Long story
佰拾参ーーーカウント、7
「何ここ、魔界?」
春人は思わず呟いた。
見たこともないような薄茶色い空、干からびてひび割れが目立つ地面。幾本もの枯れた木々。どこからどう見ても漫画やアニメで見るその世界を前にして、そう呟かずにはいられなかった。
「惜しいな。地獄だ」
「はっ?」
それはもう、素っ頓狂な声が出た。
今日は朝から実家で母の出産の手伝いをしていた。1日それで終わるはずだった。
それなのに、突然空から落とされた。その時点で理解不能だったが、何も分からないままに幸人に手を差しのべられ地に足を下ろし。かとお思うと、次は壁が目の前に迫っていた。何処かに吸い込まれるような感覚に、何も理解してないままに目を閉じる他なかった。
そして次に目を開いたら魔界…かと思いきや地獄。更に、隣には弟が生まれるというのに家に顔も出さない薄情な長男。
「え?俺死んだの?ってか、他の人たちは?」
「死んではいない。他は違う場所に飛ばされている筈だ。つまりここが俺とお前の担当」
「……分かってると思うけど、何も理解してないからね?」
自慢ではないが、自分は相澤家の中で最も使えない麒麟継承者だーーというか、継承していないと言っても他言ではない。そんなことは隼人とて分かっているだろう。そして言葉にした通り、それ故に春人が何も理解していないことも分かっているだろう。
そんな思いで睨み付けるが、隼人はそんな春人など気にもせず「歩くぞ」と言い歩き始めた。勝手にしろと言ってやりたかったが、地獄で1人になるなんて御免だ。となると、付いていくしかない。隼人はそうなることもわかった上で、歩き始めたのだろう。
「こうなった経緯を簡潔にまとめると、蓮さんと瀬高さんがまたやらかしたってことだ」
「それって、夏川先輩と双月先輩のお父さんだよね?」
「そうだ。あの2人は揃うと大抵何かやらかす…大抵じゃないな。絶対だ」
「ああ…あの、隼人がトラップに引っ掛かって大怪我したみたいに?」
春人はこの間に見た、録画されていた映像のことを思い出していた。
魂を引きずり出して火炙りと言われてもピンとはこなかったが、華蓮と李月のあの怯えようから相当なことをしたというのは理解した。もちろんそれが、悪い意味でということも。
多分あのようなことはレアケースなのかもしれないが。隼人の口ぶりから察するに、日常的に問題は起こしていたのだろう。
「……どこで見つけた?」
「夏川先輩の家の床下だよ。…しつこいほど言うけど、俺は理解してないから続けてね」
千里眼を相手にすると、話すことが少なくていい。
しかし、春人にはそんなことは出来ない。だから、蓮と瀬高が何かやったと言われただけでは何も理解していないのと同じだ。
「この前台風があっただろ?」
「ああ、うん。双月先輩の家が吹っ飛んだって」
「その台風を起こしたのが瀬高さんで、それ自体は琉佳が止めて事なきを得たんだが…問題はその後だ」
確か大鳥グループの会長が死にかけたと言っていたが、果たしてそれは事なきを得たと言うのだろうか。…双月が電話を受けた時も皆その心配よりも家の心配をしていたくらいだし、誰も彼もグループのトップの扱いが雑すぎる。
ちなみに「台風を起こしたのが瀬高さんで」というまたしても到底理解出来ない件はもうスルーだ。テレビの中で見た人たちは皆きっと、春人の知っている人間という枠組みには入っていない。なので、台風を起こせようが隕石を落とせようが驚くことはないーーと、頭の中でそう結論付けている。
「その後何があったの?」
「瀬高さんが台風の処理を怠って琉生の力を使い回したせいで、余韻が学校に流れ込んだ。その結界、琉佳が支配しているあの地が暴れ出したらしい」
「ありゃー」
「加えて、蓮さんが心霊部の部室の結界を一新する為に琉佳の力を悪用していたことで琉佳に変な抑制がかかっていたらしく、止めることが出来なかった」
「ありゃりゃー…」
この場合、揃って何かをやらかしたというよりはそれぞれがやらかしたことが相乗効果的に働いたという感じたが。どちらにしても、やらかしたとこに変わりはない。
もしこれが本人に対処出来るほどの事態であったら、今頃あの2人の大人は魂を火炙られているのだろうか。何とも恐ろしい。
