Long story


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 世月が眠っている。
 部屋には簡易的なベッドがぽつんと置かれてあり、幼い体はその上に横たわっていた。隣に立つ大人はこの場所からでは後ろ姿しか見えないが、それが瀬高であることもすぐに分かった。
 ここからでは世月の顔は見えない。けれど、あの光景は今でも鮮明に覚えている。
 目の前にあったその瞳が、もう二度と開くことはない。そう教えられた時に、深月は心の中で渦巻く感情をどう処理しただろう。
 その時隣には父、瀬高がいた。
 今、目の前にいるのと同じように。瀬高はそこに用意された椅子に座ることなく、ずっと立っていた。

「……瀬高さんの記憶か」

 幸人がそんなことを呟いた。
 瀬高の記憶。つまり、世月が死んで霊安室にいた時の、実際の映像のようなものなのだろう。

「こんな所で何してるんですか?」

 そう、瀬高が問いかけた。
 隣にいるのは深月ではなく、別の成人男性だ。高校生の頃の映像で見ただけだが、それが春人父である大輝だとすぐに分かった。
 大輝は、世月に背を向けるようにして椅子に腰を据えている。腕を組み足までも組んでいる姿をやってきた看護師が目にしたら、さぞ不謹慎な大人だと思うに違いない。
 
「隼人が言ってたよ、成仏したって。…少なくとも、人生に後悔はなかったってことだ」
「……そうですか。いい兄弟と友人と、それから母親に恵まれたお陰ですね」

 そこに瀬高自身が含まれていないのは、謙遜したからだろうか。…そんなような様子ではない。
 背中が語っている。その言葉が本心であることと…そしてなぜか、怒りのような、後悔のような。懺悔のような…複雑な感情。

「君のせいじゃない」

 大輝が何故そんなことを言うのか、深月には意味が分からなかった。
 世月の死は不慮の事故だった。だから、瀬高に責任がないのは当たり前のことだ。そんなこと、わざわざ言うまでもないことの筈なのに。

「……ずっと、狙われるのは自分だと思っていました」
「ああ。琉佳も、蓮さえもそう言っていた」

 狙われる?父が?誰に?
 何の話をしているのか、全く検討が付かない。

「今日検査したら、深月はインフルエンザでした。こんな時期に…感染元は不明です」
「事故を起こしたドライバーは、前日に雇われたばかりだった。関連会社じゃないが、息の掛かった所……まぁ、もう本人に話を聞くことも出来ないけど」
「……急性心不全だそうですね」
「まるで何かから逃げるように、あっという間に火葬された。家族もいなかったようだし、今頃は無縁仏だ」

 深月は世月の方に顔を向けてみた。もしかしたら世月なら何か知っているのではと思ったからだ。しかしそんな期待もむなしく、目の前の光景を眺める世月は深月と同じように全く何も理解していないような顔をしていた。
 ただ、理解できないまでも分かったことがひとつだけある。それは、世月の死がただの不慮の事故ではないかもしれないーーということだ。

「もしも李月が巻き込まれていなかったら、この子は今頃どうなっていたと思います?」
「聞いても僕には理解出来ないし、もう起こり得ることのない仮定の話をしても仕方がないだろう?」
「……そうですね」

 沈黙。
 自分達は実際にこの場面、その時にいるわけではないのに…とても重たい空気を感じた。重く、のし掛かるような空気だ。


「ま、誰も何も聞いちゃいねぇんだろうな。天使ちゃんはこの時まだ降りて来てなかたのか?」

 こちらの顔色を垣間見た幸人が溜め息を吐きながら世月に問いかける。世月は無言のまま、首を横に振った。
 世月は戻って来て最初に、李月が双月を突き放す場面を見たと言っていた。つまり、今はまだ…こんな重たい空気なんて知りもせず、閻魔大王に喧嘩を売っている所かもしれない。

「よりによってこんな所に落としたってことは、話をしろってこったろうな。つまり俺らは記憶保持組か…まぁ、お世辞にも楽しい話じゃねぇから、聞きたくないならしねぇけど」

 幸人は間で謎めいたことも言っていたが、最終的にこちらに投げかけられた言葉に、深月は首を横に振った。それは聞きたくないことはない…つまり話して欲しいという意味合いだ。世月も双月も、同じように首を横に振っていた。
 楽しい話ではないのは、目の前の雰囲気を見れば一目瞭然だ。それがどんな話なのか今の段階では検討も付かないが…このままずっと頭の中に、もやもやしたものを抱えて生活するのは嫌だった。

「お前らも馬鹿じゃねぇだろうから、今の段階で分かってるだろうけど。天使ちゃんの事故は仕組まれたものだった…お前らのじーさんが、その強大な力を欲してな」

 幸人は世月の胸元辺りを指差した。
 強大な力…確かに、生前の世月は自分達とは比べ物にならない程に力を持っていた。李月よりも、華蓮よりも強かった。
 しかしどうしてそれが、世月をあんな目に遭わせることになるのだろう。
 それ以前に、祖父は。

「……お祖父様は…私を、可愛がってくれていたわ」

 そう、世月は可愛がられていた。
 深月は祖父のことが大嫌いだったし、一辺の信頼も寄せてはいなかった。だが、祖父の世月への愛情だけは疑っていなかった。
 目に入れても痛くないをいう言葉を地で行くほどに、本当に可愛がっていた。愛していた。

