Long story


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 そこにいた双月は小さかった。
 年齢的にはどれくらいだろうか…分からないが、小学校中学年くらいに見える。どこか視線の定まらない様子で、目的地があるのかないのかーーとぼとぼと歩いていた。
 これが探すべき記憶であることは明白だった。探すことをすっかり忘れてしまっていたが、自らやって来てくれるとは好都合だ。

「ねぇ、どこ行くの?」

 双月の足が止まる。
 その声は双月の後ろの方から聞こえて来た。顔はハッキリと見えないが、小さい双月と同い年くらいの子供がいた。

「………どこ、だろう?おれのいない場所」

 誰に声をかけられたのかも確認せず、双月はそう答えた。
 その答えはとても曖昧であったが、李月はそれを聞いてある可能性を思い立つ。

「これ………世月が死んで、家出した時か」
「え?そうなの?」

 侑の問いに李月は頷く。
 世月が死んだことで心のバランスが取れなくなった双月は、自分がいなくなるべきだったと自分自身に暗示をかけ…そして家を出た。その時どうやってその暗示が解けたのか、本人も…それから近くにいた筈の世月も覚えていないと言っていた。
 多分これは、その記憶だがーーしかし、双月の記憶ではない。

「……なら、父さんの記憶?」
「いや、違う」

 瀬高が首を振る。嘘を吐く理由はないし、初めて見たというような顔つきは演技ではなさそうだ。
 ならば琉佳か蓮の記憶ということになるが…。仮にそのどちらだとしても、どうしてこんな場面を見ていたのか謎だ。

「……そっか。いなくならないといけないんだ」
「うん、そう」
「それは…間違いじゃないけど、でも、正しくもないよ」
「……どういう意味だ?」

 双月が振り返る。
 すると、双月の後ろにいた子供の姿がはっきりと見えた。

「えっ?」
「春人…?」

 侑と李月は唖然とし、互いに目を見合わせた。そして再び、記憶へと視線を向ける。
 今とは全く違うし、とても幼くはあるが…それは確かに春人だった。間違いない。

「不思議な力だね。心を飲み込んでしまうみたい」
「……何…?」
「行っちゃだめだよ。…これ、あげるから」

 そう言って、春人は双月に手を差し出した。双月はとても不思議なものを見るような顔で春人を見る。しかし、危険なのではないと察したのか…握手するようにその手を取った。
 ふわっと、何かが立ち上ぼり、重なった春人と双月の手がゆらゆらと揺れる。その光景は、夏の日に見る陽炎のようだった。

「春人、帰るよ」
「……お父さんが呼んでる。行かなきゃ」

 するりと手が離れる。そして幼い春人はそのまま、どこかへと走り去っていった。煙の中に消えて行くように見えるのは、それ以上の記憶がないからだろう。
 突然声をかけられ、握手をし。そうかと思うと突然走り去って行った謎の子供。そんな突風のような速さの一連の流れに思考が追い付かないのか、双月はきょとんとした顔でその場に立っていた。

「………帰らないと」

 振り返ったまま、双月も走り出した。最初に歩いていた方向とは逆……つまり、家に向かっているのだ。
 やがてその姿も見えなくなると、今度はまるでカメラワークが変わるかのように景色がぐるりと反転した。

「今のでそのチビは失くした。あのまま成長すれば、隼人も凌いでただろうにな」

 そこには春人がいた。
 誰かと並んで歩いている…が、それは今、喋っている人物ではない。双月の前から去り際に言っていた、お父さんーーつまり、大輝だろう。

「そう決めたのはこの子自身だ」
「俺には何も考えてなさそうに見えたがな」
「…なら琉佳は、あのままあの子が死ねばよかったと思ってるのか?」

 あの子…それが双月であることは明白だった。
 双月は言っていた。死ななければならないと思っていた筈だが、いつのまにか帰らないと思っていた。そして目的なく死を探していた踵を返し、家に向かったと。
 ……あの握手が、そのきっかけだったのだろうか。

「んなことさせやしねぇ…つもりだったが。まぁ、手間が省けたってことにしとくか」
「蓮の言葉を借りるなら、これが逢うべくして逢う…ってことだったんだろう」

 逢うべくして、逢う。
 双月と春人が出会った最初の場所は、学校ではなくここであった。

「……ねぇお父さん、さっきから誰と喋ってるの?」

 春人が不思議そうに首を傾げる。
 そんな質問を前に、大輝は少しだけ驚いた顔をした。

「……春人、何も見えないの?」
「え?何が?」
「父さんには見えない人。いつもいっぱい見えてるって言ってる人たちだよ」
「……あれ?そういえば、さっきまでいっぱいいたのに…いないや。どうしてだろ?」

 春人は元々、霊が見えない筈だ。
 本人もずっとそうだったと言っていたーーもし嘘であったのなら、演技派が過ぎる。しかし元より、嘘を吐く理由がない。今の生活を考えるとそんな振りをしても不便なだけだ。
 だからやはり、春人には本当に幽霊の類いが見えていないのだろうが。ならば、今目の前で起こっている会話はどういうことだろう。

