Long story


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 瀬高からここへ来た目的を聞き、申し訳なさそうにしていた理由がはっきりとした。そしてここに飛ばされる前に盗み聞きした会話の内容も納得がいった。
 その話を聞いて瀬高に対してこれいといって悪い感情を抱くこともなかったのは、同じ状況なら自分も同じことをすると思ったからかもしれない。そしてそれは侑も同じだったようで、話を聞いて瀬高に苦言を呈することはなかった。
 そんなわけで、目的を達する為にその目印となる記憶を探すべく歩き始めたのだが。歩き初めてから数分の時点でその歩みは止まり、それから十数分…同じ場所から全く動いていない。その原因は、歩きすがらの話題提供として出された「そういえば僕って爆発するんですか?」という侑の一言だった。

「じゃあ今のを踏まえて、もう一度」
「はい。えっと、体の中に箱をイメージ…よし。そしてそこに妖気を溜め……うわぁ!」

 ぶわっと、侑の長い髪が逆立った。光に反射する金色が、真っ白へと変化する。スカイブルーに近い色の目も、深い緑へと変わっていた。
 侑は「まるで山姥みたい」と言って、本来の髪と目の色をとても嫌っている。そのため普段は深月から預かっている妖気を使って、外国人らしく目は青色に、髪は金色に染めているのだ。カラコンも整髪料もいらずお得な上、妖気も髪に集中してくれるので扱い安くて一石二鳥なのだと言っていた。

「流石に飲み込みが早いな」
「なっ…なんか妖気が心臓辺りに集まってますっ!爆発しちゃうんじゃ!?」
「大丈夫。蓋を閉める要領で妖気を作った箱に閉じ込めてしまえばいい。…少しだけ手を貸そう」

 瀬高が心臓辺りに人差し指を向ける。触れるか触れないかのギリギリのところで、パチッと静電気のようなものが流れるのが見えた。
 逆立っていた髪の毛がゆっくりと元に戻っていく。しかし、まだ髪は白くに目は深緑のままだ。

「ふたっ…?…えっと、蓋をパタンと……」

 侑は戸惑い気味にそう言いながら、合唱のポーズを取る。その瞬間、しゅうっと侑の手へと吸い込まれていくような空気の流れが見えた。
 溢れんばかりにだだ漏れだった妖気ーー李月はそれをまじまじと感じたことはなかったが、その瞬間に初めて分かった。今までは溢れているのが当たり前で、その存在に気が付かなかっただけだったのだ。

「後は髪と目に必要な分だけ流せば、溢れそうな違和感もなく管理できるだろう」

 再び、瀬高の指先からパチッと静電気が流れる。
 まだ少しだけふわふわと浮き気味だった髪の毛が、完全に重力に従った。

「わっ…わぁあ!本当だ!すっごい楽になった!!」

 再び金髪青目に戻った侑が、まるで初めて自転車に乗れた子供のようにはしゃいでいる。そのことからしても、劇的な変化があったことは明白だが。
 妖気が綺麗に収納されてしまうと……特に見た目で変化があるわけではないのだが。天狗としては何だかとても貧相に見える…ということは、胸にしまっておく方がいいだろう。
 
「一度覚えてしまえば、出し入れは簡単だ」
「ありがとうございます!本当に…ここ十数年で一番役に立つ知識を得えられたと思います、本当に!!」

 ここ十数年というとつまり…生まれてから得た知識の中で一番役に立ったということに違いない気がするが。それはちょっと言い過ぎではないかと李月は思う。
 しかしその気迫と「本当に」と念を押すように2回も言っていたことから、侑にとってはそれほど重要なことだったようだ。

「お役に立てて何よりだ。……ただ、その程度のことなら飛縁魔でも教えられたと思うんだけどな」
「えっ、そうなんですか!?」
「彼女は妖力の扱いに関してはエキスパートだ。人に教えるのも上手いし、君が困っていることに気付かない筈もないと思うんだが」

 そう言われると、桜生に力の使い方を教える時も比喩を使って上手く教えている。武術的なことに関しても、あの成長ぶりを見ればよく分かる。
 李月がそんなことを思っている一方、侑が思い切り顔をしかめてわなわなと震えていた。せっかく重力に従った髪が、再び逆立ちかけている。

「あ…あんのくそばばあっ。僕への嫌がらせのために放置してたな!」
「飛縁魔にくそばばあとは…。君も中々肝が座っているな……」

 侑の態度に、瀬高は驚きつつも引いていた。まるで、飛縁魔がどういう人物かとてもよく知っているようなーーいや、ようなではなく…明らかに知っているという雰囲気だ。
 李月はそれがとても不思議に思えた。

