Long story


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 荒れ地の中にぽつんと、家ではなく部屋がある。建物の中にある筈の部屋の一角を、すっぽり抜いてきたと言ったところだろうか。
 それも、どこかで見たことがあるような部屋。近寄っていくと「生徒会室」と記されたプレートがぶら下がっていた。

「散らばった魂はそれぞれに琉佳、蓮さん瀬高さんの内の誰かの記憶を媒体に増幅しているらしい。その辺りの原理はよく分からないが、記憶を見つければ…そこに魂もいる」
「いる…って?」
「そこにある筈のないものがそうということだ。まぁ、あれだ。変装しているみたいなもんだろ」
「魂が変装って…意味分かんない……」

 それを言い出すと、地獄に生徒会室がある時点で意味不明だ。そもそも、それ以前に起こっていることも大半が意味不明なのだから…意味不明で当たり前だ。
 春人はもうそれ以上、その点について考えるのはやめることにした。

「開ければいいのか?」
「それ俺が知ってると思う?」

 春人が質問に質問で返すと、隼人はそれには答えずに生徒会室の扉に手をかけた。春人から質問の答えを得るのはやめて、自分の判断で開けることにしたようだ。
 ゆっくりと扉が開かれる。扉の開いた隙間から、ふわっと少し暖かい空気が流れ込んできた。そしてどんどん、広がっていく。

「…見えてきたな」
「…うん」

 扉の向こうには、当たり前なのかもしれないが生徒会室が広がっていた。
 窓を背に一番立派な机がひとつ。その斜め右にもうひとつ。そのどちらにも大量の紙の束が重なっていた。そして部屋の中央にあるのは、5人は余裕で座れそうなくらい立派なソファ。
 この2つの机とソファ、それぞれに人がいる。机には高校生2人、ソファには小さい子供が1人という構図だった。

「……これって…」
「琉佳と父さんと、琉生だな」

 一番立派な机にいるのが琉佳。その斜め前の机にいるのが大輝。そして、中央のソファにいるのが琉生。その3人は、今しがた入ってきた隼人と春人には全く気がついていなかった。
 きっと、これはあくまで記憶なので、干渉は出来ないということなのだろう。…だったらなぜ扉が開いたのかという些細な疑問は、またもスルーだ。


「父さん、マルチバースって何?」

 琉生が顔をあげる。
 その手には子供の手には随分と大きく見える冊子が広げられていた。中までカラフルに彩られたあれは多分、アメコミだ。

「こことは違う同じ世界」
「え?違うのか同じなのか、結局どっち?」
「同じだけど違うんだよ。別の地球」
「宇宙にある別の星、みたいな?」
「それはちょっとまた違ぇな……詳しくはあいつに聞け」

 琉佳が指差す先には、机に向かっている大輝の姿があった。手際よく資料を捌いているようだ。
 春人の知っている大輝は、いつも外で動き回っているーーという以前に殆んど日本にいないし、いたとしても常に兄弟の誰かと遊んでいるから…やっぱり動き回っている。そんな父親が、机でじっとしている姿はなんだか不思議な光景だった。

「丸投げもいいところだね」
「俺はそういう説明事は苦手なんだよ」
「それは知ってるけど」

 大輝はそう言って立ち上がりながら、机の引き出しからノートサイズのホワイトボードを取り出した。そして琉生の隣に移動し、腰を下ろす。
 琉生は本を閉じながら、少し遠慮したよな表情を浮かべていた。

「忙しいなら、いいよ」
「いいや。代わりに琉佳には予定の倍量やってもらうから問題ない」
「いやそんなこと言ってねぇ…」
「マルチバースっていうのは、いわゆる平行世界のことだ」

 無視。琉佳の言葉を完全に無視して、大輝は説明を始めた。
 琉佳は顔をしかめるが、それ以上何も言うことはなかった。琉生が真剣な顔でホワイトボードを見ていることから、水を指すのを遠慮したのだろう。

「平行世界?」
「そう。こことは全く違う別の次元に、もうひとう宇宙があるような感じ」

 大輝はそう言いながら、ホワイトボードに丸を2つ描く。そして、その丸と丸の間に一本の線を引いた。
 琉生は少しの間その雑な絵をを真剣に眺めてから、大輝へと視線を上げる。
 
「…つまり俺達が今いるのとは、全く違う世界ってこと?」
「全く違う世界だけど、同じとも言える。ここと違う宇宙があるってことは、こことは違う地球もあるってこと。そして地球があるってことは、そこには…」
「こことは違う俺たちが住んでる?」
「大正解」

