明で、その鬼がここにある筈のない存在であることを理解した。あれが琉佳の記憶からなる魂であり、自分達が回収しなければならないもの。
 だとするならば……。

「……それについても、後で考えることにしよう」

 つまり、ひとまず本当は触れてはいけなかった物に触れてしまった挙げ句に動かしてしまったかもしれないーーやらかし案件は横に置いておく。
 そして先ずは、本来やるべき事をやる。という事だ。
 

「凄い妖気だな…」

 いつまで経ってもビリビリと肌に感じる。
 漂う妖気に、全く体が慣れない。

「無理矢理とはいえ家元が繋げていた鬼だ、流石に他の雑魚とは格が違う。おまけに、執念深さも一級品だ」
「執念深さ…?」
「睡華さんに簡単にねじ伏せられ、当主の座を奪われてからも何度となく汚い手口で睡華さんを陥れようとしていた。些細なことからとても口にできるレベルじゃないことまで、どんなことも厭わずな」

 鬼神という血筋がどれだけ穢らわしい行いをしてきたのか。前に聞いた話だけでもう腹一杯だ。
 だから睡華がどんな仕打ちを受けたのか、はたまた受けかけたのか。華蓮は一生知らなくてもいいと思った。きっと睡華も、知って欲しくはないだろう。

「だからそれこそ、首だけになっても噛み付いてくる勢いだろうが…まぁ頑張れ」
「……他人事だな」

 真柚の口振りでは、さも自分は何もしないと言うような様子だ。

「一人じゃどうにも出来ないか?」
「……別に、どうとでもなる」

 わざと挑発するような言い方をされている事は分かっていた。しかし華蓮は、敢えてその挑発めいた言葉に乗ることにした。
 何か策があるのか、それとも単に面倒臭いだけなのか…真柚の真意は分からなが。一人でやれと言うのなら喜んでそうしよう。
 この間のーー頭を鷲掴みにされた借りを返す、絶好のチャンスだ。

「最初に言っておくが」
「何だ?」

 先程は頭の中で喋っていただけだったので、てっきり出てこられないか出てくる気がないのかと思っていたが。
 亞希はいつものように、隣に姿を現していた。華蓮が視線を下ろすと、同時に幼い自分の視線がこちらへと上がる。

「前回とは環境が違いすぎる。この妖気は払い除けることは出来ないがーーそれで満足に動けるのか?」

 電気のように頬を掠め、いつまでも消えない妖気。
 この妖気が行動の妨げなるということだ。

「問題ない。叩き潰す」

 亞希の言葉に返すと同時に、華蓮は一歩を踏み出していた。


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