「……父さん、随分とゆか…飛縁魔のことに詳しいんだな」
「え?…ああ、彼女は母親代わりのようなものだからな」
「なるほど、それでーーーは?」
「は?」

 あまりにも自然な返答に、母親代わりだったのなら詳しくて当たり前だ…と納得しかけた。しかし、すぐに顔をしかめた。
 侑も同じように顔をしかめてーーというよりも、こちらは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。無理もない。逆立ちかけて髪がすっかり戻っている。

「そもそもこの妖気は、子供の頃に会長に自分の血液を天狗の血液と入れ換えられたことで扱えるようになったんだが、最初は全然扱い方が分からなくて…君じゃないが、よく爆発しそうになっていたんだ。それを助けてくれたのが飛縁魔で……」

 は?
 二度目は声には出さなかった。しかし、李月は頭の中で再びクエスチョンマークを浮かばせる。

「いや、ちょっと、最初で躓いてる。天狗の血が何て?」
「天狗の血と入れ替えられた…まぁ、具体的なことは会長にでも聞いてみてくれ。李月は気に入られているから、きっと武勇伝のように話してくれる」

 そこが一番重要だと思うのだが、これ以上はその話はしたくないということなのかもれない。もしかしたら…瀬高が祖父をこれ以上ない程に意味嫌っているのは、それが原因なのだろうか。

「……飛縁魔がクソジ…お祖父様を特に毛嫌いしてるのはそのせい?」
「会長は先代の飛縁魔とも繋がりがあったから、それもあって余計にだろう」
「えぇ…っ。あの飛縁魔が人間とつるむなんて…前々からヤバイ人だってのは分かってたけど、お祖父様ヤバすぎ……いっきー、よく媚うってられるね」

 侑はゾッとしたような顔をして李月にその視線を向けた。
 確かに祖父が常軌を逸した人物であることは知っている。しかし、李月はずっと家にいなかっこともあって、その側面を見る機会もあまりなかったのだ。

「……俺は先代の飛縁魔というのも知らないし、もちろん血抜きもされてないし…そこまで危険視する要因がないからな」
「あ、そっか。いっきーは直接飛縁魔に会ったことないのか…深月から何も聞いてないの?」
「何となくは聞いたが、詳しいことは何も」
「そうなんだ。まぁ、深月は率先して色々と話すようなタイプじゃないしね」
「そうだな。ついでだから、詳しくどうぞ」
「……先代の飛縁魔は飛縁魔の叔母に当たる人で、僕の山を元々牛耳ってたの」

 何となく流れで聞いてみると、侑はなんの抵抗もなく話を始めた。
 侑の言った通り深月が自分から話すことはなかったので、あまり深く問わない方がいいのかと遠慮していたが…。そんなに簡単には話していいのかも思いつつ、言ってみるものだなとも思いながら、李月はその話に耳を傾けるのことにした。

「先代の飛縁魔は能力値も高ランク妖怪だったけど、何より凄かったのはその能力で広げた手綱の多さと独裁力。一言意見でも言おうもんならたちまち裏で駒を動かして、あっという間もなく消されてしまう…。それは文字通りの意味もあったけど、殆どはある日突然同族妖怪から存在しないかのように扱われるようになるっていうもの」
「……村八分のようなものか」
「うん、正にそう。これまで培ってきた信頼も何も関係なく、突然家族も住む場所も失い追い出され…それだけじゃなく、どれだけ遠くに逃げ、何度新しく生活を始めても同じ目に遭う。飛縁魔に楯突いた者の行く末はたった一人で生きるか、もしくは自害するか。……だから誰も、飛縁魔には逆らわなかった」

 独裁力。恐怖政治とは正にこのことだ。
 
「で、その飛縁魔はこれまた人間が大嫌いでね。だから僕は飛縁魔に引き取られてからずっと、嫌われてたんだよね…。まぁ、ずっと飛縁魔が庇ってくれてたし、実害はなかったけど」
「ややこしいややこしい」

 侑が先代の飛縁魔に嫌われていて、しかし縁が庇っていたお陰で実害はなかったーーということは分かった。しかし、結局引き取ったのはどちらの飛縁魔なのだろう。
 侑がどちらも飛縁魔と呼ぶので、もうあやふやになってきてしまっている。

「…じゃあこれからは嫌がらせも兼ねて、ゆかちゃんって呼ぶね」

 それが何に関しての嫌がらせかというと、妖気の扱いの件についてなのは明白だ。どうやらその件は、侑にとって余程のおこ案件だったらしい。
 しかし、本人のいない場所で呼び名を変えてもあまり意味がないのでは…と思う李月であったが。今はとりあえず話を聞くことにした。