 大輝に頭を撫でられた琉生は、とても嬉しそうな顔をした。ハッキリ言って、申し分なく可愛かった。
 春人は授業中、八つ当たり紛いに自分を当てまくる琉生しか知らなかったが。子供の頃の琉生は、それとは全く別人かと思う程に可愛い。

「ちっちゃい先生、ちょー可愛いね」
「全くだ。どこでどうしてあれを失くしたんだろうな」
「それは隼人と幸人といるからだろうね」

 琉生は幼い頃から、隼人と幸人、そして真柚と共にいる。それはこの前の録画映像からも明らかだ。
 この4人で一体どんな幼少期、そしてそこからここまでの人生を過ごしてきたのかは分からない。しかし真柚はともかくとして、隼人幸人との関わりが琉生の性格を拗らせる要因になったことは間違いない。

「違う世界の俺たちって、俺たちと何か違うのか?」
「見た目は同じだろうけど、性格は…どうだろう。育つ環境も違うかもしれないし、そうなると性格も変わってるかもね」
「環境…?」

 琉生が首をかしげる。
 すると大輝は少し考えて、そして口を開いた。

「……例えば、琉生は生まれてすぐに琉佳に引き取られてるかもしれないし、最初から琉佳の子供かもしれない」
「じゃあ俺は…誰も殺さないってこと?」
「元より誰も殺してないよ。…でも、そういうこと。生まれた時から今みたいな生活をしてる」

 何だか複雑な話になってきた。これはきっと自分の知る領域ではないのではないか。
 聞くのをやめた方がいいのかもしれない。出ていくべきかと振り返ってみたが、そこに扉はなくなっていた。

「いいな、そっちの世界の俺」

 琉生はじっとホワイトボードを見て、そう呟いた。春人は琉生の人生を何も知らない。それなのに、静かに呟く琉生を見て何だか少し切ない気分になった。
 しかしそんな春人の気分を振り払うように、琉生はすぐに顔をあげる。その顔は、とても不思議そうな表情をしていた。

「……じゃあ、隼人はどうやって俺を殺しに来る?」
「え?」
「最初から何もないのに、どうやって殺しに来るのかなって」
「……最初から何もないから、殺しには来ないと思うよ。本当の両親も生きてるから」

 隼人と幸人の本当の両親は幼い頃に死んで、その弟であった父が2人を引き取った。そして、自分達の兄になった。
 2人の本当の両親が生きている世界ならば、2人が兄になることもない。そう考えると…とても不謹慎なことだが、ちょっとだけ、自分がいる場所が今の世界でよかったと思った。

「……俺は隼人に会えないってこと?」
「そうかもしれないね」

 琉生はまたホワイトボードを見つめた。
 考え込むようにしばらくじっと見て、そして、小さく口を開く。

「それなら、今の世界の方がいい」

 消え入るように小さく放たれたその声には、それを切望する気持ちがあった。微かな声に、とても強く。しっかりと。その気持ちが込められていた。
 そして、その表情には。
 そんな風に切望することが、まるで悪いことだと。そう感じているような…申し訳なさを感じた。 

「って言ったら隼人…怒って、すぐに俺のこと殺すかな?」

 琉生はそう続けて、大輝を見上げる。その不安げな表情が…それはもう、言葉に出来ない程に愛らしかった。
 あまりの愛らしさに不覚にもきゅんきゅんしてしまった春人は思わず、隼人の背中をバシバシと叩く。しかし、隼人は無反応だった。

「……そんなことないよ」

 少しの間を置いて、大輝がそう返す。
 それから琉生が再び口を開こうとしたが、その前に横やりが入った。

「けど琉生、お前それ…絶対にチビ麒麟に言うんじゃねぇぞ。万一ってこともあるからな」
「……うん、分かった」

 万一、なんてことがあったのだろうか。
 隼人がずっと琉生を殺そうとしているのは知っている。けれどそれはーーあくまでも今は、恨みからではない…と、春人は思っている。
 この頃の隼人は、間違いなく恨みからそうしようと決めていたのだろうか。だから、そんなことを言われたら怒るかもしれないと。


