Long story


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 燃え盛っているのは車だった。
 見覚えのある車だった。
 倒れているのは二人の大人と、一人の子供。
 見覚えのある……否、親しい人。家族。そして自分。
 佇んでいるのは、家族…自分の片割れ。

「…これ….は…」
「琉佳さんの記憶だ」

 蓮の言葉に、桜生は息を飲んだ。


「………ぜんぶ、うばってやるんだ」

 佇む人物ーー幼い秋生が、静かにそう呟いた。
 どうして秋生がそんなことを口にするのか?何を奪うというのか?
 桜生はこの事故…両親を亡くした事故のことを覚えていない。ずっと気を失っていて、気がついたら両親が死んでいた。
 それは秋生も同じだった筈だ。

「いいや、お前には何も奪わせない」

 倒れていた人物が起き上がる。
 父………琉佳は、血だらけだった。

「ぜんぶわたしのもの。それがわたしのいしだもの」

 ーー私?

 なぜ秋生が、自分のことをそんな風に呼ぶのだろう?
 あれは本当に秋生なのか?
 ……もし違うのならば、あれは一体、誰?

 そう考えた時に、桜生はふと思い出した。
 前に秋生が幼くなってしまった時、事故の事を思い出して泣きじゃくったこと。あいつがーーと、しきりに口にしていた。自分は何も知らないと……。

「お前……いつから、自分のことを私なんて言うようになったんだ?」
「?」
「今のお前は、多くのものに侵食されて本当の自分を見失ってる。だが、本当のお前はそうじゃないだろ?……ねね」


 ーーーねね。


「……うっ、あっ…」
「本当は何も奪いたくなんかない筈だ」
「うぅ…っ」

 しゃがみこんだ秋生は、とても苦しそうに頭を抱えた。
 まるで何かに、耐えるように。

「だからーー」


 ぴたっと、苦しむ秋生の動きが止まる。



「ーーーでも、みんなお姉ちゃんを選んだ」



 ギロッと、琉佳を睨み付ける視線。
 とても、子供が見せる表情ではなかった。


「……やっぱり、駄目なのか」
「いいや、何もだめなんかじゃない。今から全部、僕が奪うんだから」


 僕ーーー?
 また、一人称が変わった。


「そんなことをして何になる?それがお前の望んでいることなのか?」
「そうだよ。僕は僕の欲しいものを全部奪う。でも僕の邪魔をするなら、お父さんはいらない。お姉ちゃんもそう」
「……ねね、そうじゃない。お前が望んでいるのはそうじゃないだろ」
「いいや、これが僕の望みだ。だからお姉ちゃんも要らない……だって、お姉ちゃんの一番はお姉ちゃんだもんね?」

 目の前にある視線に、琉佳は真っ直ぐに向き合っていた。


「柚生は、どっちも同じくらい大切に思ってる」
「嘘つき!!」


 響く声が、キィンッと耳を突き抜けた。
 

「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは、お姉ちゃんを選んだ。だからわたしはこうなった。ねぇ、そうでしょう?」
「違う」
「違わないよ…………でもいいんだ。お姉ちゃんの一番は、お姉ちゃんにあげるって…ずっと前に約束したもんね」

 秋生ーーいや、これは「ねね」という誰かなのだろう。その子は、ニタリと琉佳に笑顔を見せる。それはカレンが作るゾッとするような笑顔に、そっくりだった。

 だが、それはおかしい。

 カレンは桜生の元にやってきた筈だった。両親が死んだ悲しみを抑えられなかった桜生の元へ、同じく家族を求めた悪霊の魂がやってきた……筈、だったのだ。


 果たして、本当にそうなのか?

 自分がその時どうなったのか、桜生はよく覚えていない。
 悲しみに押し潰されそうになり、耐えられなくなり……気が付いた時にはもう、カレンに体を奪われていた。それから必死に助けを呼び、李月に救われ……琉生から話を聞いた。

 何一つ、自分で目にしたことではない。

 ……カレン。

 その存在は。
 いつから、その場にいたのだろう?


「約束は守るよ。……もう、どっちも死んじゃったけど」


 ニタリと笑う。
 その表情に、今度こそゾッとした。 


「僕はお母さんの所に行くよ」
「駄目だ」

 お母さんとは、一体誰のことだろう。
 さっきの会話から察して、柚生のことではない。この子が言っていた「お姉ちゃん」というのがきっと、母……柚生のことだ。そしてそれとは別にもうひとり「お姉ちゃん」が存在している。
 けれどさっき、琉佳のことを「お父さん」と言っていた。もしかしてそれも、琉佳とは別の人物を指していたのだろうか。そんな風ではないようだったが…。
 桜生にはもう、何が何だかわからない。