「ゆかちゃんは元々飛縁魔の身内だから、ある程度交渉が出来る立場ではあったんだ。だから僕を引き取ることも説得してくれて…でも飛縁魔はずっと、僕を始末したくて仕方がなかったんだと思う」
「……その機会が、ぬらりひょんってわけか」
「その通り。突然ぬらりひょんの百鬼夜行が宣戦布告に来たんだけど…何故か僕が、気に入られた」

 何故か…とはいうが、その理由はこの間の文化祭百鬼夜行事件の時に判明している。それはぬらりひょんの好みが天狗であったという、実に単純な理由だ。
 それはあの時の娘もそうだが。父親は自分が男でありながら、それでも男の侑にーーいくら侑が中性的な美人とは言えどーー好意を抱くくらいだ。きっと、余程天狗という種族が好きなのだろうと想像出来る。

「僕を気に入ったぬらりひょんに、僕と引き換えに山を攻撃しない…って交渉を持ちかけた。飛縁魔の力ならそんなことしなくてもどうにかなったかもしれないけど…僕を始末するまたとない機会だったしね」

 ぬらりひょんがその交渉に応じたというのは、語られるまでもなかった。
 何もかもが、飛縁魔の思惑通りに進んだというわけだ。

「ゆかちゃんは止めてくれようとしたけど、それを僕が止めたんだ。ずっと面倒見てくれたゆかちゃんに迷惑掛けたくなかったし……それに」
 
 と、侑の言葉が途切れる。当時のことを思い出して干渉に浸っているのか、何だか物悲しそうな顔だった。李月はその場にはいなかったが、その時侑がどんなことを思ったかは何となく想像出来ていた。
 きっと侑はそうなる前から、自分の未来を諦めていた。一番欲しいものが手に入らないのならば、その未来に価値はない。それならば、差し出されたものを手に取ればそれでいいと……そんな風に思ったに違いない。

「それにほら…その頃は、華蓮のお陰で深月とも他人行儀なりに会話したり遊んだりはしてたけど。そうなじゃなかった頃みたいに一緒にいられないなら…そんな未来に価値はないし、それでもいいかなって」

 再び開かれた口から出た言葉は、李月の想像した通りだった。
 一番守りたいものが守れなければ、その未来に価値はない。李月の場合は、そんな風に思ったことがあった。
 だから何となく、侑の思いを想像することが出来たのだ。

「それで、僕がぬらりひょんの所に行って1週間くらいしてからかな?時間感覚がなくなってたからあんまり覚てないけど…まぁとにかく、いつの間にか深月に助けられてた」
「一番肝心な所がざっくりだな」
「いや僕未だに、話がどう転んで深月が山の皆と契約することになったのか知らないんだ。ただ、突然百鬼夜行連れた深月がやってきて、帰るぞって言われて。え?って言ってる間に山に帰ってたんだもん。おまけに、知らない間にぬらりひょんが討たれてた」

 侑はお手上げポーズをしながら、困ったような顔をした。どうやら本当に知らないようだ。
 しかしそこはもう少し、根掘り葉掘り聞くべきところじゃないのだろうか。仮に李月がそんなことを聞けば、部外者に教える筋合いがないと言われても仕方がないが…少なくとも侑には、その権利があるはずだ。

「結局それで、飛縁魔はどうなったんだ?」

 李月はこれまで、その飛縁魔を目の当たりにしたことはない。きっと、一生見ることもないのだろうな…とは思っているが。
 圧倒的な支配力で山を納めていた飛縁魔を、一体誰がどうやってその座から引きずり下ろしたのか。そして、どうしたのか。

「それがさ、僕それすらも知らないの。帰ったらもういなくって、それっきり」
「……そんなんでいいのか?」
「だって誰も知らないって。ゆかちゃんでさえも」
「つまり犯人は深月だと」
「だね。それは明白だけど、聞いてもシラ切るから」

 侑はそう言いながら、少し不満げな顔をして見せた。きっと、その件は何回聞いても答えが得られずに諦めたのだろう。
 深月がそうまでして話さないということは、言えないような仕打ちをしたのだろうか。例えそれがどんな仕打ちであれ、誰も咎めはしないだろうが。

「その飛縁魔なら、会長の部屋に飾ってある」
「…………はい?」

 ずっと存在を無にしていたかのように気配まで消しきっていた瀬高が声を出す。それを前に侑が目を見開いているのは瀬高の存在をすっかり忘れて切っていて、突然喋り出したことに驚いたから…というわけではない。
 瀬高の発言は全くもって、意味不明だった。