「るーいー、下から呼んだらいーるー…あ、いた」
「……何だよ」

 どこかから、すごくアホっぽいことを口にしながら幸人がやってきた。そんな幸人を視界に入れた琉生は、ちょっと嫌そうに顔をしかめる。
 つい今、たった今まできゅんきゅんゲージが満タンな程に可愛かったというのに。たった1人の登場でここまで冷めるのも凄い。

「蓮さんと瀬高さんがまた何かやるから見に行こ」
「何かって?」
「それは父さん代理と琉佳さんに言えないから後で」

 言えないということは言ってもいいのだろうか、と春人は思うが。記憶に助言は出来ないし、どのみにもう言ってしまったので後の祭りだ。
 琉生はソファから降りると、幸人の方へと向かった。そして部屋から出ていくのだろう…その際に、振り返る。

「……遊んでくる」
「おー。俺もそのうち叩き潰しに行くから、首洗って待ってろって言っとけ」
「分かった」

 そうして子供達はどこかに消えて行くと、大輝はソファから立ち上がって元の席に戻った。マルチバースの説明に使われたホワイトボードは、消されることなく引き出しにしまわれる。
 そのまま静かに作業が再開されるのかと思ったが、意外にもそうではなかった。

「……本当に思ってる?」
「何が?」
「万一があるって」

 大輝が机に頬杖をつきながら問うと、琉佳はクスクスと笑った。
 春人はその時初めて、琉佳の机の上にあった大量の紙の束が半分以下になっていることに気がついた。そしてそれに気付いた瞬間に、秋生の処理能力は父親譲りだと確信した。

「まさか。そんなことある訳ねぇだろ」

 琉佳が楽しそうにそう答える。すると、大輝までがクスクスと笑い始めた。
 一体何が、そんなに面白いというのだろう。

「あんなこと言われたら、恨みなんて秒で吹き飛ぶだろうなぁ」
「違ぇねぇな」
「じゃあどうして言わせてあげないんだ?」
「んなもん、その方が面白いからに決まってんだろ。…お前が教えたいってんなら、止めねぇけど」
「あの子の恨み辛みがなくなるならそれに越したことはないけど、絶対に言わない」

 そう話す琉佳と大輝は、とても楽しそうだった。
 春人はちらりと隼人に視線を向けてみる。視界に入った顔はこれ以上ない程にしかめられていたが、それでも悔しいくらいに男前だった。

「何だあの連中は、あれでも親か?蓮さんと瀬高さんが揃うより質が悪い」
「…人としてどうかは分からないけど、俺は父さん好きだよ。秋生と桜ちゃんも、あの人のこと大好きだと思うよ」

 人としてはかなり性格が悪い。見ているのはこの2人の人生のほんの一幕だが、それでもそう判断するには十分だった。
 しかし、親としてはどうか。春人の言葉に、隼人はどこかやるせなさそうに溜め息を吐いた。その様子からも分かるように、きっとあの2人は親として間違いはないのだと思う。

「おとーさん!!」

 バンッと勢いよく扉が開く音がしたのとほぼ同時に、大きな声をあげながら子供が入って来た。当時の隼人よりも、琉生よりも小さな女の子だ。
 どこかで見たことがあるような、ないような…聞いたことのある声のような、そうではないような。子供の声など皆似たようなものなので、その辺で聞いただけかもしれない。

「おとーさん、おとーさんおとーさん聞いてっ!きいてきいてきいてーっ!」

 元気に満ち溢れるとは正にこのこと、と言わんばかりの弾けっぷりだった。ぴょんぴょん跳ねながら、何度もお父さんを呼ぶ。
 春人の兄弟に女の子はいない。ならばその子が呼ぶのは琉佳のことだろうか?しかし、琉生と秋生、桜生の間に姉がいた話など聞いたことがない。

「何だどうした?聞くからちょっと落ち着け。あと、お父さんって呼ぶな」

 やはりお父さんというのは、琉佳のことらしい。しかし、本人はそれを否定している。
 どういうことなのか、春人にはその状況が読み取れなかった。 

「だってお兄ちゃんのお父さんなんだから、お父さんでしょ?」
「そりゃそうなんだが…」
「それだと、お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃなくて、お母さんになるよ?」

 先程の琉生相手同様、説明に苦戦している琉佳に大輝が助け船を出した。
 お姉ちゃんというのは誰だろう。お母さんになる…ということは、後に琉佳の奥さんとなる柚生のことだろうか?

