Long story
自分達が化け物を退治して学校を半壊させたことなど可愛いものではないか…と、華蓮はそう思わずにはいられなかった。
それから、いくら死んでいるとはいえ自らの魂を分割させて地獄に解き放つなどーー最早、人間技ではない。どこの魔法使いだと言いたくなった。
しかしそんなことを突っ込んでも、致し方ない。こうなってしまったからには俄には受け入れ難い状況ををさっさと受け入れ、そしてさっさと魂を回収する他ないのだ。
「蓮さんに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいに逞しいな」
「父さん?」
「きっと今頃、出来ればこんなことやりたくないとか…今すぐにでも逃げ帰りたいとか…そんなことばかり考えているか、一緒にいる誰かに愚痴ってるところだろうな」
「ああ…」
容易に想像できる。
華蓮は蓮が本当にやる気を出して何かをやっているところを見たことがない。重要な何をする時にはいつも誰かに背中を押され、それでも弱腰なことを言ってやっていた。
凄いところは、それでも当たり前のようにやってのける所だったが。
「父さんが本気を出すとどうなるんだ?」
少なくとも華蓮は知らない。
しかし、華蓮よりも付き合いの長いであろう真柚なら知っているのかもしれないと思った。
「世界が滅ぶ」
「え」
「と言うのは半分冗談だが…少なくとも君を母から引き離す決断をしてからは、本気で頑張ってると思うけれどな。珍しく音も上げず……まぁ、たまに弱音は吐くけど」
弱音ーーと聞いて、華蓮は自分が琉佳に勝つために取った手段のことを思い出した。
蓮がカレンの手に落ちていないことを察し、精神的に動揺させるようなことを言ったあれは…事実ではない。部室で会話をしたのはそれから後のことだが、そういえばその事について訂正はしていなかった。
本気でそう思っていた訳ではないと、蓮はちゃんと理解しているだろうか。…いや、もし理解していたとしても、あの性格ならば。
「……可哀想なことしたような気分になってきた」
「蓮さんを陥れるような勝ち方をしたから?それとも、それが原因で蓮さんが琉佳さんにボコボコにされたから?」
「ボコボコに?」
「物理的ダメージではなく、精神的に」
「余計に可哀想になってきた…」
普通に考えれば。何も知らずに両親から引き離され、場所も名前も奪われた自分の方が余程可哀想な立場なのかもしれない。
しかし、今の自分はその結果起ったこと、失ったもの、得たもの、その全てが自分の為に必要なことであったと分かっている。
一方で蓮は、華蓮と離れてから今までの間に自分の決断を肯定できる確かな物を何かひとつでも得ただろうか?
あの時、華蓮がずっと背負っていた物を乗り越えたことで、少しは蓮の肩の荷も下りたのだろうか?それとも、華蓮があんなことを言ったことで、まだ罪悪感や自責の念を感じているだろうか?
「自責の念という程ではないかもしれないが…少なくとも、自分から連絡するのに怖じ気付いてはいるな」
「……やっぱり絶対、心読んでるだろ」
「いいや、分かりやすい顔をしているだけだ」
華蓮が顔をしかめるのに対して、真柚はあっけらかんと返した。
いくら分かりやすい顔をしていたとしても、果たしてそこまでピンポイントで分かるものだろうか?例えば、恋人や親しい友人、家族ともなればそれも有り得るのかもしれないが。
華蓮が真柚と会ったのは今回で2度目。たった2回しか会ったことのない、他人も同然の相手だというのに。
……他人も同然の、
「どうかしたのか?」
「………いや」
同じだ。
前回会った時、その帰り際に感じた妙な感覚と。何とも言えない、悲壮感のような感覚。
もしかして自分は、真柚のことを知っているのだろうか?
ーーそれは有り得ない。
華蓮の疑問に 、頭の中で返答する声があった。人の中で自由気ままに生き、人の記憶まで勝手に覗き見る住人は、そうはっきりと言い切る。
ーーお前の記憶の中に、その男は存在しない。
それはいつか、良狐が秋生の為に封印していた記憶を知らないと言ったような、華蓮の為を思っての嘘ではない。華蓮がそんなことを望まないと分かっている亞希が、それをすることはない。
だから、頭に響く言葉は紛れもなく真実だ。
…どうしてだろう?