「暴れ出したあの地は瀬高さんと、蓮さんと、琉佳の力が合わさってブラックホールと化し今にも島ごと呑み込みそうな勢いだったらしい」
「この島ごとって…。まさか、これまでにもそんなことがあったとかないよね?」
「知らぬが仏だ」
それはもうイエスと言われているようなものだ。
この島はこれまでに幾度、どんな酷い目に遭いかけていたのかーーきっと、考えるにも及ばないような脅威に見舞われていたに違いない。確かに、知らない方がいい。
「…それで、秋生のお父さんはそのピンチをどうしたの?」
そんなことを聞きながら、そういえば先程は春人にも琉佳が見えていたことを思い出した。どうして見えていたのだろう。それもハッキリと、まるで人間のようにーーそういえば、桜生は普通に触れていた。
そうなると、どうせ春人の考える領域ではその答えは分からない。きっと幽霊もレベルアップすると人間のように振る舞うスキルでも手に入るのだろう…例えば、悪霊であるはずの存在が普通の人間として人々の中で暮らしているように。と、勝手に自己完結することにした。
「お前は本当に考え方が大雑把…能天気と言うべきか」
「ちょっと、勝手に人の心読まないでよ」
「俺にそんな能力はない。それっぽいのが見えるだけだ」
「それっぽいのって何?…いや、まぁそれはいいよ。結局、秋生のお父さんはピンチをどうしたのって」
生まれてからずっと隼人を目にして来て、その生態は分からないままだ。そしてきっと、これからも一生分からないのだから、その点については考えるだけ無駄と言える。
そんな訳で、春人は改めて疑問を繰り返した。
「琉佳は、暴れ出したブラックホールをひとまず分散 させて地獄に落とした」
「…相変わらず俺の理解の範疇にはないけど、まぁとりあえず続けて」
「分散されたことで落ち着いたが、放っておいたらまた暴れ出すから捕まえないといけない。だがあのブラックホールは琉佳の力…まぁ実際には魂なんだが」
そんな当たり前のように魂と言われても。魂がブラックホールとイコールなんて、春人の頭ではどう処理しても処理しきれない。
理解出来ないことを指摘すると時間ばかりが過ぎていくので、それをするかどうかは最後まで話を聞いてから考えることにした。
「琉佳は魂を分散させたことで本来の力を失ってるから、一人じゃあその全てを捕まえきれない。更に、また暴れ出すまでに時間がない……結果、俺達が強制召喚されたってことだ」
分からないなりにも最低限の状況は把握できた。
ここは本当に地獄のどこか。他の皆もこの地獄の別のどこかにいる。更に、今からまたどこかにいるブラックホール魂を見つけ出して、それぞれで捕まえなければならない。
どこのファンタジーだと言いたくなるような状況だ。そして、春人はこういうファンタジーな展開には基本的に参加しない。
「……客観的に考えて、俺ってチョー必要なくない?」
そう、こういう場合において春人は全くの無力だ。それは隼人もよく知ってのことだろうし、きっと琉佳だって分かってる筈だ。
ぶっちゃけるまでもなく、明らかに足手まといにしかならない。隼人1人の方が確実に効率がいいというのに、何故自分が巻き込まれたのだろうとーー迷惑というよりも、春人はとても不思議に思っていた。
「そこが疑問点だが、必要ない奴を呼び出しはしないだろうしな…」
「え?隼人にも分からないの?何でも見えるのに?」
「いつも言ってるが、何でも見える訳じゃない。…それにあの男は、未だに見ようと思って見える領域にいない」
「使えない千里眼だね」
「俺が使えないんじゃなくて、琉佳の頭がおかしいだけだ」
まさか隼人から、そんな負け惜しみみたいな言葉が出てくるとは。春人は思わず隼人を見上げると、ちょっと悔しそうな顔をしていた。
春人はこれまで琉佳の凄さについて、「夏川先輩をボコボコにするなんか凄い人」くらいにしか認識していなかったが。今この瞬間に「千里眼をも凌駕するヤバイくらい凄い人」へと一気に格上げされた。
「…それで、これからどうするの?」
「記憶を探す」
「記憶?」
「そうだ。例えば、あんな風に」
「はっ?何あれ!?」
隼人が指差した先。
春人が目を見開くその視線の先にあるのは、部屋だった。
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