「…お姉ちゃんなのに?」

 女の子が首を傾げた。全く理解していない女の子を前に、大輝は苦笑いを浮かべる。
 お姉ちゃん、どこかでーーーと、繰り返されるそのフレーズを、春人はふとどこで聞いたのか思い出した。
 皆と見た映像で、柚生が何度か口にしていた、妹の存在。一度目、迎えに行かないとと話をしていた。二度目、補導されたから…やっぱり迎えに行かないと…と、話をしていた。
 後は、何だっただろう。他にもあったような気がしないでもないが。

「…まぁ、今はそれでもいいか」
「いやもう少し頑張れよ」

 全くもってその通りだ。琉生が相手の時にはホワイトボートまで持ち出したというのに、今度はたった一度で諦めてしまうとは。
 琉佳が顔をしかめて呈した苦言に、大輝は「僕には関係ないから」とバッサリと切り捨てた。確かにそれはそうなのかもしれないが、差が歴然過ぎる気がする。

「それより、お父さんに話があるんだよね」
「そう、そうなの。あのね、お兄ちゃんが言ってたんだけどね、ねねってもう一人いるんだって!」

 ーーーーねね。
 それがこの子の、名前だろうか。

「……それはもしかして、マルチバースの話か?」
「あっ、そんなこと言ってた!」

 どうやら琉生はこの女の子に、得たばかりの知識を披露した…のか。何か話の流れがあってその話題となったのか。その経緯は定かではないが、とにかくその話をしたらしい。
 そして多分この子は、それをきちんと理解はしていないようだ。

「……何か色々と間違ってる気がするが…まぁいい。もう一人いて、それがどうしたんだ?」
「それだけっ」
「は?それだけっ?」

 琉佳がすっ頓狂な声を出す。
 女の子はそんな琉佳相手に、大きく頷いた。

「うん、それだけ。ねねが2人いるって教えてあげよーと思ったのっ」
「……そうか。そりゃすげぇな」

 自分達からすればたったそれだけということでも、子供にとっては一刻を争うような一大事なのだ。それが子供というものだと、幼い兄弟がいる春人はよく知っている。
 そしてそれは琉佳も同じようで、女の子の言葉に呆れた顔ひとつ見せない。そして、そう褒めながらいい子だと言わんばかりに頭を撫でていた。

「帰ったらお姉ちゃんにも教えてあげるんだ」
「そりゃどっちの…柚生、がいねぇならお前もいねぇよな。ななは来てねぇのか?」

 ーーーーなな。
 また思い出した。映像で二度目に妹の話題が出たとき…そう、あれは大輝が言っていたのだ。その妹のことを「双子」と、そう言っていた。
 ななというのは多分、双子のもう一人のことに違いない。そして先程から続く会話から察するに、ななという子が姉に当たるようだ。

「うん、風邪引いてるんだ。熱はないけど、いい子にしてなさいってお姉ちゃんに言われておうちで寝てるの」
「それ、ちゃんといい子にしてんのか?」
「んーん。絶対にせんせーと鬼ごっこしてると思うー」

 女の子はそう言ってきゃっきゃと笑う。
 おうちにいるのに先生、とはどういうことだろう…………そうだ。確か、柚生は葉月のことをお姉ちゃんと呼んでいた。そして、それを聞いた時に深月が言っていたのだ。葉月は孤児だったと。
 つまり、柚生も同じく孤児、この子とその双子の姉も。同じ施設に住んでいるというこもなのかもしれない。だが、映像の中で葉月は双子のことを柚生の妹のように言っていたが自分の妹とは口にしていなかった。そのことから察するに、葉月だけは既にその施設を出ているという可能性もある。
 何の証拠も確たる根拠もないので、全ては憶測に過ぎないが。

「そりゃ早いとこ帰った方がいいんじゃねぇのか?」
「それ以前に、ねねちゃんがいるってことは1回帰ったんだよね?ななちゃんの具合が悪いのに、どうしてまた来たんだ?」
「お姉ちゃん、明日テストなのにおべんきょーの道具ぜーんぶ置いてきちゃったって。それで取りに行くって言うから、ついて来たのっ」

 テストの前日に全部忘れて帰るとは…また凄い。翌日の日課を確認する時も分かっただろうし、ホームルームでも明日はテストとか話もあっただろうに。なぜそんな事態が起こるのだろうか。
 流石の秋生でもそれは見たことがない…と思った春人であったが。もしも春人や桜生がいなかったら、似たような事態になっていたのかもしれない。