「瀬高さんもそう言ってた。正に天使ちゃんの如く…兄弟の誰よりも可愛がっていた。だが、それよりも己の欲が勝ったってことだ」

 欲深さーー祖父のそれは、蒸気を逸している。
 他のどんな犠牲を払っても自分の欲を満たそうとする。そしてそれが満ちることはない。どこまでも、どこまでも…欲にまみれていくばかりだ。
 それが、家族にまで手をかける程だと…そう言われても。深月はどうしてか、そこまで驚きを感じてはいなかった。

「でも、どうして…世月の力なんて……」

 そう問いかける双月。心なしか顔色が悪いように見える。
 隣にいる世月は、俯いている。

「歳と共に自分の力が衰えて来たからだよ。…飛ばして話すから付いてこいよ」

 幸人の言葉に、深月と双月が頷く。
 世月は俯いたままだ。

「あのジジイは自分の見えている世界が自分のものじゃないと気が済まないタイプだ。だから金や権力で自分の視界にある人間達を意のままに操ってきたが、妖怪はそうはいかなった。妖怪相手に金や権力は通用しない。だから…同じ力を手に入れて武力行使に出ることにしたーー今のお前のようにな」

 幸人はそう言って深月を指差した。
 双月の視線がこちらを向く。

「人間に妖力を移すにはどうするか。漫画や小説でもそうだが、こういう時に必ず挙がるのが血だ。妖怪の血を人間に輸血すればいいのではないか…そう思って、ジジイはその実験台に自分の妻を利用した」

 祖母は、父が幼い頃に亡くなったと言っていた。急病だったと聞いていた。
 深月が名字を変えるようとした時、用意された名字は母の旧姓ではなく祖母の旧姓だった。深月は今でも、その理由を知らない。

「その実験は失敗し、色々と改善策を経た上で次に瀬高さんが実験台になった。その結果は見ての通り…成功を確信し、自らにも同じことをした。そこまでするのに、一体どれだけの妖怪が犠牲になったと思う?」

 そんなこと、知りたくもない。

「ジジイはその力で島にいる妖怪達を滅ぼすつもりだったらしいけど、瀬高さんがそれを阻止した。そしてその時に、どのみち1人の力だけじゃ滅ぼせないって分かったんだろうな。それ以降、機会を伺ってはけしかけてるけど…知っての通り、全部失敗してる」
「……じゃあ、この間の夢魔も…そのひとつなのか?」
「ご名答。前回でも甚大な被害が出たから、ジジイにとって夢魔は最高の道具だった。だからこそ絶対に見つからないように閉じ込めてたんだけど…結果のあれを考えると、絶対なんて存在しないってこったな」

 あれ。
 色々と大変だったーー深月はほぼ傍観者であったが。

「前回は琉生が拷問されたことで隼人がブチ切れてジジイを半殺しにしたから、瀬高さんは怒る間もなかったって感じだったけど。それもあって今回は爆発したかな。いやそれ以前に…………ああ、話が逸れたな」

 それ以前に、何だというのだろう。
 いやもっとそれ以前に、何だか凄まじい情報がさらっと語られたような気がしたが。きっと、今はそこに触れるべき時ではないのだろう。

「夢魔みたいに…妖怪達の中にはジジイに手を貸す者もいた。主には海外の妖怪だが…それはジジイがそう出来るだけの権力、財力、そして妖力を持っていたからだ」

 権力、財力、そして妖力ーー武力。
 あの老いぼれは、いつでもそうして生きている。

「…権力と財力は歳と共に膨れ上がる一方だが、妖力はその逆だった。だから今一度妖力を得ようとしたが…妖怪たちも時代と共に進化しているし、瀬高さんもいた」

 最初の時にどういう方法で妖怪たちが犠牲になったのかは分からない。ただきっと、下劣な手を使ったことは間違いない。
 けれど、妖怪たちも同じ手を三度も食うほど馬鹿ではない。

「だから妖怪の代わりに、同等の力を持っている瀬高さんを使う…筈だった。あの瀬高さんが、自分が狙われるって話してたのはそいうことだ」

 幸人が指を指す先に、全く動かない瀬高の後ろ姿があった。
 今も尚…怒りと、後悔と、懺悔が見えた。


「………私は、お父さんの代わりに選ばれたの?」

 ずっと俯いていた世月が顔を上げる。
 その表情はとても複雑だった。心の中の混乱が、そのまま表情になっている。


「代わりじゃない。その上を求めたんだ」


 欲深さ。
 祖父のそれは、常軌を逸している。


「……瀬高さんから力を得ても、前と同じにしかならない。だけど天使ちゃんの力を得れば…もっと上にいけると思ったんだろうな」

 だから世月は、犠牲になった。
 その時、両親は揃って海外に出張していた。世月と李月が事故に遭ってどれくらいで帰ってきたのかは覚えていないが、帰ってきてすぐに世月と李月が共に隔離病棟に移された。そしてそこに、祖父がいるのを見たことはない。
 けれどもしも李月が巻き込まれていなくて、世月が即死だったなら。瀬高が間に合わなかったらーーー世月は一体、どうなっていたのだろう。
 ……起こり得ることのない仮定を、考える必要はない。

「……お父さん…」

 世月が呟く。
 双月にすがるように、その服の裾をぎゅっと握り締めていた。




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