さっきよりも、悲壮感が増したような気がした。
「お、何とも気の利く魂だな」
「は?」
華蓮が何とも言えない気持ちに浸っていると、真柚が目を細めて遠くの方を見ていた。
「お喋りが過ぎるとでも言いたげに、向こうから来てくれたようだ」
振り返る。
すると、目の前に一軒家があった。
「………これは…」
知っている家だった。行ったこともある。
特徴的なライオンのドアノッカーは、今でもよく覚えていた。そこで見たものも。感じたことも。
しかしそこには、ただひとつ、華蓮が見たその家とは違う所があった。
その家に住む家族を示す表札。
そこにあった表札は「柊」という名字のものだけだった。
「ねぇ」
声がした。
華蓮は微かに聞こえた声の、その出所を探す。すると、玄関の先ではなく門を入ってから横に続く…その先にある、庭が目入った。
ーーー幼い子供が2人、そこに立っている。
近寄ってみると、その庭に華蓮の家と同じように縁側があることが分かった。その縁側の上に立つ子供と、下に立つ子供。
「…どこに行くの?」
「わからない」
「じゃあどこにも行かないで。ほら、あやとりしよう?」
「……ううん、あやとりはもうできないよ」
泣きそうな子供の前で、もう1人の子供が首を横に振る。その子供は後ろ姿だけで、顔は見えない。
けれど…何故だろう。どちらの子供にも、見覚えがあるような気がしてならない。
「父さんも、母さんもいなくなったのに。…もう誰も、いなくなったら嫌だよ」
「……ごめんね」
子供が謝る。
すると、もう1人の子供が火蓋を切ったようにぶわっと涙を溢れさせた。
「嫌だっ。嫌だってば!!」
「………ごめんね、秋生」
秋生ーーそうだ。
縁側の上にいる子供は、いつか幼くなってしまった秋生そのものだった。
ならば、もう一人は桜生だろうか?…いや、直感的にそうではないと感じた。後ろ姿しか見えないにも関わらず、それは確信のようにも思えた。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!!」
いつかーー華蓮の元で幼くなった秋生は、子供らしさを微塵も見せない程に大人しかった。我が儘という我が儘など言うことはなく、華蓮が甘えていいと言ってからも控え目ないい子だった。
けれど目の前にいる秋生は、我が儘を言って泣きじゃくる子供そのものだ。
これが、本来の秋生の姿なのだろうか?
それとも、今小の場面に、余程譲れないものがあるのだろうか?
「もうこれ以上、誰の命も人質にしたくないの」
誰の命も人質にしたくない。……それはどういうことだろう?
こんな小さい子供が、どうしてそんな、重たい言葉を口にしなければならないのか。
「なんで?どうして?…もうこれ以上、家族がいなくなるのは嫌だよ」
ーーー家族。
この子供は、秋生にとって両親や、琉生や、桜生と同じ程に大切な存在。家族。
華蓮は秋生から、この子供の存在は聞いたことがない。勿論、桜生からも。
それは、華蓮には話すに値しないと判断したからなのか。……それとも。
「もうだめなの。どうにもならないの。……ごめんね、ごめんね………ごめんね、ごめんなさい……」
子供はそう言いなが、しゃがみこんだ。両手で顔を伏せ、誰に向けてかも分からない程に、何度も謝罪する。
華蓮からは背中しか見えないのに、その子供が辛く苦しんでいる様子が目に浮かぶようだった。そしてその目の前にいる秋生は、よりそれを感じ取ったのだろう。
泣きじゃくりながらも心配そうに、子供へと手を伸ばす。
「ねね」
ねね?
「要らない」
声色が変わった。
「…………ねね?」
秋生の顔が、心配そうなものから不安げなものへと変わる。
「そんな名前、もう要らないって言ったでしょ?」
すうっと、顔が上がる。
「ねね…?」
秋生の伸ばされた手を握った子供は。
「ねーーー」
そこから全てを奪い取り。
「……お母さんの所に、行かなくちゃ」
くるりと、向きを変えた。
「でもその前に…」
「秋生?」
違う場所から、別の声が聞こえてきた。
「あ、いた」
子供が振り返る。
しかし華蓮はそちらではなく、今しがた聞こえてきた別の声の方に視線を向けていた。
縁側から続く廊下の角から、別の子供が…秋生にそっくりな、けれど違う。桜生が、顔を出していた。
「もらうね」
そう、桜生に手を差しのべた子供は。
「え?」
再び全てを奪い取り。
「………お母さんの所に、行かなくちゃ」
そう繰り返して。
その場から、立ち去って行った。
その行き先はーーーーきっと。
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mokuji
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