「飾ってあるってなんだ?」
「李月はあの部屋によく行くだろ?中の和室にある屏風を見たことないのか?」
「……あそこは気持ち悪いから、近寄らない」

 祖父の部屋を思い出す。たった一人の人間の部屋にこんなスペースはいらないだろうという程に広い空間。その部屋隅に、小さい和室が存在している。
 その部屋は李月が家出をする前からあって、その頃には何とも思わなかった。しかし、戻ってきて最初に深月として祖父に会いに行った時…あの和室の異様な雰囲気に、とても不快感を覚えた。そしてそれはその時限りではなくいつもなので、李月はあの和室には近寄らない。

「近寄らなくて正解だ。あそこにある屏風に、君の言う飛縁魔が封印されているが…いつも凄まじい怨念を放っているからな」
「……それって、深月が…?」
「深月が閉じ込めて、鬼の力でがんじからめにしてあるみたいだな。流石に蓮の子だけあって、結界関係は申し分ない」

 つまり華蓮が保険をかけているということか。それを瀬高が申し分ないということは、一生出られることはないのだろう。
 飛縁魔は美しいことで有名な妖怪だ。深月からそれを渡された祖父は、きっと喜んで和室に飾ったに違いない。
 
「でも、怨念を放ってるってことは…生きてるんだよな?」
「ああ。動くことも喋ることもできないが、意識はしっかりとしていた」

 話すことも、動くことも、死ぬことも出来ず。たった一人で過ごす。寿命が尽きるまでかもしくは、屏風となってしまった今は尽きる寿命もなくなってしまったか。
 因果応報とはこのことだ。自分が数多の妖怪へしてきた仕打ちが、今は正に自分に返ってきている。
 それが、深月が飛縁魔に与えた罰。

「そんなもの置いといて、大丈夫なのか?」
「怨念はあくまで恨み言の類いだ。呪いではないから、どれだけ浴びても死ぬことはない」
「…でも、近寄らなくて正解だって」
「死なないとはいっても、体にいいものでもないからな。近寄らないに越したことはない」
「体に悪いものをご老体の部屋に飾るって…。深月ってば、何やってんの……」

 侑の言う通り、そんな物騒なものを飾る深月も深月だが…知っていて放置している瀬高もまた瀬高だ。
 多分2人とも、仮に祖父がそれで体調を崩して拗らせてあの世に召されたとしても、様を見ろくらいにしか思わないだろう。同じような力を使い、同じように確執があるだけのことはあって…その辺りの考え方もまた同じなのか。
 そもそも、瀬高に至っては死んで様を見ろどころか殺しにかかっていたし――と、それを思い出して李月はハッとした。

「父さんが家ぶっ壊したのに、その屏風は大丈夫だったのか?」

 李月の言葉に、侑もハッとしたような顔をした。
 いくら華蓮ががんじがらめにしているとはいえ、瀬高が本気で人を一人殺そうと暴た場所にあったとなると…無事とは言い切れない。破られてはいなくとも、傷だらけになって効力が弱まっている可能性は十分にある。

「問題ない。傷ついた所を蓮が補強して、殺風景な病室に花をと思って持ち運んだ。今日も今日とて、凄まじい怨念を放っているだろう」

 体に良くないと言い切ったものを、自らの手で病人の部屋に持ち込むとは。ただでさえ危篤に陥らせた相手に対して、抜かりのない嫌がらせだ。
 それも、屏風なんて手軽に持ち運べるものでもないだろうに。きっと、止められて落ち着いたものの気は収まらなかったのだろう。

「……双月がそろそろ媚びうるがてら見舞いに行こうかとか言ってたけど、やめさせよう」

 きっと双月が見舞いに行っても双月自身に何か起こるということはないだろう。しかし、双月の気狂いオーラと怨念が混ざりあったら…流石に不味そうな気がする。
 双月が見舞いに行った翌日の地方新聞の一面が「大鳥グループ会長、自身の経営する病院で突如発狂し転落死」。これは洒落にならない。

「双月が行けば怨念とシンクロして面白いことが起こるかもしれな………双月?」
「え?」

 李月が洒落にならないと懸念したことを「面白い」と言い出したことに関しては……正直突っ込みを入れたかったが。瀬高が顔をしかめながらその名を呼び、李月と侑の背後を見ていたので…突っ込みを入れる前に振り返っていた。
 相変わらず辺りは森だが、視線の先まっすぐに煙に巻かれたような場所があるのが見えた。そして…そこには確かに、双月がいた。



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