「…ねね、駄目だ」
「ねね?…そんな名前、もう要らない」
「………ねね、本当にそれでいいのか?」


 琉佳は何度も同じ名前を繰り返す。
 ねね。
 その名前を、まるで言葉に想いを込めるように繰り返す。


「要らない」
「ねね」

 何度も。

「要らない、要らない要らない」
「ねね」


 何度も。


「しつこいッ!!」


 ずぶっ。

 と、琉佳の体を何かが突き抜けた。
 それはその場に転がっていた、自動車の窓ガラスの一辺だった。 


「…………それでも…奪わせ、ない」


 
 琉佳が、ゆっくりと秋生へと近付いた。



「誰も、お前自身さえも」



 琉佳が秋生に向かって手を翳す。



「!!!」



 次の瞬間、秋生はまるで何かが事切れてしまったかのように意識を手放した。倒れそうになった体を琉佳がそれを支え、優しく地面に寝かせる。
 琉佳から流れる夥しい程の真っ赤な血が、地面を伝って桜生たちの立っている場所まで流れてきた。


「………どれだけ稼げるか…」


 琉佳……父が、その頭を撫でる。
 そして振り返り、ゆっくりと歩く。柚生の腕の中で気を失っている桜生の頭を同じように撫でた。
 その光景を見た桜生は、無意識のうちに自分の頭に手を触れていた。当たり前だが、そこには何もない。


「柚生」


 父が手を伸ばす。


 しかし、母は動かない。


 だって、母は…もう、既に。



「俺は……結局………………」



 ああ、誰か。

 誰か、助けて。父さんが、死んでしまう。


 そう声を張り上げたいのに、桜生はまるで喉に何かを押し込まれたように言葉を出すことが出来なかった。今立っている場所から、動くことすら出来なかった。
 どのみちこれは記憶なのだから、今自分が動いた所でどうしようもないと……そんな風に、割り切れはしなかった。けれど、足は一歩も動かなかった。声も、囁くとさえ出来なかった。





「…いいや……まだ、だ…………」





 ああ、誰か。





「まだーーーーー」




 それはまるで。
 ぷつんと、糸が切れたような感覚だった。


 母に。

 その手は、届かなかった。






「父さん…!!」

 唐突に、自分の喉から叫び声が上がった。
 しかしそこにはもう、何もない。

 ……今のは、現実のことではない。

 否、確かに起こったことだ。
 けれどそれは過去のことで、今ここで自分が叫んだからといってどうすることも出来ない。分かっている。
 分かっているが、叫ばずにはいられなかった。
 涙が溢れた。

「………俺が最初に見つけた時、琉佳さんはもう学校に魂を囚われた後だった」
「え…?」

 桜生はぼたぼたを涙を流したみっともない顔をそのままに、蓮を見上げた。涙で霞んだ視界でも、その顔がとても辛そうだということは分かった。
 …学校に魂を囚われたとは、どういうことだろう?琉佳がいつでもあの場所にいることと、関係があるのだろうか。

「けど、柚生はまだそこにいた」
「…え………?」

 今の記憶の中で、柚生…母は。
 母は既に、亡くなっていた。それは確かなことだ。

 父とあの場所で再開してからも、母の姿を見たことはない。父も母の話をするこはなかった。
 だからきっと、成仏しているのだと。そうであってくれればいいと…桜生は、そして秋生もそんな風に思っていた。

「琉佳さんが最後の最後に、柚生を守った。けれどそれは容易なことではなくて……俺が着くと同時に…柚生は、その場から姿を消した」
「姿を、消した?」
「そう。だから、柚生は今…どこにいるか分からない」
「……じゃあ…母さんは、成仏したわけじゃ…?」

 蓮は首を横に振った。

「そうさせてあげたいのに、誰も彼女の居場所が分からない」

 その言葉を聞いただけで分かった。
 この人が…この人たちが、ずっと、柚生を探し続けているということが。
 そして見つけることが出来ない辛さが。

 体を失くして。さ迷って。
 自分はずっと苦しんでいたと思っていた。けれど、この人の辛さに比べれば、高々体を奪われて数年を過ごしたことなどちっぽけなことに思えてならない。

 自分にはいつでも李月がいた。琉生もいた。決して独りではなかったし、それ以上に何かを失った訳でもない。手放した訳でもない。手放そうとしたものも…華蓮がそうはさせてくれなかった。
 そうしているうちに、探していたものも琉生のお陰で戻ってきた。全てが元に戻った訳ではないけれど、大切なものはすぐこにある。手が届く。
 自分は救われたのだ。 
 自らどうすることも出来なくて、それでも沢山の人に救われた。

 しかしこの人は…。
 自ら妻を差し出し、子を手放し、きっと持てる力の全てを費やしている。
 それでもまだ救われない。

 母が見つかれば、辛さから解放されるのだろうか?
 母ならば、この人を救うことが出来るのだろうか?

「…母さん、呑気だから」 
「え?」
「きっとどこかで…神様に挨拶でもして、油売ってるんです」

 桜生には何もすることは出来ない。
 けれど、気休めでも。
 何か言葉をかけてあげたいと思った。

「……女子高生に慰められるなんて、皆に知られたらまたどやされるな」
「な、慰めてるなんてそんな……あと僕一応、男です」
「あ、そうか。ごめん」
「いえ。こんな格好してる僕も僕ですし…」
「ありがとう」

 どうかこの人が、救われますように。

「……はい」

 そんな、切なる想いを込めて。
 桜生は向けられたその笑顔に、笑顔で返した。


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