「……まさかこのチビ、全部やっちまったのか?」
「つまり霊を見る力も全部ってこと?…それって、大丈夫なんだろうな?」

 この瞬間、李月の疑問が解消された。
 幼い頃の春人は持っていたのだ…それも、琉佳の話から察するに長男の千里眼よりも優れた力を。
 しかし、たった今…それを失くした。正しくは譲ったと言った方がいいのかもしれない。双月の心に平穏をもたらすために、自分の持っていた力を譲ったーーと、そういうことだろう。

「全部っつっても、申し訳程度には残ってるはずだからな…。戻ってきた天使くらいは見えるかもしんねぇけど……どうだろうな…」
「どうだろうな、って何?結局大丈夫なのかそうじゃないのか、ハッキリして」

 大輝は少し苛立ったような口調で、琉佳をじろりと睨んだ。琉佳が悪いわけでもないだろうに、何とも理不尽だ。
 しかし琉佳はそんな態度を気にしている様子はなく、むしろ少しだけ心配そうな顔をしている。そしてその視線は大輝ではなく、春人を見ていた。

「そりゃあ、生きてく分には支障はねぇだろうが。当たり前にあったもんが突然なくなると、精神的に不安定に……」
「ま、いっか」
「いやいいのかよ!雑だなこいつ!」

 如何にも春人らしい。
 琉佳は驚いて大輝は若干苦笑いを浮かべている。しかし李月にしてみれば、これは春人の平常運転にしか思えない。
 深月がよく「あいつは時々雑すぎる」とブー垂れている、このポジティブとも何とも言えない性格。李月としては、春人のそういう性格は褒めて叱るべきだと思っている。

「……今はいいとしても、何年かして突然やっぱり力があった方がよかったとか言い出したら?」
「安心しろ。そのうち自分が力を持ってたことも忘れちまうだろうし…上はともかく、下の兄弟たちはまだ小さいから、どうとでも言いくるめられるだろ」
「そう。…何だか騙してる気がしないでもないけど……まぁ、どうでもいいか」
「お前も雑だな」

 琉佳が思い切り顔しかめたところで、その表情が歪んだ。そしてどこかに吸い込まれるように、その情景が消えていく。
 そしてまるで映画のシーンが切り替わるように、場所が変わった。
 ここは…学校だ。地獄に来る直前までいた、旧校舎の3階。その奥に聳え立つ防火扉。

「お前、分かっててあのガキとあいつをあそこに行かせたのか?」
「何が?」

 琉佳がいる。防火扉にもたれるようにして、腕を組んで目の前を見ていた。
 視線の先の青年は、こちらからは後ろ姿しか見えない。琉佳とそれ程身長に差はなく、育ちのいい中学生か高校生と言ったところだろうか。

「自分を凌ぎそうな芽は先に詰んどこうって魂胆だったんじゃねぇのか?」
「俺がそこまで万能じゃないことは知ってるだろ。もしそうなら、お前はそんな所で死神になってない」

 すっと、後ろ姿の青年の両手にそれぞれバットと刀が握られる。
 間違いない、隼人だ。

「ならやっぱり大輝の言うように、逢うべくして逢うって奴だったのか」
「逢うべくして……か」
「何だ、柄にもなく浮かねぇ顔して」

 こちらから隼人の顔は見えない。
 しかし、声色からも浮かない顔をしているのだろうというのは想像できそうだった。

「…それが無かったことになるとしても、逢うべくして逢うと言えるのか?どうせ無くなるのなら、その出逢いに意味なんてないだろう?」

 隼人は武器を構える。
 琉佳は腕を組んだまま、静かに口を開く。

「意味はある」

 静かに、強く。

「例え無かったことになろうと、例え誰もが忘れてしまおうと、例えそれが…無かった方がよかったと言えるような出逢いでも。出逢ったことに意味はある」

 琉佳がハッキリとそう言い切った。
 その言葉の中にどんな意味が込められているのか、李月には分からない。

「……無駄に説得力があるのが腹立たしい」
「そりゃあお前、死んでも勝てねぇ程の実力差がある相手の言うことだからな。説得力もひとしおだろうよ」
「……ぶっ潰す」

 まさかあの国会議員が、こんなに苛立った声でそんなことを口にするなんて意外だった。
 両手の武器がぎゅっと握られる。どうやら、一戦を交えるようだ。

「どうせ勝てやしねぇぞ、チビ麒麟」
「いつまでそんな呼び方を続ける気だ?お前の目は節穴か」
「俺に勝てねぇうちはチビのまんまだ。やるならさっさとかかってこい」

 おちょくるように琉佳が手招きをする。
 チッと、隼人の舌打ちが聞こえると共に視界がうっすらと白くなった。どうやら記憶が終わりを迎えるようだ。
 と、まだ見える琉佳の奥、防火扉のある方に何かがーーあれは、何だろうか。記憶が消え霧がかった場所に、馬のようなシルエットが見える。それもとても大きく…そして凄まじい威圧感を感じた。じっと見つめていると、やがて霧が晴れ…その全貌が明らかになっていく。
 その体を蒼白く光らせるあれは……。


「きっ…巨大な、麒麟……!!」


 侑がそう、叫び声を上げた。


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