Long story


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 桜生は驚きよりも喜びの方が勝っていたが、その一方で蓮はただただ驚いているという様子だった。
 というよりも、しつこい程に何度も「本当に柚生なのか?」と確認していた。何十回も聞いて、しつこいと喉元に刀を突きつけられてようやく納得したようだった。

「……ずっと、ここにいたの?」
「ここというか、地獄を転々とね」

 そう言われると。先程まで全く気にしていなかったが、柚生はSF映画などに出てきそうな流離の旅人のような格好だった。桜生には上手くそれを表現できないが、つまりはジェダイ的な格好だ。

「……皆…探してたって。母さんのこと」

 桜生の言葉に、柚生はどこか困ったように笑った。
 それから、蓮の方に向く。

「あれからずっと、私は地獄にいた。琉佳君の呪いの力では、ここしか身を隠す場所がなかったから」
「……琉佳さんは、そのことを?」
「知らない。元より、貴方たちにも教える気はなかった…のに。蓮くんのせいだよ」
「え」

 キッと睨み付けられて、蓮は一歩後退りをした。

「琉佳くんの魂が暴れているのを見つけて、その理由はともかくとして…放っておけなくて回収したの」

 ともかくとして、と言いながら柚生はそのおおよその理由を予測できている様子だった。桜生がそう思ったのは、柚生がじとっとした目で蓮を見たからだ。それはまるで、お前のせいだろうと言わんばかりだった。

「回収したって、一人で倒したのか?琉佳さんの分身を?」
「死んだからって分身程度に遅れを取るほど、落ちぶれちゃいないって。まぁこっちには地獄の物質で作った武器もあったし、楽なもんだったよ」
「いつも禍々しいもん持ってないと気が済まない性分なのか…?」

 柚生が出して来たのは、先程も目にした刀とバット。隼人が持っていたものととてもそっくりだったが、どうやら違うものらしい。
 その二つを見て蓮はドン引きしているようだった。桜生にはその禍々しさは見て取れなかったが、地獄の物資で作っているというからにはきっと人間に優しいものではないのだろう。

「それからどうしようかと思っていたら、蓮くんと桜生をたまたま見かけて…この魂を取りに来たんだってことはすぐに分かった。だから本当は、その辺に置いて見つけてもらおうと思ってたんだけど」

 柚生はそう言ってからどこか呆れたように溜め息を吐いた。
 そして再び、キッと蓮を睨み付ける。

「出来ないかもしれないことしたくないとか、今すぐにでも帰りたいとか、挙げ句の果てには高校生に慰めてもらって、もう本当に何やってるんだか!」
「う…」

 ずいっと詰め寄られ、蓮がまた一歩後退りをした。

「誰も蓮くんの決断を責めたり、100%を望んだりなんてしてないのに。どうして自分の決断にそこまで不安になるの?もっと自信を持ちなさいって、一体何回言わせたら気が済むの?」

 桜生のよく知る母だ。
 普段はすこぶる優しい。けれど、怒らせると反論の余地もなく正論で詰め寄られる。秋生も桜生も琉生さえも、そんな母を前になす術なかった。
 父は苦笑いでそれを見ていて、決して助け舟は出してくれなかった。母の正論の前では、父の呪いは全くの役立たずに違いないからだ。

「…す…すいません……」

 蓮も、正座を始めそうな勢いだ。

「ごめんで済んだら、地獄の業火はいらないよ」

 だんっと、柚生が地団駄を踏んだ。
 バキッと地面がひび割れ、じわっとオレンジがかった何かが少しだけ滲み出た。

「え、燃やされるんですか?」
「よく言うでしょ。体で覚えろって」
「多分それはちょっと違うんじゃ…」
「蓮くんは痛い目に遭っても分からないタイプだからね。その上をいかないと」
「そ、その上とは…?」
「大丈夫。体験すれば分かるよ」

 違う、自分たちとは。
 怖い。
 今だかつて、こんなにも母を怖いと思ったことはない。
 これはどう考えても、大人しく見ているのが得策だ。父が苦笑いでそうしていたように。
 でも、しかし。桜生には役立たずの呪いは扱えないが、ひとつだけ言っておきたいことがあった。

「僕は、夏川パパがへた…几帳面でよかったと思う」
「え?」

 足元からゆっくりと溢れていたオレンジ色が、ピタリと止まる。蓮に詰め寄っていた柚生の四川が、怪訝そうにこちらを向いた。

「だから僕は母さんに会えたんでしょ?」

 もしも蓮がとてもしっかりしていたら、今この場に母はいない。
 これからもずっと、もう成仏したのか。いつか会えるのか、もう会えないのかと…時折、そんなことを考えては、打ちひしがれていただろう。
 桜生はむしろ、蓮がヘタレ…もとい、几帳面な性格であることに感謝の意すら抱いている。だから、そんなに目くじらを立てて怒らないで欲しいのだ。

「桜生…」

 柚生の足下に湧き出ていたオレンジの物体が、割れた地面へと巻き戻るように吸い込まれて行く。
 それを見て危機回避を確信したのか、蓮は安堵の息を吐いていた。

「どの道、帰ったら吊し上げだしね。桜生に免じて、許してあげる」
「………やっぱり吊し上げらる?」
「当たり前でしょ。この子達まで巻き込んでーーでも、お陰で私も会うことが出来た」

 柚生はそう言って、桜生に笑いかけた。その笑みを向けられるだけで、自分まで幸せな気分になる。母はいつもそんな、笑顔を向けてくれる。
 そして続けざまに「そう言ってあげてね」と。それは多分、桜生から琉佳へ吊し上げとやらの救済措置をお願いしてみてくれということだろう。

「…琉佳さんに言ってもいいのか?」
「言ったところで会える訳でもないから、伝えて貰わなかっただけで…貴方たちに会ってしまった以上、隠しておいても仕方のないことだから」

 言ったところで、会える訳でもない。
 それはきっと、この場所が地獄だから…という事ではないのだろう。現に桜生は琉佳によって地獄に送られているわけだから、琉佳も来ようと思えば来られる筈だ。

「……伝えて貰わなかった?…って?」

 桜生が少し寂しそうな柚生の横顔を見てどこか感傷めいた気持ちになっている一方。蓮は柚生の言葉の、別の点が気になったようだった。そして蓮が指摘したことで、桜生もその言葉の不可解な点に気がついた。
 伝えて貰わなかった…ということは、自分たちよりも前…それも口ぶりからして、ずっと前からーー誰かと接点があったということになる。
 そうというと、先程、柚生は蓮を罵倒している時に…華蓮とのことを持ち出していた。ずっと地獄にいた柚生が、どうして蓮と華蓮が和解したことを知っているのだろう。もしも自分達のことが覗けるのなら…自分達がここに来た経緯も知っているはず。
 そう考えた時に出る結論はひとつ。
 誰かから直接聞いた以外に、有り得ない。

「あれ?貴方たち、大輝さんに連れてきて貰ったんじゃないの?」
「え……?」

 大輝ーー桜生の記憶が正しければ、フルネームは相澤大輝。古い生徒会執行部の写真で見た、春人の父だったと思う。
 どうしてそんな名前が唐突に出てくるのか。桜生は勿論、蓮も分かっていないようで… 2人は、一度顔を見合わせてからほぼ同時に首を傾げた。
 その時。
 背後でうっすらと空間に裂け目が出来ていることに…2人はまだ、気付いていない。


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