「いかにもあいつがやりそうだ。…それで、柚生はどうした? 」
「帰ろうとしたら悪いのが出て来たの。だから、睡華お姉ちゃんと退治に行ったよ」

 そんなことを言いながら、女の子は琉佳の膝上によじ登る。いつものことなのか、琉佳は不思議とも思わずに女の子を自分の膝の上に座らせた。
 なんとも微笑ましい光景だった。録画映像に残すならあんな戦慄した場面ばかりではなく、こう言う場面を残すべきだったのではと思わずにはいられない。

「それでお前はこっちに?」
「うん。睡華お姉ちゃ………あ!!」

 女の子がハッとした顔で振り向き、そしてバッと勢いよく琉佳の膝の上に立ち上がった。突然の挙動に琉佳は「うわっ」と声をあげるが、すぐに女の子がバランスを崩さないように支えていた。
 本当に、子供というのは突拍子もない行動を取るものだ。

「今度はどうした?」
「睡華お姉ちゃんにも、教えてあげなきゃっ。これでねね、睡華お姉ちゃんの子供になれるよ!」
「……そりゃまたどういうことだ?」

 お父さんが琉佳で、柚生がお姉ちゃんで、睡華の子供になる。これではもう、ひっちゃかめっちゃかだ。
 琉佳はそれをどうにか理解しようと、女の子に問いかける。

「お姉ちゃんのことが一番好きなのは、お姉ちゃんにあげるの。だからねねは、睡華お姉ちゃんが一番なんだ」
「…あーと?つまり、柚生の一番はななにあげるからってことか?」
「うん、そう!でもね、お兄ちゃんはねねのお兄ちゃんだから、ねねは睡華お姉ちゃんの子供にはなれないの」
「……うん?」

 琉佳が首を傾げる。
 子供の頭の中というのは本当に不思議で、大人には追い付けないことを考えていることがしょっちゅうある。今が正にその場面と言えるだろう。

「多分、考えるだけ無駄だと思うよ」
「……そうだな。それで?」

 大輝の助言を受け、理解することを諦めたようだ。
 春人もその方が得策だと思った。そして自分も、理解しようとすることをやめた。

「睡華お姉ちゃんは皆が一番好きだって。だから、ねねのことも一番って」
「まぁ、睡華らしい返答だな」
「ねねも睡華お姉ちゃんが一番好き。だからずっと一緒にいたいんだけど、家族じゃないといけないでしょ?」
「……家族じゃないといけねぇことはないと思うけど…確かに家族なら、ずっと一緒にいられるかもな」
「でしょ!…でもねねはね、お姉ちゃんともお兄ちゃんと、お父さんとも一緒にいたいし…困ってたの」

 そう言いながら、本当に困ったような顔をする様はとても愛らしかった。
 そして、先ほどは理解することを諦めていた春人であったが。その言葉を聞いて、女の子の言わんとすることが分かった来たような気がした。

「ああ…だから、もう1人ねねがいればどっちとも家族になれるって?」
「そうなの!」

 春人も同じ結論に行き着いていた。
 そして女の子は、正にそれだと言わんばかりに笑顔を浮かべる。

「…でもそうなると、真柚がもう1人のお兄ちゃんで、蓮がもう1人のお父さんってことになっちゃうよ?」
「まゆがねねのお兄ちゃん!?やったぁ!」

 大輝の言葉に、女の子は声を大きくしてぴょんと跳び跳ねる。そのまま落ちてしまわないように、しっかりと琉佳に支えられていた。
 先程から続く微笑ましい光景なのに、この感じは何だろう。春人は自分の中に突然沸き起こった違和感を、とても不思議に思った。

「そりゃ真柚はいいだろうけどよ。蓮はどうなんだ?」
「うーん、別にいいよ!」
「いいのか?あいつは世話が焼けるぞ」
「でも睡華お姉ちゃんもまゆもいるし…2人が困ったら、ねねが面倒見てあげるっ」

 女の子はそう言って、とびきりの笑顔を向けた。そして琉佳と大輝が、ほぼ同時に吹き出していた。
 本当に微笑ましい光景。しかし、春人の中にある違和感は消えない。

「そりゃあ申し分ねぇな」

 琉佳がそう言って女の子の頭を撫でると、女の子は嬉しそうに琉佳に抱きついた。
 次の瞬間、またしてもふわっと暖かい空気が頬に触れる。するとまるで遠ざかるように、今の今まで鮮明に見えていたものが一気に霞み始めた。



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