Long story
「……俺は、この子にはあまり懐かれていなかったと思います」
そう言って、瀬高が世月の頭に触れた。
「女の子だから?」
「それもありますし…そもそもこの子はお母さん子だし、兄弟や友達が父親代わりみたいなものでしたし…俺は必要なかったのかも」
「…そして君は、それをどうしようともしなかった」
「今はそれを、凄く後悔しています」
確かに父は、あまり世月と接することはなかった。もちろん無関心ではなかったが…少なくとも、当時から李月や深月は父と出掛けることがあった。双月ですら、父が帰ってきたら遊んでもらおうと駆け寄って行っていた。
でも世月は当たり障りのない挨拶を交わし、一緒に食事をし、他愛もない会話をする程度だった。
「最後にいつ、この子を抱き抱えたかも覚えていません。だから…あの男からこの子を取り返した時に初めて、こんなに大きくなっていることに気が付きました」
瀬高が世月の頭を撫でる。
「今さら気付いた所で、それを伝えることも出来ないのに。……俺は世月の人生に、何をしてあげることも出来なかった。守ることさえも」
後悔と、懺悔。
背中から溢れ出すように、それが見える。
でも、それは…。
「いいや、まだ守れる」
それは、これまでのどこか穏やかな口調とは違った。
とても強く、確信に満ちた一言だった。
「…死んでしまった人間をどう守るんですか?」
「琉佳だって死んでる。だけどまだ守れると信じているし…誰も、それを疑っていない」
「俺は琉佳さんじゃない。…それに、あの人には蓮もいる」
瀬高は少しだけ声を大きくした。
そんな言葉に、大輝は「そうだね」と頷いた。
「……琉佳には止めるように言われたけど…僕は君を止めはしない。そうすれば、君は二度と後悔することもないだろうからな」
止めはしない。
それは何を…深月はそれ以上、その続きを考えることはしなかった。
「ただ、そうしたらもう…何も守れなくなる」
何も守れなくなる。
ずっと世月を見ていた視線が、大輝を捉えた。
「だけどもし、君にまた守る気があるなら……いつかあの老いぼれを地の底に叩き落とすまで、手を貸すくらいはするよ」
言うや否や、大輝は部屋の入り口の方に歩き始めた。まるで、その答えを聞く気はないというように。
「……」
瀬高は横を向いていた顔を、今一度世月の方に向けた。しかしすぐに振り返りーーー幼い頭から、その手が離れた。
世月の顔が見える。とても穏やかな寝顔だった。
「…まずは何をするべきですか?」
「そうだね。三男は回復傾向にあるそうだ。あ、次男は違う意味で相当危ないから手を打つよう伝えろって言われたんだった」
「世月がいなくなってバランスが崩れたか…李月に話をして引き離さないと。こうなった以上、深月と天狗の子も一緒にはしておけないし…飛縁魔に頼んであの子を引き取ってもらうしかないな」
そう話を始めた瀬高はまるで別人のようだったーー否、これがいつもの父だ。いつも様々なことを同時に考え、更にそのそれぞれにある可能性を全て考え尽くし…そして結論を出す。それも、たった一瞬でだ。
今に思えば、さっきまでの瀬高が別人のようだった。あんなに、何も考えない…考えたくないというような父は初めて見た。
「将来恨まれそうな話ばかりだけど…まず何より先に、彼女を止めないと。君が地の底に引きずり落とす前にスプラッタだ」
「…ああ……」
瀬高の顔がひきつった。
彼女…それが母、葉月であることは明白だった。
「あ、それからもうひとつ。もうすぐその子は戻ってくる」
「は?」
入り口間近。
大輝は振り返って世月を見た。瀬高も振り向く…顔は見えないが、きっと驚いているに違いない。
「僕が野暮用で地獄に行ったら門で閻魔と喧嘩していたから、返してあげるよう閻魔を脅しておいた」
「……すいません、キャパオーバーです」
「まぁ、その辺は追い追い話そう。とにかくその子は戻ってくる…言っただろう?まだ守れると」
瀬高は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。父のこんな顔を見たことがなかった。
その一方で、大輝はあっけからかんとしている。そして最後にもう一度、世月の方を振り返った。
「だから今度はちゃんと、抱き締めてあげるといい」
扉が開く。
吸い込まれるように、2人は消えていった。間もなく、横たわる世月も消えていった。
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mokuji
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